6-28 招かれざるものたち3
何かをつかんだ左手に力を込め、締め上げる。
「ギェッ!」
何もない空間から悲鳴が聞こえた。
やはり、透明なやつがいたようだな。
そのまま右手を振るう。
目標は透明なやつが持っていた”モノ”だ。
大した労もなくそのまま奪い取ると、確かな感触とともに、それは俺の手の中で徐々に姿を現す。
指で回転させ、逆手に持ち替えて振るう。
右手の中で完全に姿を現した短剣は、振るう途中で引っかかり、刃が何かに埋まったかのように消えた。
それが合図だったかのように右手付近の空間に色が付き始め、人型のようなものを形どっていく。
両手を離してやると、人型は膝から崩れ落ち、軽い音をたてて倒れ伏す。
俺の足元に姿を現したのは、首に短剣を付きたてられたゴブリンだった。
「人が話してる最中に、そんな野暮なことはするなよ」
あえて事も無げに言ってやる。
「マスター。こっちも任務完了だよ」
この声を聞いてちらりと横目で見てみれば、コアさんの近くに空中に浮かぶお札が見えた。
あれで透明なゴブリンの動きを封じているのだろう。
すぐに視線をゴブリン連中のほうに戻す。
すると、どうだ!
先ほどまで高笑いをあげていた連中が、今や乾いた笑いを漏らしている。
中には目を見開き、口を開けたままマヌケヅラを晒してるヤツもいるな。
ドヤァ!
心は小躍りしているが、顔には決して出さないぞ!
やはり連中は、対話をするつもりなどさらさらなく、俺たち暗殺する気だったようだが――
はっはっは! 残念だったねぇ! 透明になった程度じゃ俺の索敵障壁はごまかせんよ!
この障壁は無色透明、触っても何も感じないが、何かが触れて形状が変わるとそれがそのまま俺に伝わってくるんだ。
空き缶を投げつけられて視線が移動した時から、すでに俺はゴブリンの集団から何か人型のものがこちらに近づいてくるのを感じ取っていたわけさ!
これがコアさんの幻術をもかいくぐる俺の第二の目だ。
その後も会話で意識を向けようとしたり、大笑いで物音をごまかそうとしていたようだが
あいにくこちらも、新しく身に着けた能力の前では無駄な努力だったな!
いやー。この”並列思考”も、シンプルながらに使い勝手が非常にいい!
複数の思考が同時にできるようになるこの能力のおかげで、他のゴブリンが透明なやつから俺の意識を必死に逸らそうとしても、透明なやつの動作を追跡しつつ対応することができた。
もともとは集団戦を想定して、戦況把握と個別に指示を出せるようにするためにとった能力だったんだけどなぁ。
「あ……相手はたった二人だ! 囲んで殺れ!」
おっと、ようやくリーダーが我に返ったか。
その激に他の連中も我に返り、陣形を組んでこちらに突撃しようとするゴブリン達。
さて、悦に浸るのはこのくらいにして、あいつらの対応をしよう。
やつらの目的はやはりこのダンジョンの襲撃で確定。その上俺とコアさんに攻撃を仕掛けている。
とどめに殺せ発言。
これはもう有罪ですね。
アイリさんも助けにゃならんし、茶番に付き合うのもここまでにしよう。
「ああ、言い忘れてたが左右の壁には気をつけろよ?」
指揮のためにとった並列思考は思わぬ副次効果を生み出してくれた。
魔力が許す限り、別々の特殊障壁を同時に制御することが可能になったのだ。
すなわち、俺が発動していたのは索敵障壁だけじゃない。
君達の左右にある壁、これは俺が作った擬態障壁なんだよなぁ。
ワナを警戒して壁を触らなかった事が裏目にでたな!
ゴブリン達が突撃を開始するのと同時に、左右の壁がすぅっと消える。
消えた壁の奥に見えるは、たくさんの穴が開いた壁。
異変に気付いたゴブリンが声を上げるが、もう遅い。
「コアさん、レッツビギン!」
「アローウォール、起動!」
コアさんの声に答え、穴から矢が次々撃ちだされる。
それは俺たちに集中して気が付かなかったゴブリンの側面を射抜き、気が付き壁を見ていたゴブリンの顔面に矢を付きたてる。
思い返せばこのワナは前に来たゴブリン連中にも使ったなー。
まさか同じ敵に再び使うことになるとは思わなんだぜ。
鬨の声が悲鳴に変わるのに、時間はかからなかった。
「なっ! なぁー!?」
アイリさんに矢を当てるわけにはいかない都合上、唯一矢が飛んでこない場所と言っていいアイリさんの側面にいたゴブリンリーダーが素っ頓狂な声を上げる。
自分を追い抜き、突撃していたゴブリン共が次々射抜かれてたらそりゃ驚くわな。
だが、そこも安全地帯なんかじゃないぞ?
