6-13 忠告を無視するやつはどこにでもいる
マナミさんアイリさんとの会談という名の夕食を終え、竹林風呂でジェットバスを堪能すればもう就寝時間である。
今日は精神的につかれたが、収穫も大きかった。支出も多かったがそこは目をつぶろう。
精神的な疲れはブラッシングで回復するのが一番!
というわけで一緒に夕食を食べ、ついでに風呂も一緒だったコアさんを捕まえて、今は人がいない座敷に連行する。
「さぁ、素直にブラッシングを受けてもらおうか」
「マスターは相変わらずで安心するよ」
苦笑しながらも素直に俺の前に横になるコアさん。
ドライヤーで乾かしてあるが、まだ湿り気があるしっぽの触りごこちを堪能する。
いつも通りもっふもふで大変結構!
「今日は飯づくり大変だったろ。本当にお疲れさん」
「そう思うなら腕くらいマッサージしてもいいんだよ?」
ほう、しっぽのブラッシングの上に、腕のマッサージもさせてくれるとはコアさん今日はサービスが旺盛だね。
いつも通りしっぽの先からゆっくりブラシを通していくと、もふもふのしっぽはするりとブラシを抜けていく。
「今日はあの豚汁おいしそうだったのに、たべれなくて残念だったよ」
「あれくらいならまたいくらでも作ってあげるよ。私としては蕎麦も美味しかったから、ぜひあれも育てたいねぇ」
「うーん。今日の事もあったし、新しい畑を増やすかー」
外の世界も白犬族の所に限って言えば、食糧事情はかなり切迫してるみたいだしな。
「じゃあまたみんなで会議だね」
「そうだな、みんなの希望はきちんと聞いてやらないとな」
雑談を交えコアさんのしっぽの中ほどまで丁寧にすいていく。
今、この時間が一番幸せだわー。
気持ち良さそうに目を閉じていたコアさんだったが、こちらに顔を向けゆっくり目を開ける。
「マスター、ちょっといいかな? どうやら悪だくみしてる人がいるみたいだよ」
「ほほーう? 聞かせてくれ」
ダンジョンコアさんに見聞きされているとも知らずに、ご苦労さまなこって。
悪だくみを全部聞いた後、俺たちは座敷を後にした。
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魔法の光が薄暗く辺りを照らす防衛エリアにて、俺とコアさんは連中が到着するのを待つ。
ここは一直線に通路が続き、身を隠す障害物もないので弓矢を主体とする俺にとって非常に都合がいいエリアである。
無論、向こうから遠距離攻撃が飛んで来る可能性も考えなければならないが、コアさんの覗き見で連中の装備は割れているから問題はない。
監視ウィンドウで連中の動向を見ているが、周りをまったく警戒せず雑談すらしている。
奥には危険なワナがあるって言ったのに、これじゃただの自殺志願者だな。
もう連中は通路にいるはずだが、暗いので肉眼では見えない。
そろそろ始めるか、隣にいるコアさんに視線を送るとコアさんはうなづき返した。
指を鳴らす。と、同時に周りの光量を上げる。
魔法の明かりに照らされ見えてきたのは、俺たちの飯を奪ったあの連中。
「諸君! 族長は言わなかったか? ここから先は危険だから立ち入り禁止だぞー!」
俺のいる位置から連中まで20メートルほどの距離があるため、声を張り上げる。
「あんたらのおかげで満腹になったからなぁー。散歩だよ散歩ぉ!」
「そうかそうか! 君たちの足元に小川が流れてるのが見えるか? そこをこえたらどうなっても知らんぞー! だからそこまでで帰りなさい! 明日も早いんだろう?」
その小川は俺からの最後の慈悲であり、君たちにとってはルビコン川であり三途の川でもあるのだがね。
「いいけどよぉ! あんた弓もってるんだろぉ? 帰る途中に撃たれたらたまらねぇから弦をはずしてくれよ! そしたら安心して帰れるからよぉ!」
うっわ、ウソくせぇ! みんな曲刀をもって散歩してるくせに何言ってんだ。
とはいえ、腹に一物かかえているのはこちらもなんだがね。
「オーケー! 弦はこの通りはずしたぞ! 次はそっちが約束を守る番だ!」
弦がはずれて、張力をなくした弓をかかげてみせる。
「ありがとよー! お人よしな仙人様よー!」
「いいってことよー! お休み! いい夜をすごしてくれ!」
弓を持った腕をそのまま振ってやると、連中は顔を見合わせ――
走り出す!
