6-11 炊き出し2
しばらくの間はせっせと配膳に励もう。
「はい、すみません。もう少し壁際にそって並んでくださいー。心配しなくてもちゃんと全員分ありますから、のぞかなくても大丈夫ですよー」
ククノチが自らのツタを伸ばし、列成型に一役買ってくれている。
ロープがなくても一人でできるとか便利だのぉ。
「主さん。追加のトレーをもってきたっちゃよー」
「おー。助かる」
アマツが俺の工房兼ラボからトレーを運んできてくれた。
丸太を切ってワナでちょっと周りを削っただけの雑な作りだが、それゆえ簡単に作れるし使い捨てても問題はない。
最初は皿も作ろうかと思ったが、トレーに比べると品質が求められたので紙のスープカップをDPで出して対応した。
アイリさんいわく食器を洗う水も貴重なので、使い捨てられるのは便利なんだとか。必要DPも大したことないし後で大量にくれてやろう。
「はい次の方。ゆっくり前にどうぞ」
スープをよそうコアさんとオルフェがパンクしないように調整しながら行列をさばいていく。
歯車になった気分でひたすら機能的に行列をさばいていく。
白犬族のみなさんの感謝の言葉を受けながらやるのは、気持ちもよくなるってもんだ。
っと、ようやく行列の終わりが見えてきたな。
だが、呼びに行ったはずのマナミさんがまだ戻ってきていない。ということはまだ人が来る可能性があるのか。
そう考えていると、奥の方から気配と人の声。これが最後の集団かな?
「コアさん。オルフェ。トマト煮込みと豚汁の残量は大丈夫か?」
「私たちの分を含めて多少余分に作ってるし、問題ないよ」
「こっちも大丈夫だよぉ」
「オッケー。後もうひと踏ん張りいこう。ククノチ、誘導よろしくな」
「はいー。お任せくださいー」
こちらが詰めの確認をしている間に集団が姿を現す。
ほう、20人くらいの集団にマナミさんの姿も見えるって事は、この連中が最後と考えてよさそうだな。
「おいおい、なんだよもう始まってるじゃねえか」
おっとぉ? この声には聞き覚えがあるぞ? 俺たちの事を”運がいい奴”って言ったのはコイツか。
表情を変えないままコアさんの方を向くと、コアさんがうなづいた。これで間違いないな。
取り巻きといっていいのかは知らんが、その連中と比べても一回りでかい。
見た目は完全に脳筋タイプだがはたして――
「みなさん、壁際に並んでお待ちくださいー」
ククノチが誘導しようと彼らに近づくが、彼らはククノチを無視して横を通り過ぎた。
「あの? ちょっとー? 戻ってきてくださいー!」
「ちょっと、あんたたち!?」
ククノチとマナミさんの呼びかけを無視し、こちらに向かってくる。
ほほーう? そうくるかー。
「あいつら水を渡すときも好き勝手しおってからに、好かんっちゃよ」
眉をへの字にまげ、嫌悪感をあらわに言葉をはきすてるアマツ。
ああいうのはいる所にはいるもんだ、アマツやククノチにとってはそういう経験をつむいい機会かもな。
周りで談笑しながら食べてた白犬族のみなさんも黙り込んでしまった。
この空気をどうしてくれるんだこのやろう。
「何つったってるんだ? 早く飯をくれよ」
おおう、俺の前にくるなりニヤニヤしながらそう言い放ちおったよ!
久しぶりのトラブルの予感に、オラわくわくしてきたぞ!
「それではこちらの列に並んでお待ちください。皆様のご協力をお願いいたします」
表情を隠し、極めて事務的に返してやる。
その間に連中を観察してみるが、周りの白犬族のみなさんが全員痩せ気味なのに比べると、こいつらは肉付きがいい。
「そんなん知るかよ、さっさとよこせ。全部な。俺たちゃ腹減ってんだよ」
そうだそうだとあおる連中。
まだ行列には20人くらい並んでるんだが? まぁ、俺たちの仕事は白犬族全員の1食分の食事を用意することであって、それをどう分配するのかは、向こうの勝手なわけだが――
「ちょっと! これ以上恥を重ねないでおくれよ!」
こちらに大声を上げながら駆けてくるマナミさんの胃が心配だ。
要求をつっぱねて俺がここでこいつらを張り飛ばしてもいいんだが、それでは根本的な解決にはならない。
折れるのはシャクだがしょうがないな。
「オーケー、まずは行列に並んでる人の分を配り切ったら、俺たちの分も含めて残りを全部やろう。それで妥協してくれないか?」
「ちょっと! ご主人!?」
「いいだろう、わかったからさっさとやれよ。」
オルフェの抗議をさえぎって命令してくるか。声には上げてないが、アマツやククノチも抗議の視線を俺に向けてきている。
「ここは堪えてくれ、後でDPで蕎麦を天ぷら付きで出してやるから」
「むぅ~それなら」
「仕方ないですねー」
「私はそれならかまわないよ」
声には出さず念話でやりとりをして、ケモミミ娘達をなだめる。
「おい、手が止まってんぞ。さっさとしろよ」
「おっと、それじゃあ次の人ー」
完全に険悪化した空気の中、俺たちは黙々と残りの作業をこなした。
♦
「食べ終わったら、鍋は適当なとこに置いといてくれ。こっちで勝手に回収する」
寸動鍋を持ち、もはやこちらを振り返りもしない連中に向かって声をかけておく。
あーいう連中はお願いをしても聞きゃしないからな。それなら何もさせないほうが被害が少ない。
「あんたたちには本当に迷惑をかけるねぇ。数人程度ならともかく、あの人数じゃアタイだと抑えられなくてね」
「まぁ、俺たちゃ1日我慢すればいいだけだからな。それよりあいつらはなんなんだ?」
本当にマナミさんが気の毒でしょうがない。
「あいつらは戦士のなりそこないさ。戦争が始まったら行方をくらませておいて、アタイらが集落を脱出したらいつのまにかひょっこりついて来たんだよ」
ああ、体格がいいのはそういう事ね。
「抑えられる人間がいなくなったのをいいことに態度がでかくなってきてねぇ。なけなしのメシを勝手に食うわ、女性にちょっかいをかけてくるわで頭痛のタネだよ」
「それは本当に大変だったんだな」
こういう話を聞くと俺は本当に仲間に恵まれている。
先ほどのトラブルを物理的に解決しなくてよかった。やってたらその後の八つ当たりがひどくなる未来しか見えん。
「こっちの問題はさておいて、そっちは約束を果たしてくれたんだ。約束通りなんでも質問に答えるよ」
「ああ、じゃあまたあの部屋まで来てくれないか?」
他のみんなに聞かれると、マズイ質問もあるかもしれないしな。
「アンタ確か伝承とか聞きたがってたね。じゃあ、またアイリにも来てもらおうかねぇ。あの子はアタイより詳しいからね」
「はい、わたしでよければお供いたします」
一口も手を付けてない夕食を持ったままアイリさんがこちらに寄ってくる。
ずっと待ってたのか、自分も空腹だっただろうに飯を前にして耐えさせるとは悪い事したな。
「よし、俺たちも撤収するぞ。みなさん、食べ終えたらトレーとカップは一ヵ所にまとめて置いてください。後で我々が回収します」
「わかりました。仙人様方、おいしい食事をありがとうございます」
「だとよ、よかったなコアさん」
「口にあったようで何よりだよ」
あくまでクールに言っているが、ゆっくり尻尾がゆれてごきげんだという事は手に取るようにわかる。
それはともかく。白犬族の感謝の言葉に見送られながら、俺たちはその場を後にした。