6-15 ククノチさん荒ぶる
ククノチの左手から同じようにトゲのツルが生えてきた!
ただし、その数はいっぱい! 多分20本以上ある! そんなすぐには数えられない!
「えい!」
いまいち気合が入ってるかわからない掛け声をあげて、ククノチが左腕を振るう!
質量の暴力となったツタの群れが、接近していた4人を打ち抜いてからめ、その勢いのままツタごと横壁に激突させる!
これで残りは射程外にいて助かったリーダーのみか。
仲間がやられた事にも動揺せず、ククノチに向かって突っ込む!
ククノチも迎撃するために、右手を振り上げ――
何かに気が付いたのか、リーダーがいる方向とは反対側に、回転するようにムチを振るう!
ムチの軌道の先には、ククノチに向かって投げつけられた曲刀!
先ほど薙ぎ払われた内の一人が投げたものか!
なるほど、よく見れば壁に叩きつけられてはいるが、比較的根元付近だったためにツタは胴体に集中している。
だから剣を投げれたのだろう。
とはいえ、本当に最後の一撃だったのか、投げたヤツはうなだれ動かなくなった。
完全に予想外の一撃ではあるが、ククノチはなんらかの方法で察知したのか。やりおる。
だが、代償にリーダーに対して背中をさらしてしまっている。
そのスキにリーダーはククノチと距離を取るように、通路の端ギリギリを駆け抜け――
ってあら?
そのままククノチの横を通り過ぎ、ひたすら奥に向かって走っていく。
あー、これはさっき仲間がやられても動揺しなかったのは、もともとオトリにする気だったからなのね。
仲間を見捨てるとか倫理的な問題はともかく、俺たちより足が速いあいつの作戦としては悪くはない。
ただし、それは相手がククノチじゃなければという前提だが……
「へ、へへ……やった! やったぜ!」
リーダーは走りながら振り返り、ククノチとの距離が遠くなるのをみて、歓喜の声をもらしておる。
「このまま入り口まで逃げればぁ!?」
何かに足を取られ、その場にうつぶせで倒れ伏す。
だが今は逃げ切るためにか、すぐに体勢を整えまた走り出そうとして――
「!? 足が動かねぇ!?」
叫んで足を見てみれば、地面から生えた樹の根のようなものが足にがっしり巻き付いて離さない。
「放せぇ! このやろう!」
叫びながら持っていた曲刀で樹の根を叩き切るが、次から次へと樹の根が生えて巻き付いてく。
切っては巻き付きを繰り返し、時間だけが浪費していき――
「追いつきましたよ」
「ひぃ!?」
樹の根に気を取られ、接近してきたククノチに気がつかず、ククノチが生やしたツタに首を絞められる。
リーダーは曲刀でツタを切ろうとするが、ツタは曲刀の圧力を吸収しまったく切れない。
「助け――」
「助かるチャンスはあなた自身がつぶしました。もうありません」
「へ?」
ククノチは絞り出すようにでた命乞いを冷たく流し、自分の胸元から種を出すと、リーダーの眼前に弾き飛ばす。
種はリーダーの前の地面に落ち、そこから根を張り、ぐんぐん成長していく。
それはククノチとリーダーの間に合ったククノチのツタを枝にひっかけ、さらに大きく伸びていく――
――決着だな。これ以上はもう見る必要はない。
そう感じた俺は監視ウィンドウをそっと閉じる。
結果論ではあるが、ククノチが背中を向けた時にリーダーは攻撃をしかけるべきだった。
あの曲刀投げはククノチにとって予想外の奇襲であり、戦闘経験がまだ浅いククノチは次の対応手段をもっておらず、攻撃していれば倒せていた。
結局リーダーは仲間が作ってくれた本当に唯一のチャンスを、逃げという自らの保身に使ってつぶしてしまったのだ。
ククノチの口調が変わっているのも、慢心して倒されそうになった自分と、仲間を見捨てたあいつに対して怒っているからだろう。
まぁ、なにはともあれ――
「これで戦闘終了だ、みんなご苦労だった」
「お疲れ様」
「結局ウチ、ほとんど何もしてないっちゃねー」
「ううー……」
ねぎらいの言葉に三者三葉の返事が返ってくる。オルフェは今回出番がなかったが、あいつには別の重要な役目を命じてあるからな。
そしてククノチはやっぱへこんでる。これは後で説教と慰めが必要か。
でもそれより先に気になるのは――
「なぁコアさん、あのお札って何? なんかすごくなかった?」
「ん? ああ、これのことかい?」
コアさんは胸元からお札を取り出してこちらに見せてくる。
ナイス谷間!
――じゃなかった。
コアさんそういう事に無頓着だからって、どこにお札を入れてんのよもう!