「おい! そっちじゃないぞ! 反対側だ反対側!」
呼びかけを無視して全員が小川を渡り、もっていた曲刀を抜き、間をつめるべく駆け抜ける!
あーあ、渡っちゃったか。
「あいつらは侵入者として狩るぞ」
「了解。マスターはこうなるの待ってたよね」
念話での指令にコアさんが答える。
そろそろスパーリングだけじゃなくて実戦を積みたいと思ってたところに、わざわざ立候補してくれたんだ。飯代のかわりに彼らには働いてもらおう。
「え!? ちょっと君たち!?」
「ひぃっ!」
映像の俺がうろたえ、コアさんが悲鳴をあげて奥へと逃げる。
声は当ててるだけだが、反響してるので気が付きにくいだろう。
「仙人は殺して、あの狐女は人質だ!」
「おうっ!」
あのでかいリーダーの指揮に合わせて、子分共が吠える!
一番先頭を走っていた奴が地を蹴り、剣を振り上げ俺を射程圏にとらえ――
「死ねぇっ! えっ!?」
剣を振り下ろし、手ごたえがないことに驚く。
「はい、ご苦労さん。化かしあいは俺の勝ちだっと」
このセリフも言って見たかったセリフのベスト5には入るんだけどなぁ。
もっと頭がいい相手に使いたかった。
「え? ちょっ!?」
本物の俺の声に気が付き、頭を上げ顔を恐怖に歪ませる。
そりゃあ矢を引いた状態で待ってる俺の姿は怖いだろ。
かけっこ一等賞おめでとう、遠慮なく受け取ってくれ。
「はぁ!?」
後ろを追っていた連中数人から驚きの声が漏れる。まぁ、先頭にいたヤツの頭から突然矢じりが生えてきたら、驚かないほうがおかしい。でもな――
「戦闘中に余所見とは余裕だね」
「はぇ?」
コアさんの横を通り抜けた白犬族数人の首が、上に浮いて転げ落ちる。
頭を失った体はバランスを崩し、重い音をたてて地面に倒れ伏す。
「!?」
その光景を目の当たりにしたさらに後ろの連中が、動揺し足を止める。
連中から見ればコアさんが突然真横に現れ、しかも刃を見せる事無く超高速の居合で首を切り落としたかのように見えたからだろうな。
ふふふ、ビビっておるわ。俺たちはもうお互いにタネあかししてるが、初見だと驚くよなっ!
俺が使った手は”擬態障壁”と名付けた特殊障壁である。
今まで障壁にはテクスチャー、静止画を貼るのが限界だったが、進化したことで動画を貼れるようになったのだ。
つまり連中が今まで見ていた、弓から弦をはずしたりうろたえてた俺は障壁に貼った映像だったってわけだ。
もちろん奥に逃げたコアさんも映像で、本物はずっと障壁のウラにいて、タイミングを見て障壁の前に飛び出しただけだ。
ただし、切った方法に関してはコアさん側の細工がある。
コアさんは幻術を応用し、自らに幻をまとう事で動作を誤認させる術を編み出した。
抜刀する動作を幻で隠すことで、相手に太刀筋を見せず、傍目には超高速の居合切りに見えるのだ。
コアさんはこれを”幻刀術 居合 狐化かし”とか名付けてたが……
初見は俺も引っかかった。目をアテにして戦ってると、コアさんには勝てない。
俺は対策案を編み出したが、果たしておまえらは生きてる間に思いつけるかなー?
まぁ、俺もまだ隠し玉はもってるし、存分に味わって頂こう。