6-55 殲滅! ゴブリンダンジョン
ポータルを通って見えた光景は大体予想通りのもの。
コアさんから事前に聞いていた狭い通路は流水で削られ、そこかしこにかつて武器だったものが転がっている。
通路には落とし穴だったと思われる水たまりもあり、そこに何かが浮いてたりと、かつてここに防衛線があったという面影だけが残っていた。
やったのが自分たちの計略とはいえ、辺りは雰囲気もあいまって実に湿気臭い。
あ、あそこに元巨大弓っぽい木の残骸がある。
これじゃただのゴミだな。
「さて、とりあえず偵察を飛ばしてみるよ」
「私は安全地帯の確保ですねー」
「ああ、頼む。他は周囲警戒をしていてくれ」
コアさんはそういうと札を鳩に変えて左右の通路に飛ばし、ククノチは先ほどと同じように周囲を芝で埋めていく。
「ああ、この通路はどっちにいっても同じ道に合流するようになってるね」
ふむふむ、これは回り込んで通路で挟み撃ちにする戦略だったのかな?
まぁ、俺たちの目的はこのダンジョンの踏破ではなく全ゴブリンの殲滅なので、向こうからきてくれるなら楽でいいな。
俺たちの索敵能力なら、ここがアウェーでも後れを取ることはないだろう。
周りを見渡せば、ククノチが這わせた芝も大体覆いつくしているようだな。
「よし、進もう。隊列は訓練通りコアさんの式紙を囮に早足で」
そして俺たちは隊列を組み、アディーラの光魔法を反射する元落とし穴だった水たまりを飛び越え、通路を進む。
「それにしても狭いねぇ」
「ゴブリンサイズって事なんだろうな」
これじゃ長得物は役に立たない。しかも周囲はデコボコしてるので、ここはタイマンじゃ小柄な方が有利だなぁ。
とはいえ索敵障壁に引っかかるのは倒れた小柄な人型 すなわちゴブリンの死体のみ。
一応死んだふりも警戒しているが今の所生きている奴はいない。
何事もないまま通路の合流地点に到達し、その先を行く。
「あれ? ここから先は広いね?」
「そうだな」
後ろは狭い通路、そしてここからは広い通路。そこから考えられるのは……
「マスター、この先に大勢いるよ」
偵察を飛ばしていたコアさんが警告を入れる。
どうやらアマツの水攻めから逃れた連中は、ここまで下がっていたようだな。
そりゃあこんな地形なら有効なのは人海戦術だわな。多数対多数なら狭い通路で援軍が詰まる分防衛側の方が人数比で有利に立てる。
それに万一敗走しようもんなら、今度は撤退するにも狭い通路でさらに詰まり、全滅の憂き目に会うのだろう。
通路の奥から鬨の声が聞こえ、地面が揺れる。こちらに向かって突撃してきたかな?
「来るぞ! 各員戦闘準備!」
俺の号令に答え、適度に距離を取り各々のスタイルで構えるケモミミ娘達。
やがて隊列をなして、こちらに駆けてくるゴブリン共の姿が見えた。
「光の戦輪」
アディーラの声に答えるかのように、いくつもの天使の輪のようなものがアディーラの周囲に生み出される。
そのままアディーラが右手を振ると、輝く光の輪はゴブリンに向けて一直線!
ゴブリン達はある者は盾で受け、またある者は身を捻ってかわすが、数が数。
数名のゴブリンに戦輪が命中し、ある者は腕が裂け、またある者は頭を裂かれて倒れ伏す。
だが、ゴブリン共は倒れた者に気をかけるどころか、それを踏み越えこちらに向かってくる。
ほほぉ。アレにひるむどころかそうくるか。
「なかなか士気が高いですな。さすが精鋭というところでありましょうか」
「だねぇ、ちょっとワクワクしてきたよぉ」
攻撃の結果を見たアディーラがジャマダハルを構えてぽつりともらしたところに、横にいたオルフェがトントンとジャンプして答える。
「よしそれじゃあ、こちらも行こうか」
「了解!」
コアさんの号令に答え、ウチの前衛3人組もゴブリン達に向かって駆ける!
かくてゴブリン達との壮絶な死闘が始まった!
