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地獄選記  作者: まんじ
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三章二話「破偽情」

目を覚ますと——熱かった。



「……っ」



息を吸うだけで喉が焼ける。


皮膚が溶けそうなほど熱い。


それなのに、不思議と耐えられないほどではない。


“ギリギリ我慢できる熱さ”。


そんな嫌な温度だった。



「ここ……は……?」



周囲を見回す。


僕は巨大な釜の中にいた。


下から赤黒い炎が燃えている。


周囲は暗闇。


だが、同じような釜が無数に並んでいるのが見えた。



その時だった。



闇の奥に、“何か”が立っていた。



仮面。


人の形をしている。


だが、人間ではない。



輪郭が炎のように揺れていた。


鬼にも見える。


獣にも見える。


影にも見える。



そして。


頭の中へ直接、声が響いた。



『現世で死した者達よ』



低く。


重く。


耳ではなく魂へ響くような声だった。



『ここは地獄』


『階層は——大叫喚』



釜の湯が、大きく泡立つ。



『私はこの階層の門番』


『名は——叫』



周囲の空気が震えた。



『お前達はこれより試練を受ける』


『試練を乗り越えた者には、閻魔大王より評価が下される』



門番の仮面の奥から。


何かがこちらを見た気がした。



『試練名——破偽情はぎじょう



その瞬間。


門番の姿が闇へ溶けるように消えた。



「……っ」



何をさせられるんだ。


そう思った直後だった。



釜の中へ、鬼のような怪物が入ってきた。



黒い皮膚。


爛れた腕。


異様に長い爪。



怪物は無言のまま、僕の顔を掴んだ。



「え——」



次の瞬間。



——ブチュッ。



「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



目を抉られた。



焼けるような激痛。


頭の奥を直接掻き回される感覚。



叫んだ瞬間だった。



——バシィッ!!



鋭利な何かで顔を叩かれた。



「ぁぁっ!?」



さらに痛みが増す。



怪物は次に、僕の耳へ手を伸ばした。



——ブチィッ。



片耳が引き千切られる。



「——っ!!」



反射的に叫びそうになる。


だが。


必死に耐えた。



すると。


今度は顔を叩かれなかった。



「……っ」



我慢すれば。


追加では何もされない。



そう理解した。



次は歯だった。



一本ずつ。


無理やり引き抜かれる。



髪。


鼻。


爪。


皮膚。



身体の感覚が壊れていく。



首から下は熱すぎて、もう感覚が曖昧だった。



「……ぁ……」



呼吸するだけで苦しい。


それでも。


僕は叫ばなかった。



これ以上辛い目に遭わないために。


我慢しなければ。



そう思った。



ふと。


「死にたい」


そう思った。



だが、不思議だった。



この場所へ来てから。


“自ら死ぬ”という選択肢だけが、上手く浮かばない。



まるで。


その選択肢だけ、頭から削り取られているようだった。



そして怪物は。


僕の口を無理やり開き、釜の湯を流し込んできた。



「がっ……!?」


身体の中へ焼ける様な痛みが走った。



次の瞬間。



僕の頭の中へ、映像が流れ込んできた。



父の死。


母の疲れた顔。


我慢した習い事。


叔父の暴言。


働き続けた日々。


家族を失った夜。


息子の泣き声。



人生の“辛かった部分”だけが、再生される。



そして。


自分が電車の中で倒れて死ぬ瞬間まで

映像が進むと——


目の前にさっきと同じ鬼の様な怪物がいた。



「……え?」



驚いた。



抉られた目も。


千切られた耳も。


抜かれた歯も。


全部元に戻っていた。



そして。


また。



——ブチュッ。



「ぁぁぁぁぁっ!!」



繰り返される。



痛み。


熱。


苦しみ。


記憶。



何度も。


何度も。


何度も。


何度も。



僕は耐えた。



我慢した。



「……我慢しろ」


「我慢すれば……いつか……」



考え続けろ。


我慢しろ。


きっとチャンスが来る。



そう信じて。



何度も。


何度も。


何度も。



我慢した。



やがて。


自分が何を我慢しているのか、分からなくなった頃。



怪物達は。


傷を治すためではなく——


僕を直接、釜の中へ沈め始めた。



「がぼっ——!?」



熱い。



思考が溶ける。



痛みも。


苦しみも。


記憶も。


全部が混ざっていく。



我慢して。


我慢して。


ガマンして。


ガマンシテ。



いつか。


何か変わるはず。



諦めないで、考えて行動し続ければ


困っている僕を


誰かが助けてくれるはず。



だって僕は——


お父さんの言葉を大切にして生きてきたんだから。



困ってる人を助けた。


我慢した。


頑張った。


耐えた。



なのに。



遠のく意識の中。



——プツン。



僕の中で。


何かが切れた音がした。



「……なんで?」



なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけない?



我慢ってなんだ?



なんで僕ばっかり我慢しなきゃいけないの?



お父さん。


なんで死んじゃったの?



僕が本当に困ってる時。


誰も助けてくれなかったよ。



お母さん。


本当は習い事、やりたかったんだ。


でも。


お母さんの顔を見たら言えなかった。



もっと褒めてほしかった。


もっと一緒にいたかった。



叔父さんなんて、大嫌いだった。



殺してやりたかった。



家族を奪った通り魔だって。


警察なんかに任せず。


自分で見つけ出して——


殺したかった。



本当は。


苦しいって言いたかった。


助けてほしかった。


投げ出したかった。


でも。


“良い子”でいるしかなかった。



僕は。



ぼくは。



オレは。



俺は。




ずっと——怒っていたんだ。



その瞬間。



釜の炎が、大きく揺らいだ。



そして。


俺の意識は、暗闇へ沈んでいった。


三章二話 完

三章三話に続く

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