6-58 VS 三面堅 拳のコウ
「ただいま戻ったよ。やっぱり真剣勝負はいいね、感覚が一段階研ぎ澄まされる気がするよ」
「ああ、まずはお疲れ。かっこよかったぞ」
コアさんに向けてグーを差し出すと、トンッっと返してくれるコアさん。
そのままトントンと同じようにグーを出したケモミミ娘達に返し、コアさんが一段落したところで話を切り出そう。
「なぁ、エンの体が粒子になって消えちまったんだが……という事は、あいつはダンジョンモンスターだったって事だよな?」
「そうだね、正確に言うとダンジョンモンスターになったみたいだね」
「そんな事できるのか!?」
「できないと言った覚えはないけどね」
そりゃまぁそうだけど。普通こんなこと考えもつかないしなぁ。
とはいえ彼がダンジョンモンスターだったとすれば、いろいろ納得できる事もあるしなぁ。
「つまり、あいつが言っていた”ガタイがよくなった”って言うのは……」
「マスターと同じで進化したって事だろうね」
なるほどねぇ。どちらかというと人に近かったあいつは、ゴブリンじゃなくてホブゴブリンだったってことねー。
いや、種族がそれなのかはわからんけど。
「となれば残る二人も進化してるって考えるのが妥当だな」
「そうだねぇ。それより早く次に行こうよぉ! 次は僕が選ばれるといいなぁ!」
コアさんの戦いを見て火が付いたのか、オルフェが催促してくる。
ま、ここで考えても意味がないってのは確かだな。
エンが守っていた扉を通り抜け、俺たちは次の扉とポータルへと向かって歩く。
囮を出す距離でもないし、ワナがある気配もない。
「強者どもよ、ここまでよくぞ来た」
警戒しながら扉の前まで来た俺たちにかけられたのはそんな声。
エンの時と同じように扉の前に別の空間の映像がうつしだされる。
まず見えた人影は、エンと比べるとさらに一回り大きく、鍛え上げられた筋肉をその身に纏い、腕組みする上半身が裸のホブゴブリン。
後ろに見える風景は、岩あり滝ありのまさに修験道という表現がぴったりな岩場ではあるが、奴がいる周辺は整地された広場となっている。
まさに戦うためにあるような広場だ。
「さぁ、我こそはと思うものはポータルを通ってくるがいい」
それだけが全てだと言わんばかりに、奴はそう宣言すると腕組みしたまま微動だにしない。
「だってよ。オルフェ」
「いいの!? ご主人!」
「だってお前ああいうのとやりたがってたじゃん」
この前ウチに攻めてきたゴブリンにも似たようなやつはいたけど、あいつは魔法で筋力をかさ増ししてただけだもんな。
だが、今目の前にいるこいつは間違いなく本物だ。画面越しでも威圧感が段違いだ。
「自分も戦ってみたいところではありますが、今回はオルフェ殿に譲るでありますよ」
俺の中ではオルフェに次いで候補だったアディーラが降りてくれた事で決まったな。
「オルフェさん、頑張ってくださいねー!」
「ふぁいとー!」
「みんなありがとぉ! いってくるよぉ!」
皆の声援に後ろを向きながら手を振り、ポータルに駆けこんだオルフェの姿が消え、ポータルも同時に消えた。
そして映像に視線を戻せば、自慢のポニーテールを揺らし、ホブゴブリンの元へと駆けていくウマ娘が一人。
「お待たせぇ。僕はオルフェだよぉ!」
ない胸をはってオルフェが名乗る。
「三面堅、二の面”拳のコウ”。お前を砕くものだ」
ホブゴブリン……拳のコウはそれだけ言うと、腕組みを解き、腕を胸の高さで維持して構えを取る。
おや? あの構えは――
「あれ? その構えってボクシング?」
オルフェもボクシング漫画を読み込んでたから気が付くよね。
「いかにも。この肉体と共に与えられた」
進化と一緒にスキルとして入れられたかな?
武術としてはありなんだろうけど、なんていうかゴブリンがその構えをとると違和感がすごい。
「ふーん。じゃあ僕もボクシングで戦うよぉ!」
確かにマンガに感化されたオルフェがボクシングの練習をしてたのは知ってるけど、能力なしじゃ相手ができる人がいなかったから、オルフェはシャドーしかやってないけど大丈夫か?
