6-36 取引
「え? なんでうちがそげん事せんとならんとね?」
頭を下げたアイリさんに対し、アマツが何を言っているのかわからないとでも言いたげに言葉を返す。
「僕たちはここを守らないといけないしねぇ」
そこにオルフェが続き、
「そうですー。ここを出てまでやる必要はないですねー」
最後にククノチも反対を表明する。まぁ、この三人はそうだろうな。
これは彼女たちが決して薄情なわけではなく、純粋なダンジョンモンスター故に、このダンジョン以外の事はすべて二の次という判断なんだろう。
「すでに反対に3票。多数決なら決まってしまったね」
コアさんが静かに語る。アイリさんもそれがわかっているのかピクリとも動かない。
「でも、ここではマスターの意見が何より優先される。たとえ全員が反対しても、マスターが行くと言えば私たちは行くよ」
その言葉にアイリさんは上半身を上げ、涙目でこちらに訴えかける。
そのどこまでも真剣な目に耐えられず。思わず目をそらしてしまった。
うん、すまない。俺も反対なんだよ。
ここを出て攻めに行くとなると、ダンジョン機能が使えずコアさんも監視ができない。
さらに今度は俺たちがワナをかけられる立場になる。
言っちゃあ悪いが1回会っただけの連中のためだけに、そんな危険な場所にみんなを行かせたくない。というのが俺の本音だ。
目をそらしたことで内心を察したのだろう。アイリさんの顔が絶望ににじむ。
気まずい……だがこればっかりはどうしようもない。
アイリさんの処遇はどうしようか――。
「仙人様!」
「うぉっ!? どしたのアイリさん!?」
突然声を張り上げるからびっくりしたよ! 何? 何か思いついたの!?
「仙人様は以前。”取引するものは拒まない”とおっしゃってましたよね!?」
「う……うん、言った。確かにそういった」
よく覚えてたなそんな事。
「では、私と取引をしませんか?」
「うん?」
身一つでここに来たアイリさんが何を出すんだろう?
アイリさんはしばし目を閉じ、何かを躊躇しているようだったが、やがてゆっくり目を開く。
何らかの覚悟を決めた眼でこちらを見据える。
「私の全てを差し上げます。私はどうなってもかまいません。ですからどうか姉を……仲間を助けてください!」
……えっ!?
突飛と言えば突飛な取引に一瞬だけなんかの冗談かと思ったが、アイリさんの顔はどこまでも真剣だった。
おそらく死ねと言われれば、迷わず首をかっ切りそうな、そんな狂信じみた顔をしている。
気が付けばアイリさんだけでなく、皆の視線が俺の次の言葉を待っていた。
……。
「あいにくその条件はこちらにとって魅力がない」
そう、取引とはお互いがお互いの妥協できる条件を出せて初めて成立する。
俺たちは奴隷……というか人手が欲しけりゃ、召喚していくらでも増やせる。
文化や生活圏が違う人間を、わざわざここに入れるメリットは薄いだろう。
「他に出せるものがなければ、この話は終わりだ」
そう、アイリさんが対案をだせなきゃ取引はこれで終わり。
俺は立ち上がり背を向ける。
背中からすすり泣く声が聞こえた。万策尽きて心が折れてしまったのだろう。
背を向けたのはアイリさんのその姿を見たくなかったからだ。
「ところで諸君。俺は思うんだ」
泣き声をさえぎり、語る。
「俺たちは今、略奪をするような相手に場所を知られている」
アイリさんは仲間を助けるために、文字通りオールインした。
「それは俺たちにとっても、由々しき問題だと思わないか?」
取引としては魅力的ではなかったが――
「しかも連中は、間違いなくダンジョンを持っている。次はさらに戦力を増強してここに来るかもしれない」
その行動は反対へと傾いていた俺の天秤を逆側に傾けるには、十分な重さを持っていた。
「俺としては脅威を速やかに排除し、友好的な種族に挿げ替えるべきだと思うんだがどうだ?」
それに何よりケモミミ娘が困ってるんだ! ここはコール一択だろ!
言いたいことは全て言った。後はケモミミ娘達がどんな反応をするかだが……
「そうですねー。あんなのがしょっちゅう来るようになったら、おちおち酔っぱらってもいられませんしー」
「お風呂に入ってる暇もなくなるのは許せんとよ!」
「そうなるまえに叩き潰す。これも立派な防衛だねぇ」
どうやら3人は賛成に回ってくれたようだな。振り返りコアさんの方を見る。
「さっきも言った通り、マスターが行くと決めたなら異論はないよ」
そう言って肩をすくめた。この人の場合はこうなると予想してたんだろうな。
「これで全員賛成だ。決まりだな」
屈みこみ、アイリさんの方をみる。
「というわけで、アイリさんにも出来る限りの協力をしてもらいたいんだが、いいかな?」
アイリさんは、しばし何が起きたかわからないといった感じでキョトンとしていたが……
「はい……はい! ありがとうございます!」
状況を理解すると、涙で汚れた顔をとびっきりの笑顔に変えて答えてくれた。
♦
さて、全会一致で遠征することが決まったが、問題も多い。
その最たるものは――
「まずは、戦力増強しないとダメだな」
はるばる遠征にいって返り討ちに会ったら元も子もない。これは必須だろう。
ホームからアウェーになったことで、俺やコアさんは全体を見ることはできなくなるし、ワナはかける立場からかけられる立場になる。
これは大幅なディスアドバンテージと言っていい。少なくともそれを補う能力は必須だな。
幸い大きくDPを獲得する出来事あったので、DPは潤沢に使える。
「さらに、新しく空を飛べる仲間を召喚する」
今まではダンジョン内だから、天井を低くすることで空中戦が起こらないようにしていたが、アウェーでは何が起こるかわからない。
それに、空が飛べれば空中偵察に輸送など、今の俺たちには出来ない部分をカバーしてもらえる。遠征する上でこれは必須だろう。
「おー。ついにウチにも後輩ができるんね!」
「楽しみだねぇ」
新しい仲間が増えると聞いたアマツとオルフェは純粋に喜び、
「あー、これはまた長くなるやつですねー」
「私たちは出来ることをやっておこうか」
「そうですねー。今日のお世話に行って来ますかー」
コアさんとククノチは呆れたように席を立つ。
君たちは俺の事よくわかってるね!
「ほらほら、アマツにオルフェも今日の仕事に行った方がいいよ。マスターはこうなると長いからね」
「はーい」
「あ、あの! 私にも何か出来ることはありませんか!?」
コアさんが二人をうながして立たせると、横からアイリさんが焦ったように声を上げる。
「アイリさんはまずゆっくり温泉に入って、体をほぐしたほうがいいですねー。長時間の拘束で筋肉が硬くなってますからー」
「え? でも私だけ休んでても――」
「何をするにしてもまずは体が資本だぞ。だから君は体調を万全な状態に戻すことが最優先だ。アマツ、アイリさんを温泉につれて一緒に入ってくれ。アイリさんは本調子じゃないから念のためな」
「うい! 任されたっちゃ! さぁ、いくっちゃよー!」
アマツはアイリさんをおぶるようにして、温泉へ連行していった。
「よし、じゃあ私たちも席をはずすから」
「ああ、わかった。終わったら念話で呼ぶ」
そして俺は一人座敷に残る。
さて、新しい仲間の召喚を始めようか!