ジャック・オー・ランタン
カボチャを買った。早起きして市場でまとめてリアカー1台分も買った。
今年は豊作だったそうなので意外と安かった。
カボチャは暑いほど育つというものでもないらしい。
思い返してみると、今年の夏はそんなに暑くなかったなと思う。
「魔女さーん、そんなにカボチャ買ってどーすんの?」
市場からの帰り道、ちょうど『ウサギさんの酒場』の前を通りがかったところ、2階の窓からウサギさんが顔をのぞかせていた。
ランタン作りだよ。答えると、
「ランタン? カボチャで?」
首をかしげるウサギさん。
そうだ、どうせ起きてるならウサギさんにも手伝わせよう。
手伝ってくれたらカボチャの中身あげるよ。言ってやると「なにそれすごいすぐ行く!」と大慌てで店を飛び出してきた。
この女は利にさといから、タダだったら何でも欲しがるのだ。
「カボチャだとー、パイかなー、スープかなー、パンに載せて焼いてもおいしいんだよねー」
秋だねー、秋の味覚だねー。彼女はリアカーを後ろから押しながら今晩のメニューを考えているらしい。
さすがにリアカー1台分のカボチャを運んでいると街中で目立ってしまう。
「魔女さんってそんなにカボチャ好きだったのかい?」
「カボチャもいいけどうちのナスも買ってくれよ」
「それよりうちのカボチャみたいな旦那引き取っておくれよ」
……最後の方は関係ない気もするが、知り合いも知り合いじゃなくても声をかけてくる。いちいち相手していたら、リアカーを取り囲む6人のパーティーになってしまった。このまま外へ冒険に出ても違和感がなさそうだ。戦えるの私だけなんだけど。
そんなパーティーメンバーたちは私が何をするのか気になってしょうがないらしい。さすがに買いすぎたなと反省はしている。
ウサギさんと2人なら私の家で作業してもよかったんだけど、6人はさすがに厳しいので『ウサギさんの酒場』を作業場にさせてもらった。ウサギさんとしてもカボチャの実を持って帰る手間が省ける。
それに、よくよく考えてみると40個ものカボチャをランタンにしたところで私の家に置き場所はない。だからやはりウサギさんの酒場でやるしかなかった。ちょっと無計画すぎたかな。
「カボチャの上の部分を切り落として、中身をかき出してね」
中身は持ってかえっていいから。
カボチャの皮なんて私だって食べないし、人間も食べないだろう。
中身だけ持って帰っていいなんて言われたらみんな喜んで作業を始めてくれた。
私もさっそくカボチャを1つ手に取り、ナイフで上部を切り落とした。
包み込むような優しさ、だけど少し押し付けがましいような、そんな甘い匂いが部屋中に広がる。
40個近くあったカボチャが1つ、また1つと、お椀になっていく。
最初は世間話でもしながら作業していた面々も少しずつ口数が減っていく。
気まずい沈黙ではなく、良い沈黙。
黙々と目の前の作業に集中しているからこその、心地よい沈黙。
魔界では、秋になるとウィル・オー・ウィスプが徘徊するようになる。
詳しいことは知らないんだけど、なんでもどこか違う世界に住んでいるご先祖様がこの時期だけ遊びに来ているんだとか。ウィスプにとって秋は過ごしやすい季節らしい。
そんな彼らの住まいとしてカボチャがちょうどいい大きさだとか、彼らはカボチャの匂いが好きだとか、みんな言うことバラバラだけど、いつしかカボチャをくりぬいてウィル・オー・ウィスプの住まいを作ってあげるようになったらしい。
で、ふと誰かがカボチャに穴を開けてみたらちょうどウィスプの光が外に漏れ出して「ランタンみたいだね」って流行りだした。
伝統なんて結構あいまいなものだなあ、なんて思う。
「次は目と鼻と口の形に皮を切り取ってね」
最初はみんな困惑していたけど、試しに私が1つ作って見せたら納得したよう。
またみんな作業を開始してくれた。
カボチャのランタンを顔の形にするなんていう話は、昔はなかったらしい。
