五章三話「虚ろの頂」
五章 三話(5/22改訂案)
「虚ろの頂」
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私が閻魔大王となって、感じたこと。
それは——虚しさだった。
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地獄の頂点。
絶対者。
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だが。
そこに満足は無かった。
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「……退屈だ」
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私は玉座に座りながら、小さく呟いた。
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どれだけ優秀な魂が来ようと、結果は見える。
どれだけ強い者が現れようと、私には届かない。
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そんなある日。
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私は、一人の男に興味を持った。
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「……ほう」
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その男は、己の感情に蓋をしていた。
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怒り。
悲しみ。
苦しみ。
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本来なら、人を突き動かすはずの感情。
だが奴は、それら全てを押し殺し、合理性だけで生きていた。
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だというのに。
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その奥底には、地獄でも上位に食い込めるほどの激情が眠っていた。
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「面白い」
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私は久しぶりに高揚した。
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奴は生前の行いにより、大叫喚地獄へ堕ちる運命となっていた。
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私は、奴の行く末を観察することにした。
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「試練達成を確認」
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ついに奴は、大叫喚地獄を突破した。
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そして。
報酬選択で、奴は迷いなく言った。
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「【2】だ。」
「俺は、お前らにも怒ってる」
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さらに奴は、こうも言った。
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「テメェもそのうち殺す」
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どこまでも楽しませてくれる。
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確かに優秀だ。
だが、能力だけで言えば精々——等活か衆合の門番になれる程度。
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他の地獄を突破するのは不可能。
そう思っていた。
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だからこそ。
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「無間地獄へ挑戦する、か」
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私は笑った。
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地獄の中で、最も試練が困難な階層。
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あそこで散っていく姿を見るのも悪くない。
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——そう思っていた。
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だが。
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「ほう…」
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奴は無間地獄を突破した。
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それどころか。
門番にまで成り上がった。
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私は玉座で頬杖をつきながら笑う。
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「なるほど」
「そう来るか」
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地獄の規定に従い、突破した階層の名前を一文字加えた新たな名を私は奴へ与えた。
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「今日から貴様は——叫無」
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無間地獄を制した門番。
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叫無。
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「さて」
「次はどんな風に私を楽しませてくれる?」
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久しぶりだった。
未来が読めない感覚は。
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◇◇◇
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そして。
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叫無以外にも、私の興味を惹く存在が現れた。
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そいつは——私にも届き得る力を秘めていた。
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「……なるほど」
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調べると、そいつは生前——
私の父を殺した男だった。
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だが。
今となっては何も感じない。
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怒りも。
憎しみも。
既に過去の感情だ。
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それよりも。
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「どんな地獄を見せてくれる?」
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そちらの方が興味深かった。
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奴は生前の罪により、無間地獄へ堕ちた。
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そして。
面白いことに、叫無とも因縁があったらしい。
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私は二人を観察した。
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叫無。
殺人鬼。
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どちらも規格外。
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だが。
能力だけなら、叫無は負ける。
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だから私は楽しみだった。
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敗北した時。
叫無がどんな顔をするのか。
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絶望するのか。
怒るのか。
壊れるのか。
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考えるだけで笑えた。
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だが——
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「……無に還った?」
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予想外だった。
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殺人鬼は、敗北ではなく“無”によって消滅した。
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現世で、奴を想っていた存在。
それは母親ただ一人だった。
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だが。
その母親は既に日本には居なかった。
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誘拐され。
海外へ連れて行かれ。
工作員を教育する為だけに生かされていた。
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さらに。
奴の母親の情報を使い、姿を似せた工作員が日本へ送り込まれていた。
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奴は、その偽物を実の母だと思い込み——殺した。
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そして本物の母は。
その事実すら知らないまま病で死んだ。
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最期まで。
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「どうか、あの子が幸せでありますように」
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そう願いながら。
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結果として。
現世から、奴を想う者は消えた。
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それが——“無”。
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存在そのものが消滅する現象。
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転生すら無い。
痕跡も残らない。
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完全なる消滅。
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救済だと思う者もいるだろう。
だからこの事実は地獄で
私のみが知れ、理解できる。
門番と私は想い人が居なくても存在できることも。
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それにしても…
奴は最後まで——愛されていたことに気づけなかったな。
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それが、たまらなく愉快だった。
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「くくっ……ははは……!」
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私は久しぶりに声を出して笑った。
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だが同時に。
少しだけ残念でもあった。
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興味深い玩具が、一つ消えてしまったからだ。
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「まあいい」
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「これからは叫無を楽しむとしよう」
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それから。
どれほどの時間が流れただろうか。
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地獄に時間の概念は薄い。
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だが。
私はずっと待っていた。
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退屈を終わらせてくれる存在を。
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私のいる空間に久方ぶりに足音がした。
足音は私の目の前で止まった。
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「待たせたな」
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私は、自然と笑っていた。
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「約束通り——お前を殺しにきた」




