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トンチキつよつよ出奔令嬢、魔国に渡りて福を成す  作者: 葛餅もち乃


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急転直下(4)


 三十分後、執務室で朝ご飯を食べていたシェリーたちの前に転移魔法陣が展開した。光の中からエドガーと、その小脇に抱えられた赤髪の人間が現れる。


「ただいまです。下僕というのはこの男で合ってますか?」


 解放された赤髪の男は慌てて着地し、がばりと顔を上げて周囲を見回した。シェリーと目が合い、地獄で救いを見つけたような感極まった表情で駆けてくる――ところを、エドガーに襟を掴まれて「ぐえっ」と首が締まった。


「えっエドガー様! 合ってます! 下僕じゃなくて友人ですけど、合ってます!」

 シェリーは慌てた。フレッドが可哀想すぎる。

 ぱっと手を離されたフレッドは、今度こそシェリーのもとに駆けてきて跪いた。きらきらと潤んだ瞳で見上げられる。


「ボクは一生あなたの下僕です……どうか捨てないで、一生きちんと飼ってね?」

「いやだから下僕じゃないし」

「シェリー? ボク、いっぱい頑張ったよね? ちゃんと褒めて」

「いやほんと話聞かないよねフレッド……」


 フレッドは黙っていたら貴公子にも見える、気品ある顔立ちの美形である。背は高く体格も良く、甘いと言うより野性みのある美丈夫、その彼の頭にシェリーは手をおいた。乱雑にぐしゃぐしゃと撫でる。フレッドはご満悦に蕩けた笑みを浮かべた。ご褒美としてねだられるのがコレなのである。

 そのとき、ドカッと椅子に座る音がした。エドガーが作り笑顔を貼り付けてシェリーたちを眺めている。


「あなたたち二人の関係はなんですか?」

 まずそこかな!? とも疑問に思ったが、確かに信用といった点で必要である。

 シェリーが答える前に、フレッドが怯える大型犬のように吠えた。


「こっ、この人、俺の名前と大事なピアス確認したら、問答無用に拘束魔法かけられて連行されたんだよ。めっちゃ強いんだけど何この人!」

「この国の軍隊長で私の上司、エドガー様です。言葉遣いに気をつけて」

「えっ、マジ? ってかシェリー、ほんとにユートリアの軍に入れたんだね。すごいねぇ」

「寛大な皆様のおかげです。本当に素敵な方々よ」

「へぇぇ」とフレッドが言ったところで、エドガーがコホンと咳をした。苛立っているのがわかり、シェリーはぴしりと姿勢を正した。


「すみません! まずご紹介させていただきます。彼はフレッド・アースレイ。私が十歳のころ、領地で行き倒れているのを発見し、東の国の貴族の息子だと判明して我が家が預かっていた少年……が大きくなった姿です。ハノーヴァ公爵家で一緒に育ってきました」


「はじめまして、フレッドです。年はシェリーと同じく十九。大貴族の妾の子だったんですけど、家督争いで毒盛られ始めて、殺される前にと逃げてきました。アースレイは母親の名前です。ボクを助けてくれたのはシェリーです。一生、シェリーの下僕として生きていきたい所存です」

 キラキラ輝いた目で話すフレッドを、シェリーはジットリ横目で睨み付けた。


「私は一度も下僕であることを認めていないので……皆様どうか、フレッドのこのへんの与太話は聞き流してください。でも、信頼できる人間です」

 エドガーはニッコリ笑ったまま黙っていた。シェリーの背中に嫌な汗が流れる。

 何故だろう。まるで浮気を疑われているような、そんな雰囲気がする。

 ローディは他人事のように「おもしれー」と笑っている。


「ふぅん……そうですか。下僕とご主人様で、一緒に育ってきた仲、と」

「……っ、そ、その、例の計画を知ったとき、フレッドに相談したら『スパイしてくる』と提案してくれまして、厩番として潜入してくれたのです。家族には一度国に戻ってみると嘘をついて」

