6-23 ダンジョンは年中春だから酒が飲めるぞ4
アマツは中央まで歩くと、クルリと振り返る。
「うちが芸をするなら、やっぱりこれしかないと思ったっちゃ」
両手を肩の高さまで上げると、両手から水が噴き出す。
ほほぉ。アマツは水芸をする気か。
吹き出す水は、指から手のひら、腕、肩と体の中心に移っていき――
「ほいっと」
頭から水が勢いよく噴き出す。くじらかよ!
でもカワイイからヨシ!
「んふふー、まだまだ見せるものがあるとよ~。うちの出したお水を見てて欲しいっちゃよー」
俺たちの拍手に、手を振りニッコニコ笑顔で答えたアマツ。
拍手が鳴りやみ静かになった頃に、両手を上げると再び水が噴き出す。
アマツによって打ち出された水は、空中で細かい霧に変わっていく。
何もなかったはずの空中に、七色がじわじわと浮かび上がり――
「ほえー、美しいですねー」
ククノチのつぶやき通り、それらは円型に見せて混ざり合い、美しくも幾何学的な模様を俺たちに見せる。
ここの光は太陽光じゃないと思うけど、アマツこれよくみつけたなぁ。
「そしてこれでフィニッシュっちゃよー!」
アマツはそう叫び、ジャンプして両手を上にあげる。
同時に形作っていた霧が、爆発するように膨張しはじけ飛ぶ!
果樹園の透き通った空気に水滴がまざり、舞い散る桜にもわずかに水がつき、光を反射してキラキラと輝く。
「いやはや、これはお見事!」
これだけでもショーとして成立する程、いい見世物だった。
「3人とも個性あふれる芸を見せてくれたね」
「そうですねー、おもしろさと驚きがあって楽しかったですー」
今回は観客に回ったコアさんとククノチが口々に感想をもらす。
「じゃあ、次は二人もやってみるか?」
「そうだね、私も幻術を使ったら何かおもしろい事ができそうだしね」
「なら、私も何か身に付けないとですねー」
よし、言質取った。
俺も次回までもっといい芸を身に着けてやるさ!
余興も終わり、再び桜と酒と料理を味わう。
先ほどの余興も話のネタとなり、会話も酒も進む。
「ククノチー、どうだー? 酒は美味いかー?」
「はいー。どれもおいしいですー」
「いつもよりもかー?」
「はいー、いつもより美味しい気がしますー」
ブドウ園での反省からか、大量に飲むより味わって飲むことを覚えたククノチが酔っていてもまともな反応を返してくれた。
おまえも成長しているようで何よりだよ。
「やっぱり、あの本に書いてあることは正しかったんですー」
「いや、それは違うぞククノチ。おまえはまだあの本に書かれてたことを味わってない!」
「えー!?」
お互いに大声を出したせいか、他の3人もビックリしたようにこちらを見る。
「よく思い出せククノチ。あの本に書かれてたのは”夜桜”だったはずだ。今はまだ空が青いぞ!」
「あ! 言われて見ればそうでしたー!」
「ご主人とククノッチの二人とも酔っぱらってる?」
「あれは相当酔ってるねぇ」
なんか言われてるが気にしない!
むしろ会話に参加してくれるならありがたい。
「というわけで、花見夜の部を始めようと思うがいいかー!?」
「いいですよー! やっちゃってくださいー!」
オーケー! 賛成多数で可決だ!
沈黙は賛成とみなす!
管理ウィンドウから果樹園エリアの日照を落とす。
徐々に青かった空が赤く染まり、黒になる。
「なーんも見えなくなったっちゃねー」
「これじゃあ桜も見えないですよー」
月明りも星明りもないから当然だな。
「今灯りを付けるから待ってな」
まずは月の代わりとして、夜空に黄色い光源を出してみる。
黄色い光は漆黒の空に広がっていき、空に濃い藍色が染みわたっていく。
せっかくだし星の代わりもつけてみるか。
小さい光源をそらにまぶしてみる。
「へぇ、これはこれでなかなか風情があるね」
「思い返せば、僕たち夜空に出歩くなんてしてないねぇ」
街灯がないからな、ウチは日が落ちたら基本的には睡眠時間だ。
「んふふー。夏の星空と秋の満月も一緒ですねー」
そういえばそうか。後は雪があれば春夏秋冬欲張りセットになるのか。
でも、寒いから雪はまたの機会でいいよね。
「よし、後は桜たちのライトアップをすれば完成だな」
ダイニングルームや防衛エリアで使っている魔力の光を灯していく。
灯す先は 桜を始め果樹園の樹々に散らせるようにだ。
深く青い夜空に混ざるようにたたずんでいた樹々たちが、光の花を咲かすようにポツポツと白い光が宿る。
自らが持つ浅紅色の花が、光に照らされ主張を青い夜空に薄紅色の空間を広げていく。
「ふわぁー」
「すごい。こんなの初めて見たよぉ」
ライトアップされた桜たちを目の当たりにしたケモミミ娘達から感嘆の声が漏れる。
そりゃ当然だろう。今まであまたの花見を経験した俺ですら心が震える光景なんだから。
こんな光景が地球のどこかで見れたなら――
世界中からカップルがやってきて、人混みで花見どころじゃなくなるんだろうなぁ。
それがどうだ!
