6-57 VS 三面堅 剣のエン2
「さぁ、ダンスの続きといこうか!」
剣を構えなおしたエンは刃の下に身を隠し突進し、コアさんは合わせて下段の構えを取る。
エンの突きに対して、コアさんは刀を振り上げてぶつけた!
突きの軌道は上に反れ、コアさんはそのまま剣の下に潜り込み――
あいた脇腹を狙って刀で薙ぐ!
しかし、エンにとっては織り込み済みだったようで、刀がぶつかった時には後ろに跳んでいた。
そのためにコアさんの刀はエンには一歩届かず、腹の前の空間を通り過ぎる。
ぶつかった勢いを利用してエンは空中で半回転、コアさんに背中を見せて着地する。
そのまま剣を振りかぶり、横薙ぎに振るう体制を見せた。
コアさんもそれに反応し、薙いだ刀を正面に戻し受ける構えを見せて――
突然高く大きく上へと跳ねる!
同時にエンがもつ剣の柄から炎が吹き上がり、刃を包み形をなす!
一回り大きくなった炎の剣は、先ほどまでコアさんがいた空間を焼き焦がした。
うぉぉ! あれがエンが隠してたカードか! おっかねぇ!
コアさんは空中でバク宙を決めると、エンと距離を取るためか後方へと着地した。
「あーあ、決まったと思ったのに。……よく気が付いたな」
炎の剣を振るい、残念そうというよりは嬉しそうな声でエンがコアさんに問う。
確かにあれを刀で受けようものなら熱で刀が溶け、そのままコアさんはバッサリやられていただろう。
「似たような武器を振るっているからこそ、気が付けたようなものかな? 明らかに届かない距離からの大振りだったからね」
着地した姿勢からゆっくり立ち上がり、コアさんが答える。
「君が剣の目測を誤るとは思えないからね。何かあると思ったのさ」
「なるほど、たいしたもん……だ?」
相槌を打とうとしたエンがマヌケな声をあげるのも無理はない。
立ち上がったコアさんがゆっくり左右に歩き、2つに分かれたんだからな。
「君のその剣をまともに受けるわけにはいかないからね。ここからは私も能力を使わせてもらうよ」
これは”幻双”だな。
片方はコアさんが作り出した幻だが、見分けはまったくつかないほど精巧にできている。
「おもしれぇ! かかってきな!」
エンの挑発に答えて、二人のコアさんが同時に駆ける!
二人のコアさんの距離は徐々に広がり、エンを挟み込む。
同時に相手取るのは不利と判断したのか、エンは片方のコアさんに向かって駆け、炎の剣を振るう。
一方コアさんは……避けも受けもせず、そのまま剣に薙がれて掻き消えた。
「っち! こっちが本物か!」
背後ではエンに向かって、今まさに刀を振り下ろさんとするコアさんがいる。
即座に反応し振り向くエン!
迎撃せんとエンは炎の剣を下から振り上げて――
剣と刀が振れた時、エンの剣は刀をすり抜けた。
「!?」
驚愕するエン!
そう、背後にいたコアさんも幻。
エンが最初の幻を切るために体を向けた時、コアさんはさらに”幻双”を使い、攻撃をする幻を囮にさらに死角に回り込んでいた!
「うぉっ!? あぶねっ!」
直感が働いたのか、エンは横に飛び、恐らく本物のコアさんの横薙ぎ攻撃をすんでのところで躱す!