今ならギリギリ、アディーラが相手できそうだが、今回はさすがに時間が足りなかったしなぁ。
オルフェは右手を上げ、左手は下げたいわゆるヒットマンスタイルの構えを取る。
対するコウは両手でアゴを守るスタンダートな構えを取っている。
「これ以上の言葉は不要。こい」
コウのこのセリフがゴングの替わりとなり、岩場の空気が一変する。
オルフェも顔に浮かべていた表情が消え、相手の動きを見逃すまいと鋭くコウを睨みつけている。
トントンとオルフェが軽いフットワークを踏んでいるのに対し、地が足についたかのように微動だにしないコウ。
傍目には先ほどのコアさんとエンと同じく、相手の力量を測るために牽制をしあっているようにも見える。
ただ、先ほどと違う点を挙げるとすると、オルフェはコアさんほど我慢強くはないということだ。
「ふっ!」
オルフェは下げた左腕を鞭のようにしならせて、フリッカージャブをコウの顔面に向けて放つ。
しかし、コウは軽く横にステップをして上半身を軽く倒すと、オルフェのジャブをなんなく回避した。
おかえしとばかりにコウの左腕が動き、オルフェに向けたジャブを放つ。
オルフェはコウの左腕が動いた瞬間にはステップを踏み、コウのジャブはオルフェの頭の横を過ぎた。
しばらくはお互い様子見といった形で、基本的にオルフェがコウの周りを回って先制ジャブを放ち、コウが避けつつカウンターを撃って、それをオルフェがステップをつかって避けるというループが続けられている。
お互い軽いジャブを放っているだけだが、パンチの風を切る音がジャブというにはあまりにも強い。
少なくともオルフェのジャブは、地球換算だと大の大人が渾身の力を込めてハンマーを振りおろしたくらいの威力があるはずなんだよなぁ。
それをコウは何発かは腕で受けているが、あんまりダメージが通ってるようには見えない。
少なくとも肉体的な強さは俺より上、もしかしたらオルフェと同じレベルくらいかも。
こんな二人が激しい応戦を繰り広げている。これは全財産を質に入れてでも見る価値があるで!
そんな事を思いながら観戦していたが、状況はちょっとマズイかもしれない。
今までオルフェはコウの攻撃を全て避けてきたのだが、段々オルフェのフットワークに慣れて来たのか、オルフェはコウのジャブを避け切れずに腕でガードする場面が増えてきている。
逆にコウはオルフェのジャブを必要最小限の動きでかわし、カウンターを入れる速さが上がっているようだ。
不利を挽回するためか、オルフェは死角から攻撃するためにフットワークを速めて回り込むように動き、ジャブを放つ!
しかし、コウも体を回して対応し防がれる。
そしてその状況のまま数分が立った頃――
オルフェが急に回り込む速度を上げ、石の地面がえぐれるんじゃないかと思うほどの踏み込みで、横跳びのフェイントをかけてコウの横に回り込んだ!
オルフェの位置は完全にコウの視界外! ここが勝負どころとみたのか、オルフェは右腕でコウの耳上、テンプル向けてパンチを打つ!
完璧に決まると思っていたが――
コウは見ていたかのように屈んでパンチを交わすとそのまま踵を返し、オルフェの腕を潜ると同時に左腕を振るう!
そのフックはオルフェの頬に命中し、周囲に鈍い音が響いた!
ククノチやアマツが悲鳴を上げる中、オルフェの体が浮いて斜め後ろに飛び、フックを受けた体制のまま、勢いを殺そうとオルフェは地に足を着け引き摺られるかのように後ずさる。
コウは……絶好の追撃のチャンスのはずだが動かない。
足を着けたところから大体3メートルほど引き摺られたところで、ようやくオルフェが止まった。
「ぺっ!」
勢いを殺し切ったオルフェが口から何かを吐き出した。
地面に落ちて生々しい水音を出したそれは……血か?
おいおいおい、これはダウンはしてなくても相当なダメージを負ったんじゃないか?
そうでなくても、先に一発入れられたことで気後れしてなきゃいいが……
「やるじゃない!」
フックを受けた状態から顔を戻し、ニコッと満面の笑みを浮かべて賛辞の言葉を贈るオルフェ。
いや、満面の笑みっていうよりかはようやく俺達以外の強い奴に出会えたっていう狂気を含んでる感じもするが……とにかく、気後れするどころか逆に火が付いたようだ。
「このままだと僕のほうが不利だから、ここからはこっちも使わせてもらうよぉ!」
オルフェはポンポンと手で足を叩いて、ここからは足技を使うことを宣言する。
こういうまっすぐなところが実にオルフェらしい。
「ふ、これで次からはお互い全力だな」
心なしか口元を緩めてコウが答えた。
それより、あれでも全力じゃないんか……やはり相当な強者だな。こんなのが地球に居たら1分で全階級のチャンピオンをまとめてKOできそうなもんなのに。
ここからはルールなしのデスマッチになる。手に汗握る戦いはここからが本番なのだ。