五章一話「最適解」
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「お前は天才だ」
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幼い頃から、何度もそう言われてきた。
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だが、私はその言葉が好きではなかった。
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なぜなら。
今の自分があるのは、両親と環境のおかげだからだ。
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最適な教育。
最適な教材。
最適な習慣。
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両親は、私に出来る限り最高の環境を与えてくれた。
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だから私は思っていた。
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——期待に応える義務がある。
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そして幸いなことに。
私は、その期待に応えられる能力を持っていた。
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勉強。
運動。
芸術。
人付き合い。
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何をしても、最適解が頭に浮かぶ。
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「こう動けば成功する」
「こう話せば好かれる」
「こう努力すれば最短で結果が出る」
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まるで答えが見えているようだった。
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だが。
私はその才能に甘えなかった。
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努力を怠ったことは一度もない。
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能力を高めることが、苦痛だと思ったことも無かった。
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むしろ楽しかった。
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成長すればするほど、自分の可能性が広がっていくからだ。
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ある日。
家族で夕食を囲んでいた時だった。
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父が、珍しく酒を飲みながら笑った。
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「お前は、頂点に立てる人間だ」
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私は少し驚いた。
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父は滅多に人を褒めない。
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だからこそ、嬉しかった。
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「ありがとうございます」
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そう返しながらも。
内心では、もっと上へ行こうと思っていた。
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その時。
テレビでは、通り魔事件のニュースが流れていた。
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何人もの被害者。
残虐な犯行。
逃走中の犯人。
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だが、その時の私は大して気にしていなかった。
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自分とは関係のない事件だと思っていたからだ。
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——その時までは。
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数日後。
母の誕生日。
久しぶりに家族で食事を取れると思い
楽しみに父の帰りを待った。
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父は帰ってこなかった。
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代わりに来たのは、警察だった。
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「お父様が……通り魔事件に巻き込まれました」
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頭が真っ白になった。
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遺体は、損傷が激しかったらしい。
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私は、その説明を聞いた瞬間。
生まれて初めて“殺意”を抱いた。
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許せない。
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絶対に。
絶対に、この手で見つけ出す。
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父の仇を取る。
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それから私は、さらに努力した。
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表では周囲の期待に応えながら。
裏では復讐のために情報を集め続けた。
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表では
学歴。
実績。
結果。
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全て積み上げた。
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そして私は、日本で最も利益を出している企業へ入社した。
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入社後も、最短で結果を出した。
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営業成績。
企画。
人望。
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全て一位。
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順風満帆。
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誰もが、私の未来を疑わなかった。
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だが。
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犯人だけは見つからなかった。
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私の思考をもってしても、最適解が見えない。
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まるで。
追跡しようとしている者の
思考を読んでいるようだった。
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「感情を読む能力でもあるのか……?」
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そう思うほど、不自然に痕跡が消えていた。
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私の人生で。
唯一、思い通りにならない存在。
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それが、父を殺した犯人だった。
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そして、ある休日。
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私は偶然、裏路地へ入った。
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本当に、何となくだった。
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だが。
その選択が、全てを変えた。
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離れた場所で。
一人の女性が襲われていた。
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男は刃物を握っている。
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その瞬間。
私は即座に警察へ通報した。
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さらに。
気づかれないよう男の顔を撮影する。
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冷静だった。
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まず情報を残す。
生存率を上げる。
それが最適解。
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そして。
私は女性を助けるため、男へ近づいた。
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男は、こちらを見た瞬間。
動きを止めた。
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じっと。
観察するように。
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そして次の瞬間。
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男は突然、女性へ向かって刃物を振り下ろした。
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私は一瞬で理解した。
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——見捨てれば、助かる。
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だが。
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身体は勝手に動いていた。
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「逃げろ!!」
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刃が、深く身体へ突き刺さる。
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熱い。
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いや。
冷たい。
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視界が揺れる。
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だが、女性は逃げられた。
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それで良かった。
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……そう思った。
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男は、不思議そうな顔をしていた。
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まるで。
理解できないものを見るように。
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復讐は果たせなかった。
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頂点にも立てなかった。
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悔いがないと言えば嘘になる。
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だが。
誰かを救えたのなら。
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それも悪くない。
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そう思っていた。
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——その時だった。
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男が突然、逃げた女を追いかけた。
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「待て……!」
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身体が動かない。
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止められない。
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頼む。
逃げ切ってくれ。
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意識が薄れていく。
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男が戻ってきた。
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何かを持っている。
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それを。
私の前へ置いた。
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「——ぁ」
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逃したはずの女性の首だった。
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男は笑う。
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そして。
静かに問いかけてきた。
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「なぁ」
「誰かを守ろうとして——何か意味あったか?」
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その瞬間。
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私の中の“何か”が、崩れ落ちた。
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信念。
善性。
合理性。
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積み上げてきた全てが。
音を立てて壊れていく。
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そして。
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私の意識は、闇へ沈んだ
五章一話 完
五章二話に続く




