6-17 収穫の時
ついに……ついにこの時がやってきた!
農地エリアに一陣の風が吹くと、それに呼応して黄金色の大地がなびく。
――実る程、頭を垂れる稲穂かな――
そんなことわざがあった気がするが、彼らには当てはまらない。
風が吹いてなお、彼らは頭を垂れるどころか我が物顔のように、不動の垂直姿勢を取っている。
「ククノチ、今日がいいんだよな!?」
「はいー。成長度合いからみて、今日がベストですー!」
改めてククノチに聞いてみると、力強い返答がくる。
「宜しい! では諸君! 本日は稲刈りだ!」
「おー!」
高らかな宣言に、稲刈り鎌を振り上げて答えるケモミミ娘達。
元気があって大変結構! でも危ないから周りを見てね!
特にコアさんは、稲穂に負けない奇麗な金色の尻尾をブンブン振っている。
俺以上に楽しみだったのかもしれない。
「というわけで、ククノチさん。後の説明をお願いします」
「はいー、おまかせくださいー」
稲刈りとか子供の頃にちょっとやっただけだから、手順なんか覚えてない。
こういう時はわかるドライアドに任せてしまおう。
「皆さんには稲を刈ってもらいますー。このように根元からバッサリ切ってくださいー」
ククノチが実演を交えて説明する。
切られても、しならずに垂直を維持している稲たちには脱帽するしかない。
「ある程度たまったら私のところに持ってきてくださいー。こちらで脱穀という作業をしますのでー」
最初は昔ながらの千歯扱きを出すか作るかしようとしたけど、ククノチの能力で脱穀は簡単にできるんだそうで……
ククノチの説明も終わり、俺たち四人は適度に散らばって稲刈りを始める。
中腰で鎌を振り、稲を刈っては浮かせた障壁に乗せておく。
能力はこういう時に使わないとね!
一列も刈れば、障壁の上に置いた稲も結構な量になる。そろそろ持って行ってやるか。
障壁を動かせば、乗せた稲もついてくる。落とさないように気を付けてっと。
「おーいククノチー。稲持ってきたぞー」
「大量ですねー。ありがとうございますー」
ククノチは自らのツタで稲をまとめてくるむと、そのまま用意した木箱の上まで持ち上げる。
そして、軽く数回振るだけで籾がポロポロと全部木箱の中に落ちていく。
なんらかの操作をしてるんだろうか? やっぱり便利な能力ね!
「ウチも持ってきたっちゃよー」
「ククノッチー、また持ってきたからよろしくねぇ」
「はいはーい。受け取らせてもらいますねー」
稲をどっさり持ってきた二人がこちらにむかってくる。
ククノチは同じようにツタで二人から稲を受け取ると、同じように籾を取り分けていく。
「ふぅー、ククノチは一杯持てていいっちゃねー」
「ほんと便利な能力だよなぁ」
軽い物ならツタでいくらでも持てる。便利すぎだろそれ。
「そうだよ。僕なんか何も能力がないからさぁ」
「いや、おまえはその体力が能力みたいなもんだろ」
俺が稲を一列刈り終わった時、オルフェはその三倍は刈っていた。
田んぼという悪路なのに、畜産用の手押し車を持ち込んで稲を運び、すでに何往復もしてるのに息すら切れてない。
「そうねぇ、うちから見れば羨ましいとよー」
逆にアマツは俺の半分ほど、小さい腕に稲をかかえて今回初めてククノチの所に持ってきている。
意外と硬い稲を刈るのに苦戦しているようだ。
「主さんのそれは何のためにあるんかね?」
アマツが俺の横にある障壁……今は稲を運び終えて本当にただの障害物となってるそれを指さす。
「ああ、これの上に稲を乗せて運んでたんだよ。使えるものは使って行かないとな」
手を左右に振り、あわせて障壁を反復横跳びさせてみる。
こいつが俺の手押し車ってわけだ。
もちろん無限に物を置けるわけじゃない。俺の魔力に比例して限度はあるがね。
「自分の能力ねぇー」
そうつぶやきつつアマツが何か考えだす。両手の人差し指をこめかみに当てて……
微笑ましく見守っていると、何かひらめいたのか右手で左手を叩くポーズを取った。カワイイ!
