【第1章】深緑の迷路
タダ飯100、生存率0。迷い込んだ洋館は、時間泥棒のオーベルジュ。
週末の昼下がり。都会の喧騒から遠く離れた山奥へ向かうワゴン車の中には、いつもと変わらない和やかな……いや、少しだけ緊迫した空気が漂っていた。
運転席の凪は、ハンドルを握る手にぐっと力を込めている。免許を取得してまだ半年。最近は「何かあった時のため」という駿からのスパルタな提案により、無理やりハンドルを握らされているのだ。窓から見える景色を楽しむ余裕はなく、肩には力が入ったままである。
一方、助手席の駿はリラックスしきった様子で、スマホの画面をスクロールしていた。
「うーん、やっぱりアジの三枚おろしは基本だな。まずはここからマスターしないと」
「あのさ、そればっかり見てないで、ちょっとは運転の様子も見てくれよ!」
「大丈夫、凪ならもう十分運転できてるよ。それより俺たち、いつか完璧に魚を捌けるようになりたいよな。海釣りにも挑戦してみたいし」
「そうだね。でも、まずは今回の川釣りを成功させないと」
車内での他愛のないやり取りを遮るように、ダッシュボードのモニターから軽快な電子音が鳴る。
「お二人とも気楽なものですね。釣った魚をワゴンのキッチンで焼いて食べるのがブームなのは結構ですが、僕のナビゲーションに集中してください」
ダッシュボードの中央では、相変わらず生意気な口調のDoyaがモニターに映し出されていた。
ワゴン車が進むにつれ、車窓の景色は次第に「林」から「森」へと変わり、道幅が急激に狭まっていく。舗装された道路の幅が車の車幅とほとんど変わらないほどになり、凪はさらに神経をとがらせた。
「これ本当に合ってるのか? 川に向かってるんだから、普通は山を上るわけないよね?」
「……ジジジ……」
質問に答える直前、スピーカーからかすかにノイズが混じった。
「計算上はルート内です。凪さんが僕の指示を無視して、勝手に脇道に逸れたりしてなければ、の話ですが? やれやれ、これだから若葉マークは信用できませんね」
「んなことするか。そもそもナビなきゃ俺はこんな道、絶対に走れないっての!」
凪が少し語気を強めた瞬間、モニターのDoyaの顔がわずかにブレた。それに合わせるように、GPSの信号も不安定になり始める。
やがて、アスファルトが途切れて湿った土と腐葉土の道へと変わった。両脇に並ぶ杉の木は、まるで空を覆い隠す巨大な檻のように枝を不自然に伸ばしている。昼間であるにもかかわらず、周囲の暗さはライトを点けないと先が見えないほどに落ちていた。
「うあ……。不気味……」
凪が呟くと同時に、風の音がピタリと止み、車のエンジン音だけが異様に大きく響く森の入り口へと差し掛かった。二人は引き返すタイミングを逸したまま、さらに深い緑の闇へと進んでいくのだった。