今は5人でこの光景を独占だ!
欲を言えば、月の光や花びらを反射する鏡のような水面があればなお映えるだろうが、
それはまた作ればいい。今はこの素晴らしい景色を眺めていたい。
「お酒もとても美味しく感じますよー。皆さんもいかがですかー?」
ククノチが左手に持っていた自家製ワインを差し出してくる。
ああ、景色を見るのに夢中だったけど、もともとはそういう趣旨だったっけ?
コップを差し出しワインを注いでもらう。全員にワインが注がれると、特に合図もなく皆でコップをかかげ
一斉に口に含む。
美味い。実に美味いな。
このワインはククノチが日々改良を重ねているのもあるんだろうが、こういうところで飲む酒は格別だな。
満たされてる心に酒が染みわたり、さらに心地が良くなってくる。
これは、一種の麻薬かもしれん。
「うん、ワインも実においしい。この子達も実をつけたら、果実酒にして味わいたいね」
「ですねー! 新しいお酒が増えるのは私も楽しみですー」
「うちは果物はそのままで味わいたいっちゃねー」
「僕もそのまま食べる方が好きかなぁ」
酒にする派とそのまま食べたい派でわかれたか。
全員ダンジョンモンスターとはいえ好みはわかれるもんなんだな。
少しだけ、ほんの少しだけ空気が冷たくなった気がする。おまえらそんな事でケンカすんなよ。
まぁ、こんなのじゃれあいのはんちゅうだと思うけど……
「マスターはどうなんだい?」
ケモミミ娘達の視線が俺に集まってくる。
「いや、ここで多数決をする必要もないし、酒でもそのままでもそれ以外でも食えるほど取れるようにすりゃいいじゃないか。それよりもな――」
そう、多分ケモミミ娘達にとって残酷な事実を教えてやらねばならない。
「果物って実がなるまでに数年くらいかかるぞ」
桃栗三年柿八年というくらいだし、今回はある程度育った状態で出したとはいえ、最低一年はならないと思ってた方が気が楽だろう。
俺のその宣告に明らかに落胆の表情を見せるケモミミ娘達。
「大丈夫ですよー」
――ただ一人の例外を除いて、
「数ヶ月以内にならせますからー。私の能力でー」
にこやかに言ってるが、パワハラってレベルじゃねえぞ!
早く果実酒が飲みたいからって、そんなことして樹々たちは大丈夫なのかそれ!?
「日本だと越冬の準備をする必要がありますが、ここは不要ですからねー。その分を果実作りに回せばいけますよー」
そうなのか? 冬がなければ実がなるまでの必要な期間が短縮できるというのも、納得できなくはないが……
「それならいいけど、さすがにオーバーワークなんじゃないか?」
今まででも森林エリアに農地にプライベートガーデンの管理。おまけに醸造もやってんだぞ。
さらに果樹園の管理までやって大丈夫なの?
「前にも言いましたけど、繁忙期に手伝ってもらえれば大丈夫ですー。普段はちょっと口を出すだけでみんなちゃんとやってくれてますしー」
「わかったけど、無理だけはするなよ。いいな?」
「畏まりましたー。ですからご主人様ー」
ククノチはここで言葉を切ると、深々とお辞儀をする。
「本日は楽しい催しをありがとうございましたー。またいつか開催してくださいませ」
「それはお互いさまだな。こっちも実に楽しく酒が飲めた。改めて礼を言わせてもらおう」
ククノチが顔を上げたタイミングでこちらも深く頭を下げる。
「そうそう、私からもお礼を言わせてもらうよ、周りの環境でさらに料理もおいしくなる事を知れたからね」
「うちもー! ククノチいつもおおきにね!」
「僕なんかククノッチが作ってくれる野菜のとりこだからねぇ」
「みなさん、頭を上げてくださいー! 恥ずかしいですから!」
みんなそろって頭を下げたのか、ククノチの焦る声が聞こえる。
言われたとおり頭を上げてみれば、酒が入って赤くなった頬をさらに染めて照れるククノチの姿が。
「まだ夜は始まったばかりですし、まだまだ飲みますよー! みなさんにも付き合ってもらいますからねー!」
「いいぜ、今日はとことん付き合ってやるよ。俺もまだ飲み足りないしな! おまえらはどうだ!?」
「ご主人声でかーい。でも今日は僕もまだ飲むよぉ」
俺の問いにオルフェが代表して答えたが、コアさんとアマツも今日はまだ飲むようだな!
「よろしい! では、これより二次会を開催する!」
「おー!」
まだまだ祭りは終わらない。
結局、花見という名の飲み会は明け方の時間になるまで続いたのだった。
自粛期間終わったんで、週2投稿も終わりです。
週1に戻ります