「ねぇ主さん! お水をたくさん出して欲しいとよ!」
「え? 水? いいけど、田んぼに入れたらドロになって歩けなくなるぞ?」
ここは水田だから、もちろん水源も備えてあるが……
アマツは水田の脇に備え付けてある水源用ため池を指さすと、
「あそこのため池にいっぱい入れてくれたら十分っちゃよー。お願いー」
はっはっは、何を思いついたかはしらないが、そんな上目遣いで見られたらやらざるをえない。
水源を操作して、アマツの望み通り、ため池いっぱいの水を用意してやる。
「コアさんー。ちょっと田んぼからはなれてほしいっちゃね」
「ん? いいけど何をするのかな?」
唯一まだ田んぼで稲刈りをしていたコアさんが念話で呼び出されて、今まで刈った稲を持ってこちらに向かってくる。
「ウチが一気に稲を刈ってやるっちゃね!」
アマツはそう意気込むと、おもむろに両手を上げる。
するとため池の水が持ち上がり、空中で大きな水玉になった!
そのままアマツが両手を左右に広げると、水玉も2つに分かれる。
右手と左手でそれぞれ操作してるっぽいな。
左の手のひらを地面と水平にすると、片方の水玉が大きな長方形となり、稲の上半分に覆いかぶさる。
右手は手刀の形をとると、もう一方の水も細長く圧縮され、地面スレスレに浮かんでいる。
あー、なるほど。これは言わば巨大な水の手と鎌なんだな!
となれば後は――
「えいっ!」
アマツが勢いよく右手の手刀を真横に振る。
合わせるように水の鎌が稲の茎を切り裂きながら進んでいく!
そのまま左手のひらを上に向けてギュッとにぎるアマツ。
稲を取り込んだ水が集まり、水で縛られた稲の束ができあがる。
「アマツちゃんありがとうございますー。後は私に任せてくださいなー」
ククノチがツタを伸ばし、稲の束を受け取っていく。
「いいなぁ。僕もああいう使いやすい能力がほしかったなぁ」
「まぁ、多様性を持つっていうのはこういうことだな。お前にしかできない事もあるし、うらやむよりは自分しかできないことを増やせばいいじゃないか」
「むぅ~。あるといいなぁ」
やることがなくなった俺たちは、アマツとククノチのやりとりを見ながら適当に雑談するしかない。
ツタに巻かれ、空中に浮かぶ稲が数回揺らされると、籾が木箱の中にボロボロ落ちてくるのをぼーっと眺める。
「はい、これで脱穀も終わりですー」
速いなぁ。機械要らないじゃんこれ。
ククノチは胸元から袋を取り出すと、籾を袋に詰め込む。
うちの子達はどうしてこう胸元に物を入れたがるのか……そのうちオルフェが泣くぞ。
「では、種もみも確保しましたのでー残りは全部食べてもいいですよー。では、オルフェさんー。 この木箱をご主人様の工房に運んでくれますかー?」
「いいけどぉ、また力仕事だけかぁ」
オルフェは愚痴りながらも、木箱に向かって歩みを進め――
「よっと」
一言声を出すと、木箱を軽々と持ち上げる。
「じゃあこれ、ご主人の工房に持ってくからねぇ」
そういうとオルフェは、自分の身長ほどもある木箱を両手に抱えたまま、ポータルに向かって歩き出す。
俺の工房には、この後精米までに必要な工程を自動でやってくれる設備をすでに作ってある。
書庫で昔の道具と現在の機械化された方法を調べて、できるだけ人の手がかからないように制作してみた。
それにしても……
「なぁ、コアさん。あれって持てる?」
隣りにいたコアさんに、木箱を持って平然と歩くオルフェを指し示す。
「いや、あんなの無理だよ。半分でも持てるかどうかわからないね」
「私もツタじゃあんなに重いもの、持てませんー」
「うちもあんなん浮かべられないさー」
ククノチとアマツも会話に入ってきたか。
「あそこまでいってたら、もうあれも立派な能力だよな」
「そうだねぇ」
みんなで納得したようにうなづきあう。
ウチに重機なんていらんかったんや!
「アマツちゃん。収穫が早く終わってしまったので、小麦とサトウキビも同じように収穫してもらってもいいですかー?」
「OKよー、ついに砂糖も出来るんね! コアさんに甘くてうまかもん、ぎょーさん作ってもらわんとね!」
「オルフェさんに木箱を運んでもらうように伝えましたー。ではいきましょうかー」
ククノチはこちらに会釈をすると、アマツを連れてポータルを後にする。
「いやぁ、実に優秀な子達だと思わんかねコアさん」
「そうだね、次はマスターの番かな」
うむ、コメの精米に小麦の製粉。そして砂糖の抽出は俺の仕事だな。
「実物がついにできたしいろいろ試して、できる限りDPで出したのと同じ品質になるように頑張る」
「期待してるよマスター。それができたら私が責任もって仕上げるからさ」
ククノチ・アマツ・オルフェからバトンは受け取った。
しっかりコアさんにつなげてみせるさ!
やる気十分、まずはオルフェが運んでくれた米の精米からだな!
足取りも軽く、俺は自分の工房へと歩み出した。