「このお札は私の毛で作った筆に、同じく私の血と魔力を混ぜ合わせた墨を使って書いたものだよ。こうすると自分の魔力を物体にある程度残せるみたいなんだ」
お札をヒラヒラさせながら、コアさんは説明を続ける。
「この方法を使うと普通に術を使うより、さらに強力に術をかけれる。ここまではいいかな?」
「オッケー理解した。続けてくれ」
「最初に使ったこの札が”乱心符”。幻術で相手の常識を乱して、思考誘導させる事ができるお札だよ」
「さらっと説明してるけど、おっかねぇなそれ」
お札をマジマジと見ながら感想を漏らすと、コアさんは俺の額にそれを貼り付けてって――
「おわぁぁぁーーー!! コアさん何すんだ!?」
「落ち着いて、この術は既にある程度錯乱してないと効果はでないよ。もしくは知能レベルが低い相手だね」
あ、ほんとだ。うぉー、ビックリしたぁ。
俺が心臓のドキドキを抑えている間に、コアさんは別のお札を取り出して見せる。
「こっちは、”操信符”貼り付けた物体を妖術で一時的に動かすお札だよ。マスターにとっては”思念ラジコン”っていったほうが理解しやすいかな」
なるほど! お札が受信機ってわけね。わかりやすい!
でも、受信機なのに名前が操信なのはこれいかに!?
「こちらは生き物には貼っても効果がない。後はわかるね」
うんわかった。死体は生き物じゃないってコトデスネ。
「最後にこのお札にはそれっぽい呪文が書いてあるけど、私の血と魔力を練りこむのが重要だから、実は適当に書いてあるだけなんだよ」
あ、本当だ。字を崩して書いてあってすごいそれっぽいけど、よく見ると乱心符は”青椒肉絲”、操信符は”麻婆豆腐”って書いてあるし。
コアさん。これ食べたいの? 食べたいものを書いたんでしょコレ?
「これで私の説明は終わるけど、私にもマスターの矢の秘密を教えてほしい。あれが言ってた新しい弓矢の力かい?」
「おう、いいよ。まずは弓だけど、これは今の力に合わせて新調しただけ。特に効果はない」
強いて言えば、もはや一般的な地球人には扱えないほどの剛弓だってことはあるけど。
そう言いながら腰に背負っていた矢筒をはずし、両手で持ち上げる。
「コアさんならある程度知ってるかもしれないけど、最初から説明するね。これ実は矢筒じゃなくて植木鉢なんですわ」
「うん、これってククノチとなんかいろいろやってたやつだね」
中身には矢羽根のような葉をつけた植物っぽいものが3本頭を出している。
矢筒をおいて、一本引き抜いて見せる。
「これね、ククノチに品種改良してもらった竹なんですよ。」
見た目はほとんど矢と同じだが、胴体部分にところどころ節があるなど、竹だった性能はきっちり引き継がれている。
矢の両端を持ってぐっと力を入れてみた。馬蹄……はちょっと言い過ぎだとしても、それくらい曲げてもおれずにしなっている。
「最大の特徴はこのしなりかな? このしなりのおかげで強引な魔力誘導をかけても、折れずに曲がってくれるんだ」
「確かに気持ち悪いくらい曲がるね」
コアさんに手渡して、しなりを体験してもらう。
「ついでに言うと、この魔力誘導のおかげで大体の方角さえあってれば、狙いがザツでも目標に命中してくれるんだ」
弦を引いてから放つまでが早いのはこれが理由である。
「最後にもう一つ特筆したい特徴として、繁殖力の高さがある。みてくれ、もう元通りに生えてるだろ? このおかげで普通の矢筒より、はるかに多くの矢を撃てるんだ」
「なるほど、まさに矢にするために進化させた竹だね」
引き抜いて、弓から放った時にはもう元通りに生えてるんだよね。気持ち悪いくらいにょきにょき伸びるぞ!
「ご主人様ー」
コアさんとの技談義が一息ついた頃、アマツを横につれ、うなだれたククノチがトボトボとやってきた。
怒りが収まって今度は自己嫌悪モードに入ったようだな。
「ま、大したケガせず実戦経験がつめてよかったな」
「うう、大見栄を切ってあの体たらく、穴掘って埋まって肥料になりたいですー」
どっかで聞いたセリフをこぼすククノチ。本人も反省してるし、失敗できるうちに失敗できたんだから説教は免除してやろう。
さて、そろそろやる事やらないとな。
「よし、戦後処理を始めるぞ。死体はいつも通り、迷宮の胃袋に放り込んでDPにする。あ、連中の装備は別にまとめて取っておいてくれ」
「え? 主さんこの剣を使うんか? 曲がってて使いずらそうよ?」
「いや、こいつはまとめて黒幕さんに返してやろうと思ってな」
そう、この襲撃はあいつらをそそのかして実行させた黒幕がいる。
あいさつついでにこの剣を持って行ってやらないとな。