6-45 ねんがんの空間魔法
握りしめた右手に魔力を込め、手を中心に次元が歪み穴が開くイメージを脳内で描く。
「なんて力だい……」
実際に右手付近の空間が歪み始めたからか、見ていたマナミさんが思わず声をだす。
アディーラに群がっていた子供達も、興味はあるのかじっと見つめてくる。
ここまでイメージができたら次は繋がる場所を想像する。
そこは、マーキングしたとある迷宮の胃袋の一室。
とらえた!
一気に右手を開くと、それに合わせたかのように歪んだ空間が押し広げられて穴が開く!
穴の奥に見えるのは良く見知った迷宮の胃袋。
そして――
「姉さま!」
今までそこにずっと待機していたのだろうアイリが、いの一番に穴をくぐりマナミさんに抱き着いた。
その後もコアさんにアマツ、ククノチと続々と穴をくぐり姿をみせて――
最後に肌を全て隠し、大荷物を背負ったオルフェが出てきたのを見て穴を閉じる。
一応直接触れさえしなければ、オルフェも通れることは確認済みだったからな。
「よし、なんとか全員――」
ぐっ!?
押し寄せてきた嘔吐感に言葉を飲み込まされ、膝をつく。
「ゲェーーー!」
「マスター!?」
「仙人様!?」
俺に近寄ろうとしてきた人たちを右手で制し、そのままコアさんに指をさす。
「わかった。ここは私が仕切るから休んでいたまえ」
察してくれて助かるぜ。
一通り胃の中の物を出し終えて、壁によりかかって荒い息を吐く。
くそっ! 視界もぐるぐるする。
心臓もバクバクしたまま、しばらく収まりそうもない。
これらはやっぱりさっきの空間魔法の副作用なんだろうか?
制限をつけてようやく取得できたこのチート能力だが、現状は条件をそろえないとダメか。
まずは発動準備、発動中は切れる瞬間を除いて一切移動できない。つまり戦闘中は棒立ちになる。
さらにつなげられるのはマーキングした迷宮の胃袋の一室のみ。基本片道切符である。
そこに長時間、もしくは距離が離れると使用後に体調悪化が加わるのか。
ダンジョン外でオルフェが通れるかちょっと試した時は、軽いめまい程度でここまでひどい反動はなかったんだが……
だが、これらの代償を払っても、兵站を無視して仲間を呼べる、もしくはダンジョンに直帰できるのは破格値におつりで大玉のダイヤモンドがもらえるくらいの利便性なのは間違いない。
「仙人様」
呼ばれてふっと顔を上げてみれば、そこにはアイリが灯りをさえぎり立っていた。
嘔吐した時に照明障壁も消えてしまったが、今はメガネをかけたアディーラが光魔法で照明を出してくれてるので問題はない。
アイリは俺の手前に座ると、持っていたハンカチで俺の額を拭う。
うわ! こんなに汗もかいてたのか、まったく気が付かなかった。
「姉さまと子供達を救って頂き、感謝申し上げます」
まだ嘔吐感があり、まともに話すことができない。
だから代わりにサムズアップで答える。
「お約束通り、一生をかけてご恩をお返しさせて頂きます!」
俺のサムズアップを真似してサムズアップし返すアイリ。
いや! 待って待って! だからそんな約束してないってば!
いいんだってそんなの! ダンジョンモンスターはともかく、人の一生を抱えるなんてそんな重い事したくないんだってばよ!
「アイリ? あんたどんな約束をしたっていうんだい?」
ほらみろ! オルフェが持ってきた携帯食を、子供たちに渡していたマナミさんに目ざとく聞きつけられちまったじゃねぇか!?
「聞いての通りですよ姉さま。仙人様方には私の一生と引き換えに、姉さまたちを救ってもらう取引を致しました」
オイこら待て! 外堀を埋めていくんじゃない!
ちょっと、コアさん! だれか! 違うって言ってあげて!
しゃべれないので、念話をビンビン飛ばすが誰も反応しない。
あ、あれ? 念話が届いてない!? おーい!
「まぁ、もともと妾になるのを提案したのはアタイだしねぇ。しっかり御奉公するんだよ?」
「はい、ありがとうございます姉さま!」
やめて! 賛成しないで! 話を進めないで!
「仙人様、至らないところもある妹だけど、どうかよろしく頼んだよ」
ああもうどうにでもなれ!
俺はもうこみ上げてくる吐き気を我慢しながらうなづく事しかできなかった。
♦
「よし、待たせたな」
「マスター。大丈夫かい?」
「おう! バッチリよ」
ようやく吐き気が収まり、魔力回復薬を飲んだら大分スッキリした。
どうやらあの体調不良は、俺の魔力の限界を超えた過剰使用によるものだったらしいな。
だとしたら、俺の魔力がもっと強くなれば副作用は軽くなるのかもね、それより空間魔法の魔力消費量の多さにビックリだ。
やはりチート能力は、消費度合いも格が違った。
「これから脱出かい? でも子供達を連れて出られるんかね?」
こちらがもってきた携帯食を食べ、疲労と助けられたという安心感からか子供たちは大半が寝てしまっている。
この状態で皆をつれて脱出するのは無理だろう。それに俺が回復するまで時間をかけちまったから、侵入する時に殺したゴブリンの死体を見つけられてもおかしくない頃合いだしな。
まぁ、実際はそれ以前の問題なんだが……
「いや、我々の主目的はゴブリンの殲滅だ。今夜中に一掃する」
そのために頼れる仲間たちを呼んだんだからな。
「というわけでこれからブリーフィングだ。はいみんな注目!」
障壁に映すのは上空から見たこの山城のイメージ図。
ここに来る前は不確定情報だった見張り台の位置や敵の守りの仕組みを説明し、そのうえで事前に考えていたプランに修正を加えてみなに話す。
「こんな感じで進めようと思う。何か質問はあるか?」
首を振るケモミミ娘達。
「アタイはここにいるよ。多少は戦闘に自信があったけど、あんたたちと比べれば子犬と狼以上の差があるみたいだし、ついていっても足手まといさね」
「私もここで、皆さまの御武運をお祈り申し上げます」
まぁ、それ以前に監禁されてたマナミさんは、すぐに全力がだせるコンディションじゃないしな。
「ここにはククノチを配置してある。ククノチ、作戦のついでに守ってやってくれ」
「お任せください―」
幸いここは洞窟だ、ククノチなら自らの種を植えることでここを要塞化できるから、例え敵が押し寄せてきても守り切れるだろう。
それに万一の場合、ここは俺たちの拠点にもなるからな。
「よし、ではこれより隠密作戦から殲滅作戦に移行する! イクゾー!」
「おー!」
そして俺たち殲滅班は出口に向かって歩き出した。