6-27 招かれざるものたち2
作戦の要といえるワナがある通路にて、俺はコアさんの横に並び立つ。
「連中がここにくるまで、まだ時間はあるな」
「うーん、それならマンガでも持ってくるんだったよぉ。退屈ぅ~」
「そうですねぇー」
左目で連中の居場所を見続けながら、念話でここにはいない3人にも状況を伝えていく。
念話の愚痴が聞こえてくるが、声に緊張はまざってないようだ。
こちらとしては、油断はしないでほしいところだが、防衛に関しては彼女たちにその心配はない。
むしろやりすぎる可能性があるのが心配だ。
念話なら相手に声は聞こえないので、それで退屈を紛らわしてもらおう。
「そういえば、ご主人とコアさんは前にもゴブリンを撃退してるんでしょ? その時はどうだったのぉ?」
「あー、懐かしいな。あんときは俺には戦闘能力がなかったから、ほとんどコアさん一人で片付けてもらったんだ」
そして次はコアさんと並んで戦いたいって思ったんだっけ。
その時からいろいろあって、こうして今は隣りに立てていると思うと感慨深いものがある。
「マスターもあのころから比べるとすごく強くなったよ。今は模擬戦してもよくて五分五分、直近の勝敗だけ見れば負けてるからね」
「そりゃまぁ、自分に優先してDP振らせてもらってるからな」
それだけじゃないと思うけどね、とコアさんは苦笑する。
「僕もご主人が仙人になった頃からだと、負け越してるからなぁ。何か新技を考えてご主人をギャフンと言わせたいよぉ」
「おいおい本番で勝てればそれでいいんだ。模擬戦の目的は間違えるなよ。俺にメタをはるような新技はなしだぞ」
俺も連敗続きだった時は、なんとかギャフンと言わせてやろうと必死だったけどさ。
「体術の自信はないけど、うちも特訓の成果を見せる時が来たっちゃねー」
「一応相手の目的を探るのが先だからな? くれぐれも先走るなよ」
ククノチといいアマツといい、訓練で自信をつけてやる気を見せるのはいいけどねぇ。
まぁ、俺も人の事は言えないか。ここでは出来ることがどんどん増えるから、ついね。
ん? これは俺の性格がベースになってたりするのかな?
まぁいいか。それよりもだ。
「よし、そろそろおしゃべりはここまでにしよう。ククノチ・アマツ・オルフェ。隠れてるおまえらはきづかれないようにしろよ?」
「はーい」
返事と共に、今までなんとなく感じていた3人の魔力や気配といった存在感みたいなものがスッっと消える。
森林エリアでやったかくれんぼの成果だな。
全員が自分の能力を最大限に活かしたかくれんぼは、場所が場所だけに子供がやるようなかわいらしいものではなく、追跡訓練と言っていいようなシロモノだった。
あれはあれですごく楽しかったけど、おかげで全員隠れるのも見つけるのも上手くなってなー。
さてさて、あいつらはこの偽装を見破ってくるレベルなんだろうか?
