6-63 最奥へ
ポータルを通ってまず最初に見えたのは、こちらにグーを出すケモミミ娘達だった。
「お疲れ様マスター」
「おうよ」
コアさんやオルフェと同じように、皆のグーにポンポンと答えてから振り返る。
そこには俺たちの進路を閉ざしていた扉はもうなく、その奥にはどこまで続いているかわからない階段が見える。
「階段ねぇ、いよいよ最奥っぽいな」
ゲームとかでもボスがいるフロアの前には、無駄に長い階段があったりするからな。
それにここのボスは人望がない。そういうやつは無駄に見栄っ張りだから、他人より高い所が大好きなんだろう。
「よし、ボス戦の前には休憩だ。コアさんは式紙で周囲警戒と偵察を頼む」
「わかったよ」
「私はこの先の芝化ですねー」
「頼んだ」
追い詰められた事で、今からでも階段に変なワナをしかけてくるかもしれない。
警戒はしておいてしすぎる事はないだろう。
魔力回復薬をのみつつコアさんの式紙を見送り、階段や壁に芝がニョキニョキ生えるのをぼーっと眺める。
回復薬も今日だけでかなり飲んだなぁ。必要だからしょうがないけど、依存性とかなきゃいいなぁ。
思い思いに休むケモミミ娘達を見ても、特に疲労等でコンディションを崩してる子はいなさそうだ。
だが連戦に次ぐ連戦で、しっぽやらなんやらが大分乱れている。
こんな戦いさっさと終わらせて、早う帰ってブラッシングしてやりたいのぉ。
むしろそうしないと俺の精神衛生上よろしくない。
「マスター! 今すぐボスの部屋に向かった方がいい!」
ぬぉっ!? びっくりした!
だが、コアさんが焦ったように言ってきたって事は、聞き返す時間も惜しい何かを見たな!
「休憩終了! 何があったのかは走りながら聞く!」
「了解!」
俺の号令にリラックスしていたケモミミ娘達は一斉に立ち上がり、階段に向かって駆けだした。
俺たちの体力ならしゃべりながら階段を上っても問題はない。
「で、コアさん。一体何があった?」
「ここのボスが進化しようとしている。おそらく2段階目だね」
なるほど、ワナをしかけるより自分を強くする方向に出たか。
しかし、いや確かに考えてみれば、唯一この中で進化したことがある俺だからこそわかる。
これが一番俺たちを返り討ちにできる可能性が高いってことを。
何に進化するかにもよるが、何であれ基礎能力は桁違いに上がる。
おそらく現在ホブゴブリンであるボスが進化すれば、三面堅をギリギリタイマンで倒せる程度の俺たちを纏めて上回る実力を得られる可能性は高い。
……それは、させちゃいけないな。
「オルフェ! アディーラ! 先行して進化を止めろ!」
「わかったよぉ!」
「了解であります!」
話を聞くために並走していたオルフェとアディーラが一気に速度を上げて階段をのぼる!
「式紙の効果が切れちゃった。これ以上は見れないね」
「十分だ。もうなるようにしかならない」
奴の進化が終わるのが先か、アディーラとオルフェが止めるのが先か、既に賽は投げられているのだ。
俺たちの先を行くオルフェとアディーラが階段を登り切ったのが見えた。
そこに遅れる事数分――
俺たちも階段を登り切り、その先にあったポータルを走り抜けた。
「ふっふっ、ふぅー」
少し切れた息を戻すために深く呼吸しつつ、まずは情報収集だ。
部屋の広さは体育館くらいか?
第一印象としては玉座の間という表現がピッタリくる。
丁度俺たちの反対側には玉座っぽい椅子があるし間違いない。
玉座の横には台座があり、そこに乗せられていたのは光り輝く丸い球。
すごく見た事があるあの玉はここのダンジョンコアだろう。
部屋の広さに比べれば少ないが、ところどころに調度品らしきものが置かれている。
おそらく白犬族やほかのゴブリンが集めた食料を、DPに変えて出したものだろう。
ほかの場所にその手のものがまったくなかったし、今まで独り占めしてたな。まったく、いいご身分なこって。
最後に部屋の中央に視線を戻す。そこにたたずむのはオルフェとアディーラ。
彼女達の視線の先にいるのは――
それはゴブリンというには、あまりにも大きすぎた
口からはみ出すほどに膨らんだ牙に、頭にはねじれた二本のツノ
赤みがかった緑色の肌に、拳のコウを遥かに上回る体躯
それはまさにオーガと呼ぶにふさわしい見た目だった……
「間に合わなかったか」
「ご主人。ごめんよぉー」
別に謝る必要はない。こうなったらキツイだろうが、全力で当たるだけだ。
「グォォォゥァァァァーーー!!」
思わず耳を塞ぎたくなるような雄たけびが部屋中を揺らす!
