第9話 待っててね
彼女が俺の前から消えてからしばらく経ったある夜、あの時の女が訪ねて来た。
「ちょっと話がしたいんだけど、中に入ってもいい?」
「どうぞ。」
俺は部屋へ女を招き入れ、そっけなく缶コーヒーを渡した。
「コーヒー以外はないの?」
「あとは、ミネラルウォターくらいしかないよ。」
いきなり訪ねて来て、随分と図々しい女だな。
綺麗過ぎる女はこれだから嫌なんだよ。
やっぱり、彼女クラスが調度良いのかもな……
「ごめんなさいね。今は私、コーヒーを飲めないの。」
「いいえ。」
女にミネラルウォターを注いだコップを差し出すと、それを一気に飲み干して本題に移った。
「いきなりで驚くだろうけど、私、妊娠してるの。間違いなく貴方の子供よ。私は覚えてないけど、あの時、避妊してくれなかったでしょう?」
「そういえば……」
「私、どうすればいいかしら?堕ろした方がいいわよね?でも、私、今までに二回堕胎手術を受けてるの。三回目はリスクが大きいのよ。だから、出来れば産みたいんだけど、一人で産んで育てるにはお金が足りないの。出来れば認知して、毎月少しずつでもいいから養育費を貰えないかしら?」
一方的に喋る女って嫌いだ。しかし、その話を聞きながら、俺はもっと別の事を考えていた。
「あのー、それなら結婚の方が良くない?俺、君と結婚して責任を取るよ!」
「えー、いいの?私、貴方より好きな人がいるわよ?家庭持ちだからその人と暮らせないだけで……」
「構わないよ。俺も多分一生忘れられない人がいるし……」
「あら、そう?じゃ、お言葉に甘えて結婚してもらおうかしら。宜しくお願いします。」
「いいえ、こちらこそ。」
話はとんとん拍子に決まり、俺は愛のない結婚をした。
冗談のようだが、本当に結婚をしたんだ。
自分の事は自分でやる。そんな、同居人のような生活は、特別な愛情を持たない俺らには、一番気が楽だった。
俺には予感があった。絶対に女の子が生まれてくるという予感だ。
彼女と結ばれた夜に、彼女はいきなり俺の前から姿を消した。
そして、女の妊娠。
彼女は絶対、あのお腹の中に居るはずだ。
俺の娘となって生まれてくるはずだ。
それは、俺の愛情を一身に受けられるように、彼女が決断したんだろう。
彼女ならやりそうなことだ。
だから、たまにお腹に耳を近付けると聞こえてくる。
「待っててね…」
そんな時、俺は心の中でこう答える。
「待ってるよ。だから、元気に生まれて来いよ。」
それから数か月して、元気な女の子が生まれた。
名前は、俺が付けた。
【愛】と書いて、まなと読ませる。
娘は、妻に似てとても美人だった。
俺が初めて抱いた時、今まで瞑っていた目を初めて開けた。
そのちょっと垂れた目を見て、俺は確信した。
間違いなく、彼女だ。
見つけたよ、愛。
その夜、俺は夢を見た。
まーちゃん、逢いたかったよ〜。
でも、私が大きくなるまで、もう少し待っててね。
お願いよ。大好きだから…
まーちゃんだけが、とっても、とっても、大好きだから…
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