「これは決まったと思ったのに、初見でよくかわせたね」
「意趣返しをありがとよ。いやこれはマジで危なかったぜ」
やってやったぜとばかりに笑みを浮かべるコアさんに対し、引き笑いを浮かべて答えるエン。
「そして、次からが本番だよ」
そういうとコアさんは草原を右回りに歩き出す。
一歩踏み出すたびにコアさんの幻が作り出され――
「おいおい、マジかよ」
「さて、本物はどれかわかるかな?」
9人のコアさんが異口同音に語り掛ける。
「あれは! 幻刀術 九尾幻閃!」
「主殿! 知っているのでありますか!?」
「うむ」
仰々しく頷き、俺は語りだす。
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九尾幻閃
剣術の基礎とは唐竹・袈裟斬り・右薙・右斬上・逆風・左斬上・左薙・逆袈裟・刺突の九つの型にあるが、これに幻術を組み合わせ、相手をまどわし斬撃を行うのが九尾幻閃である。
ちなみに今日には紙に書いた当たりを引く「クジ引き」というものがあるが、
これはこの技の実験台となったオルフェは本物をどうやっても見抜けず、しまいには九枚の紙にそれぞれの型の名前を書き、引いた型を本物と仮定して対処しようとした「九次引き」を由来とする説がある。
もちろん一度も当たる事はなかった。確率1/9じゃ無理だわな。
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「――なるほどねぇ。解説ありがとうよ」
「マスター。なんでわざわざ敵に教えてるんだい?」
語り終わった俺に聞こえてきたのはそんな声。
「え? もしかしてずっと聞いてました?」
「なんていうか空気が白けちゃったからね」
九人のコアさんが、それぞれあきれ顔でこちらを見る。
「こっちとしては食らう前に概要を聞けるわけだから、聞いておいて損はないよな」
言われて見れば確かに。
「後、マスターは後ろに気を付けるべきだと思うよ」
え? 後ろ?
後ろを振り向くより早く、俺の首に何かが巻き付き締め上げる!
「ご主人~、なんでみんなにばらすのぉ~!?」
「ぐぇっ! オルフェ、俺が悪かった! チョークチョーク!」
右手でオルフェの腕を叩くと、ちょっぴり力が緩くなった。
首が折れる心配はなくなったけど、まだ苦しい。
「さて、マスターは放っておいて、そろそろ続きといこうじゃないか」
「……ネタ晴らしされてるのにいいのか?」
「ご心配なく、タネを知っていてもきっと楽しめると思うよ」
九人のコアさんはそれぞれ型を取ると、一斉に散開し走り出す!
「そうかい! 楽しませてくれよ!」
吠えて剣を構えるエン。
散開していたコアさんはそれぞれがジグザクに走り、時には交差し重なりあって別れ、時にはエンに仕掛けながら徐々に包囲を狭めていく。
エンも攻めてきたコアさんを片っ端から薙ぎ払っているが、薙がれたコアさんは虚空に消えるのみ。
即座に別のコアさんが分裂し、再び九人のコアさんとなって再びエンを翻弄する!
十中八九幻影だとわかっていても、もし本物だったらって思うと、対応せざるをえないんだよなぁこれ。
「くそっ! 楽しいけどうざってぇ!」
徐々に幻影に対する対処が遅れ、スキが目立ってくるエン。
上空から唐竹割りをしてくる幻影を迎撃した時、エンは八方をコアさんに囲まれていた。
即座に同時攻撃をしかける八人のコアさん!
エンと言えど、囲まれた状態で八方からくる八人を同時に対処はできまい!
「俺もこれを待ってたんだよ!」
エンはそう吠えると、上空に構えていた剣を逆手に持ち直し剣を地面に突き立てた!
「炎陣剣!」
――その瞬間――
エンが突き立てた剣を中心として、炎を纏った衝撃波が地面をなめながら、全方向へと広がっていく!
八人のコアさんはその衝撃波を身に受けると、輪郭が崩れて消し飛んだ!
否! 消し飛んだコアさんは全部で七人!
一人だけ後ろに飛ばされ、地面に背中から叩きつけられたコアさんがいる。
「見つけた! あんたが本物だな!」
エンは地に刺さった剣を引き抜くと、コアさんに向かって一直線に駆ける!
コアさんは……衝撃波のダメージが残っているのか動けない!
それでもなんとか、攻撃を受けようと刀を握り、身を起こし構えようとするが――
「遅い! もらったぁ!」
コアさんが迎撃の姿勢を構えるよりも早く、エンの剣がコアさんの胸を貫く!