♦
――と、言えればもりあがるところだったんだけどねぇ。
そう思いながらも周りを見渡せば、通路に転がるのは大量のゴブリンだったもの。
「まぁ、ざっとこんなもんでありますな」
「そうですねー、ムチの練習にはいい機会でしたー」
そして、もう何事もなかったかのように、自らの得物をしまって感想をもらすケモミミ娘達。
うん、彼らは強かった。少なくとも俺たちのダンジョンを襲ってきた連中にくらべればね。
ただまぁ、そこからみて”ちょっと強い”程度じゃ、万全の俺たち6人を同時に相手取るには力不足だった。
それに連中は俺たちの手をしらない。だからほとんどダンジョン防衛の時と同じような手で、連中はあっさり全滅してしまった。
「これで大体倒してればいいんだがなー」
「もうどれくらい倒したのかも覚えてないですな」
連中の食料事情を考えれば、そろそろ数も限界だと思うが、
「まぁいいや、隊列を組みなおして先に進むぞ」
ゴブリン共の死体の山を後にし、俺たちは再び奥へと進む。
「この先に大きな扉とポータルがあるね」
「へぇ、扉ねぇ」
コアさんからそんな声がもれたのは、戦闘した箇所からはさほど離れてもいないところだった。
今の所分かれ道はあったものの、その先は第三階層にいたゴブリンの居住区と思われる行き止まりのみ。
そこももぬけのからで進める方向は扉方面しかない。
「大きな扉があるとクライマックスって感じがするな」
ボスはその先に居るのが相場って決まってるからな。
「それは重畳。さっさと倒して帰って、またケーキを食べたいですな」
「そうねぇー。楽しみよぉ!」
アディーラもよっぽどケーキを気に入ったんか。
軽口を言いながらも警戒しつつ進めば、あっという間に目的の扉にたどり着く。
「確かに大きいねぇ」
それはオルフェの身長の倍ほどはある、両開きの大きな扉だった。
「それじゃ、開けるよぉ」
そのままオルフェは扉に手をつけ力を込め――
首をひねった後、今度は両手を扉に付けて力を込めているようだが扉はビクともしない。
オルフェの両足が地面に少しめりこんでる辺り、込められている力は相当量だということは想像できるが、それでも開かないとは
「力推しでダメって事は……」
「うん、なんらかのギミックがあるね」
ポツリと呟いた俺にコアさんが賛同する。
ギミックねぇ、考えられるのはアレしかないよな。
心の隅で警戒はしていたが、意識を扉の隣りにあるポータルへと向ける。
「ああそうだ、そいつぁ俺が許可しないと開かないぜ」
――!
俺たちの誰でもない第三者の声が突如響く。
その声に各々が防御態勢を取り、周囲を警戒するが俺たち以外に姿はない。
「ご丁寧に教えて頂きどうも、できれば姿も見せてくれると嬉しいんだがな」
そう言った直後、扉の手前の空間が歪んだかと思えば、映画のスクリーンのように見知らぬどこかの風景が映し出される。
「見えてるか? あいにく俺はここから出れないんでな。悪いがこれで勘弁してくれ」
へぇ、ダンジョンってそんな事もできるのか。
映像にはウチの草原エリアと似たような空間が広がり、一人の男が立っていた。
肌の色はゴブリンには違いないんだが、身長がまるで違う。今まで散々相手取ってきたゴブリンは大きくても俺の胸元ほどもないくらい小柄だったが……
腕組みをしている男の頭身は人間のそれと変わらない、そこに引き締まった体躯に軽装鎧を纏い、腰には自身の膝ほどまである剣を帯びている。
映像越しだが、こいつが出す雰囲気は一般的なゴブリンと明らかに格が違う。
いや、こいつは本当にゴブリンなのか?
「ああ問題ない。親切ついでにどうやったらあんたから許可をもらえるか教えてくれないか?」
「簡単だ、俺と戦って勝てばいいのさ」
だろうね! そういう展開だと思ったさ!
「俺と戦う勇気があるなら、そこのポータルを通ってここまできな。ただし、そいつは一人用だ。一人はいったらどっちかが死ぬまでここから出られないぜ」
うわ、そうきたか!
奴のそのセリフに、周りのケモミミ娘の視線が一斉に俺に集まる。
「ご主人。どうするぅ?」
一同を代表して、心なしかワクワクした声でオルフェが俺に問う。
さてどうする? 撤退するか? それとも誰かを送るか――
「ちなみに俺の希望を言わせてもらうと、同じ得物を持ってそうな狐耳の嬢ちゃんがいい」
俺の考えが纏まるより早く、映像ごしにゴブリンがリクエストを送る。
全員の視線が俺からコアさんへと移り――
「おや、ご招待されてしまったね。なら私が行くしかないかな?」
当の本人はあっけらかんと答え、ポータルに向かって歩き出す。
「いいのか?」
「私も強そうな剣士とは一度戦って見たかったんだ。今まではずっと格下だったからね」
「そっか、そういう事なら行ってきな。負けんなよ?」
「コアさん、ファイトー!」
皆の応援を受けたコアさんは右手をぐっと上げて答え、ポータルへと消えていった。