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6-35 白犬族の災難

 資材管理をしていた迷宮の胃袋を出て、一路座敷があるポータルに入る。

 視界が空けて見えたのは、布団に横になり腕に点滴を付けたアイリさんと、その横で介抱するククノチの姿。


「仙人様?」

「久しぶり、というにはちょっと早い再会かな?」


 首だけ動かしこちらに視線を送るアイリさん。俺は軽く手を振って答え、ククノチの横に座る。

 そのタイミングを合わせたかのように、別のポータルからコアさんが姿を現した。


「目覚めてよかったよ。おかゆを持ってきたから食べるといい」

「え? それよりゴブリン達は……?」


 ククノチに体を起こされながら、アイリさんがこちらに聞いてくる。


「ゴブリン達は殲滅した。だから安心して食ってくれ」

「え? あの数を……ですか!?」

「そうだ、俺たちに攻撃をしてきたからな。だからあいつらはもうこの世にいない」


 アマツの掃除もそろそろ終わる頃だろうしな。厳密に言えば2匹ほど例外はいるが、まぁ誤差だ誤差。

 アイリさんはその話を聞くと血相を変え、


「仙人様! 姉さまを! みんなを助け――」

「待て待て待て待て待て、落ち着け落ち着け」


 こちらに詰め寄ってきたのをなんとかなだめる。

 落ち着いたアイリさんはなけなしの体力を使ってしまったのか、うつむき荒い息をはく。


「俺たちは事情を知らん。何をするにしても、まずは状況把握からだ。それよりアイリさんはまず腹に何か入れた方がいい。栄養失調だって聞いてるからな」

「はい……すみません」


 柔軟障壁(ソフトウォール)で背もたれを作り、アイリさんを寄りかからせる。

 そしてアイリさんの膝上に机用の障壁を出すと、コアさんがすかさずおかゆを障壁に乗せた。

 

 フタを開けると、湯気といっしょに醤油の香りが部屋中に広がっていく。

 そして広がる鮮やかな黄色と緑の色合いが食欲をそそる、見事な卵かゆが姿を現した!


 うは! これは、病人じゃなくても食べてみたいな!


「みんなの分も作ってあるよ。戦いが終わった後だからみんな小腹が空いてるだろうしね。朝ごはんとしても丁度いいんじゃないかな?」


 俺の心の声を見透かしたようにコアさんが提案する。そういえば俺たちは夜襲を受けたんだったな。

 睡眠が必要なくなると、こういうところで時間感覚がなくなるなぁ。


「それもそうだな。アマツとオルフェも呼んで、まずは腹ごしらえと行こう」

 

 戦後処理も大分片付いたし、一服するにはちょうどいい頃合いだろう。

 念話で二人を呼び出し、俺たちは座敷で遅い朝食を味わった。



 普通なら味が薄くてあまり好かないおかゆだが、コアさんが作ると、どうしてこうもうまいのか?

 ほどよく溶けたコメの一つ一つにしっかり醤油と何かの魚介っぽい味が染みついていて、口に入れればいれるほどに味が濃く、口の中に広がってゆく。

 そこに卵の甘さと野菜のシャッキリした触感のアクセントが加わり、素晴らしい味わいを生み出している。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 皆でおかゆの感想を言いあっていたころ、一口一口ゆっくりかんで、小鍋を空にしたアイリさんがポツリともらす。


 スプーンを置いた腕は、初めてあった頃よりもさらに細いな。

 これはもう飢餓状態だったと言って差し支えない。胃けいれんを避けるためにゆっくり食べてもらう必要があった。

 

「お粗末様でした。片付けるのは後回しにするとして、マスター?」

「ああ、アイリさん。俺たちと別れた後に何があったんだ? 聞かせてくれ」


 ククノチにアイリさんの体調を聞いたうえで本人に話をうながす。

 アイリさん自身にも休息が必要なら優先してもいいって言ってはみたが、首を振って否定された。


 アイリさんはうつむき何も語らない。話を整理でもしているのだろう。

 しばらく沈黙が続いた後、アイリさんはぽつりぽつりと話し始めた。



 俺たちと別れた後、荒野を抜けるためにひたすら歩みを進めた白犬族たち。

 ダンジョンで休息できたこともあって、誰一人脱落することなく荒野を抜けることができたらしい。


 その先は徐々に植生が濃くなり、草原が広がっているとの事。

 さらにその先には森があり、そこをこえれば目的地だったのだが……


 手入れをされていない森は思った以上に植生が濃く、道もなく迷うリスクが高い上、馬車や荷車があるために突っ切るのは無理だと判断し、迂回することになった。

 