私は物心ついた頃から当たり前だったけど、この辺の経緯にいたってはさらにいい加減なもので、「顔の形にしたら面白くね?」と魔界の誰かが言い出したとかなんとか。
実際面白いし、それでいいんじゃないかな。
1つずつカボチャの頭が出来上がっていく。
眼が丸い子、四角い子、半月型の子
鼻が長い子、ない子に歯並びがいい子に悪い子
みんなの助けもあって、昼過ぎには一通り完成してしまった。
夜まで大分時間あるな。
「じゃあさ、私はカボチャで今晩のメニュー作ってるからみんなは一度帰ったら?」
ウサギさんの提案にみんな賛同して、一旦帰ることにした。
私は、自分で作ったランタンを1つだけ持って帰った。
40個は場所がないけど、1つくらいならね。
夜、再び『ウサギさんの酒場』に行くと、手伝ってくれた人たちに混じって、酒場の常連客もゾロゾロと集まっていた。
カボチャランタンも各テーブルに1つずつ、カウンターに壁際にそれぞれの居場所を確保している。
「はい、これ運んで! あーパイはテーブルに1つずつ! スープはいっぱい作ったから遠慮なく飲んでね! あ、魔女さーん!」
カウンターの向こうで指示だししていたウサギさんがこちらに気づいて手を振る。
私も手を振ろうとしたところで、
「魔女さああああぁぁぁぁんなにするんですかあああぁぁぁぁ?」
うわ、横からいきなり飛び込んできた赤毛ちゃんに驚く。
赤毛ちゃんだけじゃない。酒場にいる面々は全員、これから起きる出来事が楽しみでしょうがないという表情で私を見ている。
料理を運び終わったタイミングで明かりを消してもらう。
出来れば人前で魔法は使いたくないんだけど、今日くらいいいか。
じゃあ、始めよう。
「明かり」
いい加減な詠唱と共に、手から光球を生み出して、
「ほらよ」
一番手近なランタンに放り込んだ。
暗い部屋に橙色の顔が浮かび上がった。
おおおお
「ほれ、ほれ、ほれ」
詠唱も省略して続けて3つ灯してやる。
顔がさらに3つ増えた。
おおおおおおおお
この調子で1つ1つ光球を放り込んでやると、暗闇が段々と部屋の隅に追いやられ、橙色の光が酒場に満ちてきた。
「魔女さーーん! すっごいですーー!」
隣で赤毛ちゃんがはしゃいでいる。
それもそうだろう。私だって初めて見たときははしゃいだもんだ。
小さい子から大きな子、笑顔に仏頂面、ジャック・オー・ランタンはカボチャの形と作った人の気分で個性豊かな表情を見せてくれる。
一つとして同じものはないけど、どれも暖かくて優しい光を放つ。
今日は常連客たちに加えて、カボチャのお化けたちも酒場の仲間入り。
いつもよりちょっぴり豪華な酒盛りだ。
いつもより少しだけ盛り上がった飲み会を終えて、私は家路についた。
例によって勇者から仲間に誘われたが例によってそれを断ったのは言うまでもない。
真っ暗な路地を進んでいると、少し様子がおかしい。
誰もいないはずの自宅の扉から微かに光が漏れている。
侵入者?
うちに盗むものなんかないけど……
家の前に着いて、扉の前で深呼吸。
たかが盗人に遅れを取る事はないけど、用心するに越したことはない。
魔王とて油断したらいつ寝首をかかれるかわかったもんじゃないから。
扉をゆっくり、静かに開ける……すると、
「うわっ」
顔の右、すれすれを光の塊が通り抜けていった。
なんだ、この辺にもいるんだ。
酒が入ってふら付く足で階段を登る。
飲みすぎたかな、一歩一歩がとても重く、気を抜いたらそのまま後ろに転げ落ちそうだ。
どうにか2階のテーブルまでたどり着くと、そこにはカボチャが一つ。
そういえば1つだけ持って帰ったんだっけ。
「君も灯してやろう……えーとだね、」
フワフワした気持ちでなかなか進まない魔法の構成。ヤバイな、飲みすぎた。
やがてめんどくさくなる。
「もうこのまま寝よ」
さっきのウィスプが帰ってくるかもしれないしね、さあ、3階のベッドまでもうひと踏ん張り。
ウィスプの光のように、ゆらゆらとおぼつかない足取りで階段をのぼった。