なんつー大声だ! 下手すっと鼓膜が破れるぞ!
ボスはひとしきり吠えた後、キョロキョロと辺りを見渡すと、こちらの方を見つけると動きがピタッと止まる。
そして、地を蹴った。
と、認識した次の瞬間には、部屋の中央にいたはずのオルフェとアディーラの姿が俺の視界から消え失せる。
数秒遅れて、横から何かが爆発するような轟音が俺の鼓膜を揺らす
反射的に音源へと視線を移せば、そこには壁に叩きつけられ、半分くらい壁に体をめり込ませたオルフェとアディーラの姿があった。
そして先ほどまでオルフェ達がいた場所には、入れ替わったかのように存在する赤緑の肌のボスの姿。
え? あの一瞬で二人を吹っ飛ばした!? 速いってレベルじゃねーぞ!?
ちょっとちょっと! 進化で強くなったって言っても、限度がありませんかね!?
そして、視界の中のボスと目が合った……気がした。
心臓がバクンと脈打ち、悪寒が背筋を走り抜けた。
――ヤバイ――
「柳風障壁!」
背中の悪寒に押される形でとっさに障壁を張った!
「ぬぁっ!」
「きゃぁぁ!?」
直後にすざましい衝撃が俺の体を通り抜け、背後で轟音が響く!
あわてて振り向けば、大穴が開いた壁に体の大半をめり込ませたボスの姿があった。
あ、あぶねぇー!
なんとか柳風障壁が間に合い、直撃コースだったボスの突進を障壁でずらせたから助かった。
あんな新幹線みたいな突進、超人でもなけりゃ止められないよ。
「ガァァァァァーーーーー!!」
壁に体をめり込ませたボスは、再び雄たけびを上げながら手足をめちゃくちゃに振り回す。
あたりかまわず壁を砕き、天井が崩れて自らの頭に破片がぶつかっても、奴はかまわずに暴れ続ける!
その様子は、まるでかんしゃくを起こした子供のよう。
こんなのがボスだったのか? あまり思慮深くはないというのは今までの印象だったが、ここまでひどいと、これではあの数のゴブリンを統率できるとはとても思えない。
「どうやら、私達にとって一つだけ幸運が舞い降りたようだね」
暴れるボスを眺めながらコアさんがポツリとつぶやく。
「あいつは力だけを追い求めて進化した結果、失敗して理性をなくしたようだね」
あ! そういえば、進化には失敗のリスクがあったな。
そのリスクは現在の実力と進化先の種族が離れているほど大きくなる。
「なるほどな。それならあいつがああなっているのも納得がいった」
追い詰められて力だけを求めて、奴自身が耐えきれないほどの種族を選んじゃったわけか。
俺たちのことなんぞ眼中にないとばかりに、未だかんしゃくを起こすボス……いや元ゴブリンに向かってぽつりとつぶやく。
トップの理性が飛んだことで、本来の目的である”ウチのダンジョンに今後ちょっかいを出されないようにする事”は達成した。
だからこの時点で撤退しても、今後俺たちに迷惑がかかることはない。
しかし、
「あいつを放っておくのは危険だよなぁ」
ここには白犬族に住んでもらう予定だからな。
今はまだこの部屋であばれているだけだが、何かの拍子にこのダンジョンを出てこられたら大惨事確定だ。
こんなのが生まれたのは俺たちが原因だし、後始末は必要か。
「よし、こいつを倒して有終の美を飾ろう」
「おー!」
先ほどのやり取りだけでとんでもないほどの肉体的な差がある事はわかった。
ならばこちらはチームワークでカバーして見せるさ!