 一切の食料の補給ができない荒野と違い、狩猟や植物の採取などで補給ができる草原かつ森沿いである。

 ここで食料を補充しておけば、迂回する時間はかかるが確実にたどり着ける。


 ――はずだった。


「ある日、ゴブリンの狩猟部隊に見つかったんです」


 アイリさんがうつむき、ポツリともらす。

 ここで計画は完全に崩壊した。

 

 あっという間に仲間を呼ばれてゴブリンに囲まれる白犬族。

 逃避行で精神的にも肉体的にもボロボロ、おまけに大半は非戦闘員で戦える人間はわずか。


 どう考えても白犬族に勝ち目はなかった。

 マナミさんの交渉で隷属するという形ではあるが、なんとか誰一人殺されずに済んだらしい。


「あー。戦闘要員がいないって、俺たちがやっちまったから」

「いえ、いないおかげで余計な横やりが入らなくて良かったと姉さまが言ってました」


 まぁ、下手に反発しようもんなら皆殺しにあうリスクもあったもんなぁ。

 

 その後は物資を奪われ、ゴブリン達の拠点に連行されたらしい。

 マナミさんと子供を人質に取り、大人は基本的に食料確保作業をさせられることになった。

 アイリさんも例外ではなかったようだが――


「唐突に呼ばれたんです」


 アイリさんを呼んだのは、ボスと思われるゴブリンだった。

 来るなりカンパンの空き缶を投げつけられ、こいつをもらった所……つまりウチのダンジョンに略奪に行くから道案内をしろと命令されたんだとか。


「おそらく事前に姉さまに尋問をしたんだと思います」


 なるほど、マナミさんからここの事を聞いたが、白犬族にとっての人質だから連れて行くわけにはいかない。だから次点でアイリさんってわけか。

 そしてアイリさんはロバにくくられ、ロクに食べ物も与えられないままここまで来たという事か。


「私たちのせいで仙人様まで危ない目にあわせてしまって。本当になんとお詫びすればいいか」


 頭を下げ、消え入りそうな声で謝罪するアイリさん。


「それは気にしなくていい。特に大したことなかったからな」


 それに結果としては大量のゴブリンのおかげでDPは丸儲け、それにロバに飼料に食べ物に携帯用倉庫となかなかの物資を手に入れられたわけだしな。


「後、多分だけどマナミさんは、こうなる事をある程度までは予想してたと思う」

「え?」


 話を聞いた限りの想像ではあるがね。

 一応俺たちは白犬族の恩人なわけだが、隷属関係という立場を考えてもあっさりここの場所をバラしている。

 

 ギフトであらゆるものが手に入る世界なんだ。俺たちをかくまう気だったら、適当に出所を聖域にしておけばそこから先はもうたどれない。

 にもかかわらず教えたという事は、襲撃されてもここなら返り討ちにすると踏んだんだろう。


「確かに姉さまは仙人様を襲った人たちから、何をされたのかを細かく聞いてました。私は戦いの事はあまりわかりませんが、姉さまはすごく驚いてました」

 

 マナミさんがそこまで予想していた場合、ここにアイリさんを送った目的はぱっと思いつく限り二つ。

 一つ目はアイリさんの身の安全の確保。相当な賭けだっただろうが結果としては達成している。


「皆様方」


 アイリさんは布団の上で正座をすると、真剣な表情でこちらを見つめ。


「改めてお願い申し上げます。どうか……どうかもう一度私たち白犬族をお救い下さい」


 一言ずつゆっくり言葉を吐いて、頭を深く下げた。


 マナミさんがアイリさんをここに送った目的の二つ目。

 それは俺たちに救援に来て欲しいという事だ。

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