ヤケクソになったのか、アイリさんの方を向き、彼女に向かって剣を突き付け――
――ようとした、その脳天にオルフェのかかとがめり込む!
オルフェには障壁の裏に、伏兵としていてもらってたのさ!
アイリさんが移動させられるたびに擬態障壁の裏で、軸が会うように移動してもらうのは大変だっただろうけど。
ともに隠れていたアマツの援護を受けて、オルフェはそのままアイリさんを乗せたロバに近づく。
「さぁ、ご主人の元に全力ダッシュだよぉ! 大丈夫。君に矢は当たらないから!」
そういうと、ロバのお尻部分をポンと叩く。
ロバは一ついななくと、オルフェの言った通りこちらに向かって走り始めた。
あのロバはウチが白犬族にあげた一頭だから、自分のいう事を素直に聞いてくれると、作戦会議の時にオルフェが言っていたが、あそこまでしっかり聞いてくれたのは嬉しい誤算だなぁ。
まぁ、思った以上に速度を出すロバの上で、乗せられてるアイリさんがガクガク揺れているが、非常時だからちょっとガマンしてもらおう。
括られてるから落ちる心配もないしね!
ロバはその場に留まるゴブリンたちを追い越し、こちらに向かって一直線に駆ける。
「待て! 逃がすかっ!」
たまたま仲間が盾となり、無傷で済んだゴブリンの一匹がロバに気が付き声を荒げ、走り出そうとし――
「だめですよー。逃がしませんー」
その足元をククノチが出したツタにからめとられる。
ククノチはオルフェの反対側の壁にいてもらったのだ。
自分の足に起きた異変に思わず視線を向けるゴブリン。
だが、その動作は命取り!
ロバと入れ違いに迫りくる金色の影。
それは空間から愛刀を取り出すと、自らの足を見ているゴブリンめがけて一足飛び!
「え?」
接近に気づいたゴブリンが向き直った時、彼の体はけさ切りにされ胸元から上がゆっくり滑る。
彼を切った刃はその勢いのまま、矢で負傷していたゴブリン達に向かい次々と切り伏せていく!
「この辺はこんなもんかな」
最初に切ったゴブリンの上半身が地面に着いた頃、周辺のまだ息があったゴブリンを全て切り終えたコアさんが、刀についた血を払いぽつりともらす。
かっこいー、コアさんも腕を上げたなー。
これで状況は一変したな。
通路の隅に隠しておいた本命の弓を手に取り、監視ウィンドウと並列思考を使って改めて現状を整理する。
まずは人質の救出は完了。
アイリさんを乗せたロバは俺の所までたどり着き、すでに後ろにいる。
この位置なら俺の障壁で守るのもたやすい。
ただし、俺がロバからあまり離れられない制限を負ったが、もともと俺は指揮官兼弓手。特に問題はない。
俺とケモミミ娘達の間には少々距離があるが、そのあいだに生きているゴブリンはいない。
コアさんが全部切り伏せたからな。恐らく彼女には死んだふりは通用しない。
まぁ、仮に生きてるヤツがいても俺が射抜けば済む話だ。
その奥には並び立つ4人のケモミミ娘達。
後ろから見えるしっぽもケモミミも実に頼もしく見える。
一人ついてないけど、そこはご愛敬。
最奥にはゴブリン達。
突撃しようとしていた真横に矢を射かけられ、死傷者多数といったところか。
ただ、とっさに大盾で身を守った者。たまたまその後ろにいたもの。仲間を盾にしたやつなど、無傷のやつも結構多い。
さらに一番後方では杖をもつゴブリンが、何か魔法をかけている姿も見える。
ありゃ回復魔法か? 魔法はかさばらないから便利だよな。
もたもたしてると、どんどん戦線復帰されちまうか。
戦闘可能な人数だけ数えても敵の方がまだはるかに多いが、指揮を取るリーダーと思われるやつは、オルフェのかかと落としを受けて昏倒中。
それに矢や短剣で死んでる辺り一匹一匹自体は大したことない。
よし状況整理終了! ここから導かれる結論は――
「総員! 残党を殲滅せよ!」
ここで一気に決めるぞ!
アローウォールについては「2-9 防衛エリアにて2」をご参照
ゴブリンズ マスト ダイ!