6-42 根回しいろいろ
「擬態障壁」
俺たちの周りに保護色の障壁を出し、比較的植生の濃い草むらに着地する。
多少の違和感はあっただろうが、凝視でもされない限り大丈夫だろう。
「そもそもみな狩猟に集中してますからな。こっちを見ているものはいないであります」
草むらに身を潜め、アディーラが連中の方を確認する。
「うっし、とりあえず第一段階は成功だな。次は見張りに気付かれないように接触することだが……」
上空で観察してみた結果、狩猟しているのはもっぱら白犬族だが、何人か監督役のゴブリンが付いていることがわかった。
タッパが小さく上空からだとわかりにくかったゴブリンだが、アディーラの視力を持ってすれば見つけるのに造作もない。
「こうしてみると、結構手際がいいなー白犬族の連中」
「戦争が始まる前は主に交易と牧畜、後は狩猟で生計を立ててましたからね」
アイリが解説してる間にも、白犬族は矢で仕留めた獲物を木に括りつけて数人がかりで持ち上げ、森の方へと歩みを進める。
「おい、ありゃどこに行くんだ?」
「あっちの方には川があるので、恐らく仕留めた獲物を冷やしに行くんだと思います」
ああ、雑菌繁殖防止のためのやつか。言われて見れば確かにあっちのほうには川があったな。
コアさんは血も食材になる事を知ってから、食材を仕留める時は外傷を出さずに締めるようになったんですっかり忘れてた。
見張りのゴブリンはついていく様子はない。ここでサボっても食材が無駄になるだけだからなー。
単純に移動するのにめんどくさい森の中を動きたくないだけかもしれんが、こちらにとっては実に好都合!
「うし、じゃあ俺たちも森の中に行こう。一応擬態障壁は周りに出しておくけど、音はなるべく立てないようにな」
まぁ、距離はあるし問題はないと思うが、念のためな。
森の中じゃさすがにアディーラの視力も植生に阻まれて意味がないので、俺の索敵障壁を使って彼らを尾行する。
ほどなく彼らは水場にたどり着き、仕留めた獲物を杭につないで川の中へと投げ入れた。
「くそっ。あいつら人使いあらすぎだろ。早く逃げ出してえよこんなとこ」
「逃げるったってどこにだよ? それに逃げたら人質を殺されるんだぞ」
「これなら族長と一緒に戦った方がマシだったかもなぁ」
近づくにつれてグチが聞こえる。つーかこの声は聞き覚えがあるぞ。
「なんだなんだ、ちゃんと真面目に仕事してるようだな。更生してるようで感心感心」
「えっ!? あっ!?」
こちらに振り向いた四人組、彼らは以前俺たちにケンカを売ってきた連中の生き残り達だ。
まぁ、前に見た時はもうすこしふくよかだった気がするが、
「少し見ない間にちょっと痩せたかな?」
「仙人様!? どうしてここに!?」
「ゴブリンも俺たちにケンカを売ってきたから、そのお礼参りにな」
俺の後ろからアイリとアディーラも彼らの前に姿を見せる。
「そのついでに私たち白犬族も救って頂くようお願いしたんです。私の全てと引き換えにですけどね」
「アイリさん!? 無事だったんすか!?」
「ええ、仙人様方のおかげで」
ちょっと待って! なんかどさくさに紛れてアイリさんとんでもねぇ事言ってなかった!?
「いや、だからそれは――」
「仙人様、このお方はどちらさまで?」
「自分はアディーラであります! 主殿の命によりゴブリン殲滅の任を負っているのであります!」
どうやらアイリの発言は、新顔のアディーラのおかげで上書きされたようだ。
「ま、そういうことだ。夜襲をかけるから、お前たちは他の連中にいつでも逃げれるよう準備しておくように言っといてくれ。人質にでもされたら面倒だからな」
「了解っす! ううっ、ようやく解放されるんっすね!」
「後、間違っても俺たちが来るまで出歩かないようにしろよ。外に出てる奴はみんな敵としたほうが楽でいいからな」
「それは大丈夫っすよ。俺たち何があっても夜は閉じ込められて、出れないっすから」
涙ぐみ、肩を抱き合う四人。いや、まだ成功するかどうかはわからんのに気が早い事だなー。
その後も少し情報交換をして――
「それじゃ、要件は伝えたからな。深夜までばれないように振舞えよ?」
「うっす!」
ここにゴブリンがこない保証もないし、用事が終わったらさっさと離れよう。
4人組と別れた俺とアディーラとアイリは森の奥へと身を隠す。
「それはそうと、アイリさんさっき何かとんでもない事言ってなかった?」
「えーっと何だっけ?」
後ろからそんな声が聞こえるがとりあえず無視!
外堀を埋められている気もするが、今は作戦を成功させることを考えよう。
♦
赤い空に太陽が徐々に山の奥へと沈み、空を見上げれば木々の切れ目から半月と星がまたたく夜となった。
日が落ちるのを見るのも、森の中で夜をすごすのも実に久しぶりだ。
「コアさんが作ってくれた、このお弁当も実に美味ですな」
「そうだな。こうして夜の森の中で飯を食うのも久しぶりだわ」
光魔法が使えるアディーラが出した光の下、俺とアディーラはひと時の食事を楽しむ。
敵に気づかれるのを避けるため、おぼろげな光ではあるが手元がみえるだけあれば十分だ。
そう、二人。戦闘が不得手なアイリは置いてきた。
なんせこれから潜入するからな。最悪二人なら失敗しても、アディーラがすぐさま俺をかかえて飛べば簡単に離脱できる。
「違うのは木々の合間から月や星が見えるって事かな」
ダンジョンの森林エリアはまがい物の夜空だったが、今は本物の夜空が頭の上に広がっている。
空気がきれいで周りに明かりもないためか、輝く星がしっかり見える。
星空ってこんなにきれいなもんだったんだな。
「そうですね。この夜空を自由に飛んだらさぞ気持ちがいいでしょうな」
「この戦いが終わったらって、これ以上は死亡フラグになるからやめとこう」
ゲン担ぎは重要なんだよ。
その後もアディーラに昔の話をしながらも弁当をたいらげて――
「うし、そろそろいくか」
「了解であります!」
遅くなっても白犬族のほうが疲れちまうし、寝静まるのを待つまでもなく闇に紛れれば十分だからな。
「では、”変身”するであります」
アディーラはそういうと、メガネをゆっくり外した。
その動作を起点として、月の光を反射するかのように輝いていた彼女の銀髪が、徐々に夜の闇に溶け込むかのように黒く染まり、逆に彼女の黒メッシュが闇に煌めく刃のような白銀に変わる。
そして彼女がヴァルキリーであるための最大の特徴である白い翼も、闇に侵食されるがごとく漆黒に色を変えていった。
「お頭ぁ! 変身完了だ!」
「お……おう」
変身を終えたアディーラは一部の髪を除けば、その姿は完全に闇と同化しているかのようだ。
それにしても、この変身……通称”堕天モード”になると、口調までもがガラッとかわるのはまだ慣れないなー。
「それじゃ、第二階層の崖下まで運んでくれや」
「あいよ」
アディーラは軽い返事をすると、俺を後ろからかかえあげて飛び立つ。
そして枝の間をぬって空へと舞い上がった。
「かっ飛ばすぜ!」
同時に車が突然発射したような加速を体全体で受ける。ひんやりした夜風がここちいい。
アディーラは目立たぬよう木々にぶつからない程度の低空飛行で、ゴブリン達の拠点に向かい羽ばたいた。