♦
「来たな」
「来たね」
さらに待つこと数分、通路の曲がり角の壁がさらに明るくなるのが見えた。
連中が使ってる照明にてらされたって事だな。
監視ウィンドウで見てたが、それは杖を持っていたゴブリンが作った魔力の灯りだ。
連中はそれを何人かの頭の上に固定するように出している。
なるほどなー。端的に言うとヘルメットに付けたライトみたいなもんか。
それより遥かに広範囲を照らせてるし、手はふさがらないしで結構合理的だな。
なんつーか、後光みたいな見た目が気にならなけりゃだけど。
間もなく曲がり角から先頭集団が顔を出す。
長い通路を歩きぬき、初めて俺とコアさんの姿が見えたためか、連中は歩みを止めた。
だが、それもつかの間だけ。2人だけしかいないのがわかったためか、連中は再び歩きだし、俺たちとの距離を詰めていく。
「はるばるこんなところまでようこそ、ご用件は何でしょう?」
顔がわかるくらいの距離まで近くなった時、連中に言い放つ。
コアさんならゴブリンの言葉がわかるが、以前マナミさんは全種族日本語が話せるようなことを言っていたからな。
これがダメなら、コアさんがゴブリン語でもう一回話せばいいだけだし。
「あんたがここに住む仙人ってやつか?」
お、通じた。
先頭集団にいた革鎧に剣をさしてるやつから、流ちょうな日本語が返ってきた。
よし、あいつを暫定的にリーダーとしよう。
「確かにそう名乗らせてもらってるがね、どっから聞いたんだ?」
「ああ、こいつらから聞いたんだよ」
リーダーはそういうと右手を上げ、後ろに合図を送る。
同時に後ろにいたゴブリン達が左右に割れ、中央を通って姿を現したのは――
ロバに括りつけられうつむき、今にも泣きそうな顔でこちらを見つめるアイリさんだった。
何があったかは知らんが、なんて声をかけたものやら。
「おっと、動くなよ」
リーダーは剣を抜くと、それをアイリさんに突きつける。
「おいおい、剣を突き付けるのがおまえらの会話のマナーなのか?」
「まぁな、こうすると相手がよく言うことを聞いてくれるようになるんだよ」
どこのアメリカのギャングだ。つーか手慣れてるな。
こういう時は狼狽の一つや二つしないといけないのかもしれないが、今は予想の一つの通りとしか思えない。
となれば次のセリフは大体決まってる。
「まずはその物騒な物を捨ててくれよ」
「わかった、これでいいか?」
はい、これも予想通り。だから素直に弓を彼の足元に投げ捨てる。
投げ捨てた弓は昔使っていたものだから、最悪折られても問題はない。
両手を上げてくるりと周り、武器を持っていないことをアピールしてみる。
コアさんはこれを予期していたので、もともと刀を出していない。
とりあえず、連中のいう事を聞いてる間は、アイリさんが突然殺される可能性は少ないだろう。
まぁ。実際はアイリさんが生きてるから、ゴブリン達もまだ生かされてるようなもんだけど。
「で、ここまでさせて俺たちに何の用だ?」
「おい」
リーダーが顎で合図すると、隣にいた別のゴブリンがこちらに何かを放り投げる。
まさか爆弾か? いや、あれは――
投げつけられた物の正体がわかったため、特に何もせずに飛んでくるのを待つ。
それは地面に落ちると、軽い金属音を響かせて2,3回バウンドして俺の足元に転がってきた。
足で止めて改めてみると、こいつはアイリさん達にあげたカンパンの空き缶だった。
「こいつらが持ってたそいつは、ここが出所だって聞いたからよぉ。食ったらうまかったからもっと欲しくなったのさぁ」
「なんだ。こいつが欲しいんならわざわざこんな事しなくても、何かと交換でくれてやるけど? レートは応相談だがね」
おや? 武器を奪ったらさっさと襲ってくるかと思いきや、会話に乗ってきてくれるとはね。
いや、あー、そういうことか。どうやら会話には別の目的があるみたいだな。
「コアさん、気が付いてる?」
ゴブリンリーダーとの会話を続けつつ、コアさんにひっそりと念話を飛ばす。
「もちろん。私にとっては丸わかりだよ」
「んじゃ、そっちの方はできれば生け捕りで」
「了解」
コアさんとの短いやりとりを終えて、ゴブリンとの会話に戻ろう。
「お代を払わずに欲しいものがもらえたら、それが一番賢いやり方だと思わないか? なぁみんな!」
リーダーの合図に答えて一斉に笑い出すゴブリン達。
声が通路に反響してやかましい!
それに何よりうぜぇ! くそー、こんな茶番さっさと終わらせたい。
でも、あとちょっとだけ付き合ってやらないとなぁ……
俺はわざとらしくため息を一つつき、
「冷やかしならさっさと――」
ここで唐突に会話を切り、さっと左手を俺の胸もと付近まで上げる。
タイミングを見て握りしめる。
見た目には何もないはずの場所だが――
――左手にはしっかり腕のようなものをつかんだ感触があった。