6-70 エピローグ 祭祀2
祭祀当日
まだ太陽が昇りきらず、夜の黒と朝の青がほどよくまざった澄んだ空に向け、アディーラは俺を抱えて飛び立つ。
やがて黒が青に押されて地平線の先まで青で染まった空をアディーラは気持ちよさそうに泳ぐ。
この大空は少し寒いが遠くまで見える景色は最高だ。白犬族が住む拠点までそれなりに時間はかかるが、この景色を堪能する間にいつも到着しているもんな。
太陽が大地とわかれをつげてから大分時間は経ってはいるが、まだてっぺんというほどではない。
マナミさんは昼過ぎに始まると言っていたので、準備を考えれば妥当なところだろう。
空から見下ろした白犬族の拠点は、いつもと違いそこかしこに篝火台がおかれ、質素ではあるが飾りつけもされているようだ。
祭りの準備をしていた人たちが上空にいる俺たちを見つけて手を振ってくる。
俺が軽く手を振って返している間に、アディーラはいつもの第三階層のあき地へと降り立つ。
「やぁ。よく来てくれたねぇ」
「仙人様、いらっしゃいませ」
降り立った俺たちをマナミさんとアイリが出迎える。
お、祭りというハレの日だからか二人とも身なりを整え、花魁のような赤を基礎としたメイクをしている。
二人とも素材がいいからなー、美人姉妹は目の保養になる。そこからスラッと伸びたしっぽもピョコンと生えた耳もしっかり手入れされていて大変結構!
「本日はお招きいただきありがとうございます」
二人に対して礼を送る。とりあえず最初の挨拶くらいはまじめにやっておこう。
「俺たちも今日のためにいろいろ作ってきたんだ。まずはそれを受け取ってくれ」
いつも通り魔力を高め、空間魔法でうちのダンジョンへとつなげる。
ただ、今日はちょっとばかし量が多いので、いつもよりトンネルを大きく作らなければならない。
空間を繋げ終わると、いくつものタルが転がり出てくる。
それらはある程度の距離を転がると、ひとりでに起き上がった。
「アマツちゃん、ありがとうございますー」
「なんの、これくらいお安い御用よー」
続いてククノチとアマツが話しながらトンネルをくぐってくる。
今回は量が量だから、アマツに中の飲み物……という名の水分を操ってもらって持ってきてもらったのか。
「はいはいー。ちょっとどいてよぉー」
続いて姿を見せたのは、たくさんの折り畳みコンテナを乗せた運搬台車。
それを押すのは白い防護服に全身を包んだオルフェ。
その姿はもうどこから見ても食品工場でアルバイトをする人そのものだが、そうしないとオルフェはトンネルをくぐれないからしょうがない。
続いてコアさんもトンネルをくぐってこちらにやってきたのを確認してからトンネルを閉じる。
ふぃー。疲れた。
魔力回復薬はまだ必要だが、体調不良には悩まされなくなったあたり魔力は順調に強くなっているようだな。
「これはまた、えらくたくさん持ってきてくれたねぇ。いつもより多いくらいじゃないか」
「まぁ、二人ほどえらく張り切って作ってたからな」
なんせ祭りがあるって聞いてから、二人はほとんど寝ずにいろいろ試作やら生産やらをやってたからな。
そりゃダンジョン内にいるから寝る必要はないけど、疲労で倒れるんじゃないかと心配だったぞ。
「それじゃあ、ありがたくいただくとして、これも供物に回そうかね」
マナミさんは俺たちに示すように広場のある一点を指す。
そこには簡易な祭壇に本日解体したと思われる肉の塊やチーズ等の乳製品、後は何かの飲み物が入った壺が所狭しとおかれていた。
マナミさんは人を呼んで、俺たちが持ってきたものを祭壇に乗っけていく。
「あれ全部供物なのか?」
「いいえ、一部は確かに供物として聖域に捧げますが、儀式を執り行った後に残りを私たちがいただきます。神と同じものを頂くということですね」
隣にいたアイリがマナミさんに代わって説明してくれた。
「姉さまは祭りの進行がありますから、本日は私が仙人様達の世話役を仰せつかっています。ごようの際はなんなりとお申し付けください」
「なるほどね、そういうことなら捧げるものは完成させておいたほうがいいかな」
コアさんはそういうと祭壇に近づき、そこにあったコンテナを開ける。
「あれは何を作っているんでしょうか?」
「ああ、あれね。タコスっていう料理だよ」
小麦粉とトウモロコシの粉を薄く延ばして焼いたトルティーヤに、タコミートやサラダを乗せて、お好みでチリソースやサルサソースをかけて丸めて食べるお手軽料理だ。
あいにくウチにはまだハラペーニョやアボカドはないが、その代わりにコアさんがこの三日間試食を繰り返して合格を出した具材を何種類も用意してある。
「供物用はこれくらいあれば十分かな、あとはこれもつけておこう」
コアさんは手早くタコスを何個か作り適当な皿に乗せると、別のコンテナを開けて黒い塊を取り出しタコスに添える。
「えらく甘い匂いがするけどそれは何なんだい?」
「これはね、ブリガデイロっていうお菓子だよ」
ブリガデイロは簡単に言えばチョコボールに粉砂糖などいろいろな甘味をまぶして食べる、ブラジルのお菓子だ。
カポエラを練習するオルフェを見ていたコアさんが、そこからブラジルを連想して今回のお祭りに採用したのよね。
その後も持ってきたものを軽く説明している間にも、祭りの準備を終えた人々が続々と第三階層に集まってくる。
雑談がそこら中で聞こえてきて、大分にぎやかになってきたなぁ。
「族長代理、準備が整いました」
「よしそれじゃあ始めようかね!」
ダンジョンから笛を持った男が出てきてマナミさんに報告すると、マナミさんは声を張り上げる。
その声が雑談を一気にかき消し、周囲がシンと静まり返った。
マナミさんとサエモドさんを先頭に頭を垂れ、祭壇……さらにその奥のダンジョンへと祈りを捧げている。
「なぁ、俺たちはこのままでいいのか?」
「はい、そこまで厳格なものでもありませんから」
まるで結婚式に参列してるような気分になって、思わず隣で同じように祈りを捧げるアイリに聞いちゃったけど、それならまぁよかった。
代表してマナミさんが短い祝詞を読み上げると、数人が祭壇の供物を取り分けていく。
さらに、笛や太鼓等の楽器を持った人たちを含め、三十人ほどの集団がマナミさんを筆頭にダンジョンへと入っていった。
「姉さまたちはこれから聖域で供物と一緒に神楽をささげます」
すかさず解説を入れてくれたアイリ。
解説を聞きながら俺たちは様子を見ていたが、その前で人々は残された供物を手に取ってどこかに運んで行っている。
「神楽を奉納している間に供物は調理されます。そして姉さま達が神楽を終えて出てきたときに、皆に振舞います」
「なるほど、そういうことなら私も手伝おうかな」
「いえ、コアさんはお客様ですから、お手を――」
アイリが止めるよりも早く、コアさんは小走りで調理場のほうへ向かってしまった。
「コアさんは手伝うとか言ってたけど、ありゃレシピを知りたいだけだな。放っておいてやってくれ」
「は、はぁ」
コアさんの食に対する好奇心は誰にも止められないのだ。
「そこから先は夜通しで宴会になりますので、皆様心行くまでお楽しみくださいませ」
なるほど、楽しむ祭りとしてはそこからが本番というわけね。
神楽の見学も自由ということだったので、俺はダンジョン……白犬族の新しい聖域へと歩みを進めた。