6-44 狡猾なワナ
腰の矢筒から矢を二本抜く。
手元も見えないが、索敵障壁のおかげで問題はない。
「やめてください! すぐ泣き止ませますから! ですからどうか――」
「うるせぇ! さっさとそのガキをよこせ! それともてめえも一緒に死ぬか?」
「あぁ、誰か……誰か助けてぇ!」
ゴブリン達は母親がもらしただろう懇願を鼻で笑う。
その間に俺は矢を弓につがえて弦を引く。
「おいおい、誰かだってよ」
「こんなとこまで誰も助けに来るわけねえだろ」
――!!
反射的に弓を構えていたはずの左腕は、天を突くかの如く上に振りあがる!
そして、弦を引いていたはずの右手は、指に矢をはさんだまま、左腕をつかむ!
そして俺をはさんで前後に障壁が現れると、後ろの障壁がカッと輝き、前の障壁に孤独なシルエットを映し出す!
「いるさっ ここに一人な!!」
「お頭ぁ!?」
はっ!? しまった! ついやっちまった!
この俺をあぶりだすとは……人間心理を突いたなんという狡猾で洗練されたワナなんだ!
でもこれをやれて気持ち良かった!
「うわっ、眩しいっ!? 何だ!?」
「だっ誰だ!?」
ここで問題だ!
これに対してどんな返事をすればもっともクールか? 次の中から答えなさい。
答え① ピーターパンさ
答え② 当ててみな! ハワイへご招待するぜ!
答え③ なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け!
①はそもそも、女性を誘う時のセリフだ。そろそろこいつらがピーターパンを知らない可能性もあるしこいつは不適切だな。
そして③はセリフが長いし、アディーラに相方のセリフを求めることになるが、当然彼女はこんなの知らない。
完全にしらけてしまうだろう。
となればやはりここは②だな! ゴブリン達はハワイを知っているはずもないが、アピールする対象は白犬族とアディーラだし、さっさと倒してしまえばいい!
「当て――」
俺がかっこよく決めようとするより速く、飛翔速度をも利用して一気にゴブリンに密接するアディーラ。
だが、俺がそう認識した時にはすでに、彼女のジャマダハルはゴブリン二匹の首を正面から貫いていた。はっや!
「げふっ!」
「てめえらに名乗る名前なんざ持ち合わせてねぇよ。カスが」
貫いたゴブリンの体を乱暴に投げ捨てると、アディーラはそう吐き捨てた。
彼女はジャマダハルについた血をを払うと、腰のホルダーに得物をしまった。
……。
答え④! 言えない! 現実は非情である!
「おーかーしーらぁー?」
「は、はい! なんでしょうか!?」
現実逃避をしていた俺に、怒気をはらんだ声でアディーラがゆっくり振り返る。
「これは何?」
アディーラは俺の前にある障壁を手の甲でコンコン叩く。
「それは影絵障壁と申しまして、光を通して反対側にシルエットを写す障壁であります!」
「それになんの意味があるの?」
「登場シーンをかっこよく演出します!」
むしろそれ以外の用途が思いつかねぇ、魔法反射障壁以上に使いどころに困る障壁である。
「だからあんなマネをしたんですか?」
やべぇ、この堕天モードで丁寧な言い方されるとなおさら怖い!
「あれは、男なら必ずひっかかる非常にロマンをくすぐられるワナなんです! むしろあれでかからないほうがどうかしている!」
俺はあのセリフを言う機会をずーーーーーっと待ってたんだ!
「おまえもあのシーンを読んでたら絶対やりたくなるって! 書庫にあるから読んでみて! オススメだから!」
「ったく、ホントかよぉ?」
「ホントホント。男でも女でも知ってたらやりたくなるから。絶対絶対」
「まぁ、今回は特に問題なかったからいいけどよぉー。これからは気をつけろよぉ?」
よし! 時間をかけた事でアディーラの怒りのボルテージが下がってきたな。
「ねぇ、助けてくれた事には感謝してるけど、アタイらはいつまで痴話げんかを見てないといけないんだい?」
安心していたところに、格子を挟んでマナミさんが呆れたように声をかける。
まぁ、だいぶ場もしらけてしまったから、もう普通にしようっと。
「ういっすー、マナミさんおひさー」
「あんた、本当に仙人様かい? 前に出会った時と大分印象が違うよ?」
「まぁ、これが素だからな」
影絵障壁を解いて格子の前に立つ。
「あっ! せんにんさまだ!」
「おうよ。ちびっこども、今ここから出してやっからちょっと離れてくれや」
木でできた格子にしがみついてこちらを呼ぶ子供達に答えてから、離れるようにジェスチャーを送ると、子供たちは反対側の壁にピタッとくっついた。
素直で宜しい!
右手を手刀の形に変え、魔力を込める。
「分断障壁」
障壁をまとった右手を格子に向けて振るうと、右手は何もなかったかのように木の格子を貫通する。
そのまま右手を振るわせてっと
「よっと」
左手で格子を引くと、ワッフル型に格子が引き抜かれ、人が通れる穴が開く。
「せんにんさまかっこいー!」
はっはっは! もっと褒めていいんだぞちびっこども!
という内心の喜びを抑えて、牢に捕らえられていた子供たちが外に出てくるのを笑って眺める。
「おねえちゃんもかっこよかったよー!」
「お、おう。ありがとよ」
子供たちに囲まれ照れるアディーラに生暖かい視線を送り、
「助けて頂き本当に、本当にありがとうございます」
「おうよ」
いまだに泣き止まない赤子を抱きかかえ、何度もこちらに頭を下げる母親にサムズアップで答え、
「あんたにゃ、本当に何度も助けられるねぇ」
「なーに、気にすんな」
寝てる子供をおぶったマナミさんに手を振って答える。
「あの人は前には見なかったけど、あんたが呼んだんかい?」
「ああそうだ、このために呼んだアディーラだ。仲良くしてやってくれ」
「そりゃもちろんそうさせてもらうさね」
マナミさんはそう答えると、いまだに子供に囲まれて困惑しているアディーラの前に歩みを進めた。
「アディーラ殿、貴殿のおかげで我が白犬族の赤子の命が救われました。一族を代表してお礼申し上げます」
「あ、ああ。俺はあのゲス共が気に入らなかっただけだからよぉ」
深々と頭を下げるマナミさんに対し、視線をそらしながら照れを隠して答えるアディーラ。
ほんとメガネ外すと性格が変わるのな。
「さて、仙人様がここに来てくれたってことは、アイリも無事なんだろうね?」
「もちろんだ。今は俺のダンジョンに居る」
そう、戦闘に向いていないアイリさんは森からダンジョンに転送して置いてきた。こちらで得た情報も一緒に持ち帰らせてな。
そしてこれこそが俺が遠征のためにDPを使って獲得した新たな力だ。
「こちらとしても、無事に人質と接触できたから作戦の第一段階は完了だ。そしてこれから第二作戦に移行する。だから――」
ここで言葉を切り、俺は右手を前に出す。
「今からここにダンジョンを繋げて仲間を呼ぶ」
そして俺は魔力を右手に集め始めた。