「それっぽい話でっちあげたよね。ボクが母国に戻ることなんて絶対有り得ないのに壮行会までしてくれて、ちょっと罪悪感だったな。ハノーヴァ公爵も兄君も人がいいよね」

 ハノーヴァ公爵邸の皆でフレッドを送り出す壮行会である。シェリーも内心、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。


「いつでも帰ってきていいからねと公爵に言われたから、この任務が終わったら勿論そのつもりだったんだけど、まさかシェリーが他国に行ってるんだもんね。正直、あの捻くれボケ王子と結婚しなくて良かったよ。ボクの帰るところはシェリーだからね、ボクもこっちで仕事探す!」

「滞在許可が簡単におりるとでも?」とエドガーが問う。

「駄目なんすか? ボク、こう見て色々できますよ! そこそこ魔法は使えるし戦えるし、厩番も使用人もできますよ」


 エドガーの厳しい視線も気にしないで、フレッドは明るく言った。

 フレッドは有能なのである。軍に所属できるレベルにいるし、城の使用人としても戦力になるだろう。

「えー、いいじゃん。あとで色々決めようぜ」とローディは好意的だ。エドガーは溜め息をつき、表情を真顔に戻した。


「……わかりました、処遇についてはあとで決めましょう。では、本題に入りましょうか。君が持っている情報を開示していただけますか」

「はい! ボク、まじで頑張ってきたんですよ!」


 フレッドは意気揚々と自分の上着を脱ぎ、内側を広げるようにして机に置いた。隠しポケットがたくさんあり、手帳や怪しげなメモ、魔法具など、こんなに隠し持っていたのかと驚く。まずフレッドが開いた手帳にはびっしりと文字が書き込まれてあり、それぞれメモには日付も書いてあってわかりやすい。ダズワード伯爵の怪しげな行動と言動、会合や夜会、伯爵邸に来た人たち……。別の手帳には帳簿を写し取ったようなメモや、伯爵家の資金の流れなど、財務関係が。


「どうやってこれを」

「頑張って忍び込んだよ! ボク、伯爵邸では真面目で使い勝手のいい使用人だったからね。頭がいいことも薄々バレて、執事を目指して勉強しないかって誘われてたし」


 結構危ない橋を渡っていたのじゃないかと、シェリーは青くなった。無事で良かった。

 魔法具はどれも手のひらに収まるような小さいものだ。指輪の形をしていたり、万年筆の形をしていたり。録音機能のあるものと、映像記録機能のものである。


「録音はさ、最大録音可能時間が四十八時間だから、何回も何回も仕掛けては回収して確認して……の繰り返し! ボクほんと頑張った~もっと褒めてほしいなぁシェリー」

「あの計画のこと、喋ってるところが録れたの?」

「うん! 東の国の傭兵みたいなゴロツキと喋ってるところと、おそらく東の国の商人と販路について相談してるところとか。……グロスター公爵とのつながりはわからなかったけど」

「いや、十分やってくれたよ。何よりこんな……フレッドが無事でよかった」


 フレッドはにっこり笑って、頭を傾げて差し出してきた。仕方ないなと、シェリーは自分よりも高い位置にある頭をよしよしと撫でる。


「写真は……この地図、誘拐計画の移動ルートですね? こんなもの、よく撮ってこれましたね」

 指輪型の映像記録媒体から壁に投写したものを眺め、エドガーが感心した。


「それはボツになった案かもしれないです。けれどそういう計画もあったということで、参考に」

「そうですね。疑ってたわけではないですが、信憑性があります。――早急に対策を練ります」

「あの、住民の保護か待避だけでもすぐしたほうがいいと思います。あいつら、今日明日の計画実行ではなさそうでしたが、近日に動くっぽいので」

「ええ、それはすぐにでも」

 と、そこでエドガーが殺気の籠もった目で壁を睨んだ。ゾワッと全身の毛が立つ。


「――さて、どうしてくれましょうか」


 

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