瞳孔が開き、口から血が垂れていくコアさん。
「コアさぁぁぁん!」
俺の首に腕を巻き付けたまま、観戦していたオルフェが悲鳴を上げた!
「ぐえっ!」
ちょ! 無意識に力を入れるのやめて! 苦しい! それに折れちゃう! 君が力を込めたら簡単にポッキリ逝っちゃうから!
なんどかタップすると、オルフェがようやく気が付き巻き付く力が緩くなる。
「ゲホッ! ゲホッ! ひどい目にあった」
「ご主人! コアさんが、コアさんがぁ!」
せき込む俺に対し、涙目で訴えるオルフェ。
気が付けば他の面々も蒼白になり、言葉を失っている。
「落ち着けおまえら。コアさんは大丈夫だから、しっかり見てなって」
「ふぇ?」
向こうには聞こえない程度の声でそっと教えてやる。
俺の言葉に間の抜けた声をもらし、こちらを見るケモミミ娘達。
なんだ、気が付いてたのは俺だけか?
ケモミミ娘は半信半疑で視線を映像へと戻す。
「はっ! ははっ! 楽しかったぜぇ!」
そこではコアさんを貫き、高笑いをあげるエンの姿が見える。
「それにこの手ごたえ! やっぱりこの感触は最高だ!」
貫いた時を思い出しているのだろう。エンは両腕を胸の高さまで上げて見つめ――
「そこまで喜んでくれると、私としても頑張って精巧に再現したかいがあったってものだよ」
「はっ?」
完全に油断しきっていたエンの首元から刀が生える!
同時にエンの後ろの空間に人型が見え、刀を突き立てたコアさんの姿を形どった。
「ぐふっ!」
刀を差されたエンが口から血を吐くと、血は重力にひかれて落下し、倒れていたコアさんの元へとかかり――
そのまま血はコアさんを通り抜け地に落ち、もう役目は済んだとばかりに幻影は歪んで消える。
「なんだよ……1体は……本物じゃ……なかったの……かよ」
「途中まではね。ネタ晴らしされたら、そこからさらに騙す方法を考えるのが幻術使いってもんさ」
そう、九人のコアさんは時々重なっていたが、エンの注意が別の幻影に反れていた時にコアさんは本物と幻影を重ねて、自らは幻を纏って身を隠し、幻影と幻影を出していた。
後はひっそりと離脱し、エンが勝ち誇って油断したところを忍び寄ってブスリ、というわけだ。
少し卑怯かもしれないが、俺やコアさんに言わせれば幻術を使うとわかっている相手の死体を本物かちゃんと確かめないほうが悪い。
「さらに君の敗因を上げるなら、幻影は攻撃すれば消えると思い込んでた事だよ」
「!!」
なるほど、今までエンの攻撃で幻影が消えていたのはこのための布石か。
そうやって徐々に刷り込まれたエンはコアさんの幻影を貫いた時、幻影が消えずにリアクションを返したことで本物を貫いたと錯覚してしまったというわけか。
「は、はは。あんた……たいした……うそつき……だ……ぜ――」
そうつぶやいたエンの目から生の光が消え、コアさんが刀を下におろすと、エンの体は力なく滑り落ち、草原の上に倒れた。
「それは幻術使いとして、最大級の賛辞として受け取っておくよ」
刀についた血を払い、ゆっくり刀を納刀したコアさんはそう答えを返す。
「おおおお! コアさん生きてたっちゃ!」
アマツの叫びに対し、Vサインを返すコアさん。
同時に消えていたはずのポータルが再び出現し、代わりに存在していたはずの扉が消え、奥にはさらなる扉が見える。
「ねぇ!ご主人! あれ見て!」
扉の先を見ていた俺にオルフェが指をさして示したのは、映像のある一点。
そこではエンの躯がゆっくり崩れ、粒子となって草原に溶け込むように消えていく姿だった。
ワンダステップ様より小説レビュー動画を作って頂きました!
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