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地獄選記  作者: まんじ
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五章四話「地獄選記」


「……ようやく、ここまで来たか」



俺は四つの地獄を制し——


叫無等衆となって、閻魔大王の前へ辿り着いた。



暗黒の玉座。


圧倒的な威圧感。



地獄の頂点。


そこに、奴は座っていた。



「待っていたぞ」



閻魔大王は、どこか嬉しそうに笑う。



「貴様が“叫”となった時は、ここまで来るとは思わなかった」


「実に愉快だった」



そして。


少しだけ寂しそうな声で続けた。



「……だが、それも終わってしまうと思うと、少し惜しいな」



俺は鼻で笑った。



「それって、お前が死ぬって意味だよな?」



すると閻魔大王は肩を揺らして笑った。



「私が敗北することなど有り得ない」



「貴様は敗北後——」


「最も無価値だと思う存在へ転生する」



「その姿を観察することを、これからの楽しみにするとしよう」



そして。


閻魔大王は静かに告げた。



「では——最後の試練を始める」



『試練名——失秤啓しつしょうけい



その瞬間。



巨大な“天秤”が現れた。



左右非対称。


大きく閻魔大王側へ傾いている。



「この秤を水平にしろ」



「それが出来た時、貴様は閻魔大王となる」



俺は黙って秤を見つめる。



すると閻魔大王は続けた。



「この秤へ乗せられるものは——」



「記憶」


「感情」


「愛」


「名前」


「誇り」


「他者との繋がり」



「……貴様にとって“大切なもの”だ」



「差し出したものは二度と戻らない」



「全て失うまで続けても構わん」



「さあ——まず何を差し出す?」



俺は迷わず、生前の記憶のいくつかを秤へ差し出した。



大切だった記憶が、次々と薄れていく。



だが。



秤は、微動だにしなかった。



「……足りないか」



次に。


俺は現世の名前を差し出した。



両親から貰った、大切な名前。



それすら消える。



だが。



秤は動かない。



俺はさらに差し出した。



誇り。


執着。


過去。



そして——



「……羅刹」



地獄で共に歩いた怒りの感情。



俺を支え続けた激情。



それを、秤へ乗せた。



すると。


自分の中から怒りが消えていくのが分かった。



「……今までありがとな」



だが。



それでも秤は動かない。



閻魔大王は、そんな俺を見て笑っていた。



「どうした?」


「もう終わりか?」



その時。


俺は初めて思った。



——こいつは、一体何を差し出したんだ?



そして。


俺は初めて、閻魔大王自身へ興味を抱いた。



こいつも元は人間。



どんな人生を歩き。


何を失い。


何の為にここまで来た?



頂点に立ち続けるのは、退屈じゃなかったのか。


寂しくなかったのか。



俺は静かに問いかけた。



「なあ」


「お前、閻魔大王になって満たされたか?」



すると。


奴は少しだけ沈黙し——



「……一度もない」



そう答えた。



その瞬間。


俺は思った。



——ああ。


こいつ、可哀想な奴なんだな。



頂点に立っても満たされない。



きっと現世でもそうだった。



誰より上へ行っても。


何かを手に入れても。



心だけは埋まらなかった。



もしかすると。


昔は満たされていたのかもしれない。



だが。


何かを失い。


忘れ。


捨ててしまった。



そんな気がした。



「なあ」



「最後だから聞かせてくれよ」



「お前が、どう生きて」


「どうして閻魔大王になったのか」



「……いや」



「聞かせてください」



「あなたのことを知りたくなった」



閻魔大王は、少し目を細めた。



「……貴様は最後まで面白いな」



「いいだろう」



「一つくらいは聞かせてやる」



そして奴は、自らの過去を語り始めた。



◇◇◇



話を聞き終えた時。



俺は、ようやく理解した。



そして。


秤へ乗せるものを決めた。



俺は静かに言う。



「俺が差し出すものは——」



「お前に抱いた“慈しみ”だ」



その瞬間。



天秤が、ゆっくりと動いた。



そして——



完全に水平になる。



「……なに?」



閻魔大王が目を見開いた。



「理解できない……!」



「それは合理性とは最も対極の感情だ!」



「そんなものに価値など無い!」



「何故だ……何故秤が動く……!」



俺は静かに答えた。



「お前はさ」



「本当は——」



「苦しみや悲しみを分かち合える存在が欲しかっただけなんだな」



閻魔大王は壊れたように呟く。



「わからない……」


「理解できない……」



「誰かを無償で想うなど……」


「そんなもの、無意味なだけだ……」



その瞬間。



世界が暗闇に呑まれた。



そして次に気づいた時。



俺と閻魔大王の立場は、逆転していた。



玉座に座っていたのは——俺だった。



閻魔大王の権限が、俺へ移っている。



「……これで終わりか」



敗者は“無”にはならない。



代わりに。


本人が最も無価値だと思う存在へ転生する。



俺は奴へ言った。



「価値があるかどうかは」


「心の在り方次第だ」



「来世では——」



「せめてお前が満たされることを願ってる」



そして。


奴は静かに消えていった。



◇◇◇



早速この地獄を変えるための情報を引き出そうとした。



だが、

閻魔大王になって分かった。



地獄は変えられない。



試練を突破した魂を裁き。


評価し。


挑戦者を迎える。



それだけ。



永遠に。


ただ繰り返すだけだった。



「……なんだよ、それ」



結局。


息子の魂も地獄へ来て——無へ還った。



俺は何の為にここまで来た?



何を求めて戦ってきた?



「あぁ……」



「無価値なものへ転生するのだけは……嫌だな……」



そして今日も。


俺は閻魔大王として、魂を裁き続ける。



◇◇◇



「おーい!早くしろー!」



俺は農家の家に生まれた。



この村の人間は、全員農家になる。



皆そうだから。


疑問に思ったことはない。



親の言う通りに生きればいい。


周りに合わせればいい。



何も考えなくていい。



今日は、育てていた豚の出荷日だった。



「一頭、処分か……」



仕方ない。



そういうものだ。



殺処分される豚は。



何も分かっていないような目で、こちらを見つめていた。

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