「賢いナンシーが夢を叶えてくれた話」
ボク、リビングデッドになって生きるくらいなら、死んだ方がマシだ!
神様、神様、お願い、助けて! ボクの街はすぐそこだし、お母さんがボクの帰りを待ってるんだ。なのに、こんなところでリビングデッドになりたくないよ!
どうして皆んな、ボクを置いて行っちゃったんだろ……「くちべらしぐみはここにいて」って言われたけど、どういう意味だったのかな?
皆んなを待ってるうちに夜になっちゃった。でもロッカーに隠れたから、きっとリビングデッドに見つからないよね?
だから神様、お願い、助けて。ボク、ずっと動くのがまんして、いい子にしてるんだ。
こわいのも、息が震えるのも、がんばってこらえてるけど――。
「おーい、兄貴ー! いたら返事してくれえー!」
急に声が聞こえて、ビクって身体が震えちゃった。
あれ? ひょっとして、ロッカーの外に……無事な人がきたのかも?
「や〜は〜、大丈夫だぁ! 俺は生きてるぜぇ〜!」
ゾッとして、また身体が大きくビクって震えちゃった。
今のしゃべり方……なんか不気味で、気持ち悪い。
どうしよう、お外はまだ危険かも。ロッカーの中で、大人しくしなきゃ。
「兄貴ー! いやー、あっはっは……まーったく心配かけないでくださいっすよー! でもでも、ご無事で何よりっす! 信じてたっすよ、あんたなら死ぬことはないって――」
「待てマルク……様子がおかしい……」
誰か声の低い人が待てって言って、ヒソヒソとおしゃべり始めたみたい。
外のことが気になるし、ロッカーの扉に、そっと耳を当ててみよ……。
カチリ――急にこわい音が聞こえて、鳥肌が立った。
多分、銃だ。銃が撃てるように準備する音っぽく聞こえた。
「……なあ兄貴。ひとつ、先に答えてくれねえか?」
声の低い人が、すごく真面目に質問してる。
「や〜は〜、大丈夫だぁ! 俺は生きてるぜぇ〜!」
「あんた……リビングデッドに噛まれてねえだろうな?」
「や〜は〜、大丈夫だぁ! 俺は生きてるぜぇ〜!」
それを聞いて、ボクはバレないようにつばを飲みこんだ。
「ややややややややややははははははははははぁ、大大大大大大丈丈丈丈丈丈夫夫夫だだだだだぁ! おおおおおおおおおれは生きてるぜぇえええええええ!」
き……気持ち悪い。不気味な声が、どんどんめちゃくちゃになっていく。
あれ、人間じゃない。人間そっくりにおしゃべりできる、ゾンビがいるんだ。
とたんに外にいる二人が、ヒソヒソと内緒話を始めた。
「……マルク、諦めろ。アレはもう駄目だ」
「お、おい、待てよロジオン! お前……冗談とゾンビの区別もつかねえのかよ!?」
「それはこっちの台詞だ! あれがゾンビじゃねえなら、ただの化け物だ! アイツは助からねえ。覚悟を決めろ」
急に床を這いずる音が、大きくなった。
何か、こわいものが、どんどん動いてる。
「マルク、お前も銃を構えろ! ……マルクッ!」
「け、けど……うわああああああああああっ!」
ロッカーの外から、すごい音が聞こえる。
暴れる音。銃の音。服が引き裂かれる音。
ボクは耳をふさいだ。もうやめて。たえられない。
あの人を助けて。外で何が起きてるのか、考えたくない。
「ウワアアアアアアアアアアアアアッ! 兄貴、いっ、嫌だ、やめてくれッ! 俺、ゾンビになりたくねえッ! 俺、ゾンビに――」
銃が鳴った。ボクは悲鳴をこらえた。
だって、あの人、死んじゃったんだ。
「や〜は〜、大丈夫だぁ! 俺は生き、でッ――」
銃が鳴った。ボクは涙をこらえた。
だって、あの化け物も、死んじゃったんだ。
外はすっかり静かになった。
誰かが、ふうって、ため息をついたのが聞こえた。
ボクはちょっとホッとした。ひょっとして、もうこわいことは終わったかも?
大丈夫、間違いないよ! いまごろ神様も「もう外は安全だよ」って言ってるよ!
「あ、あのっ……助けてください!」
思いきってロッカーを飛び出した。
ロッカーの外は真夜中だ。でも懐中電灯の光が、道標みたいに輝いて見える!
「……え……?」
懐中電灯がボクに向けられた。まぶしくて、目の前が真っ白になって、何も見えない。
でも、そんな――あり得ない。
「や〜は〜、大丈夫だぁ! 俺は生きてるぜぇ〜!」
なんで? なんで? どうしてこんな声が聞こえるの?
だって、ロッカーの外には、化け物みたいなゾンビが死んでるはずだ。ゾンビに噛まれたひとも死んでるはずだ。それで、ひとりだけ無事なひとが、生き残ってるはずなんだ。
だんだん目が慣れてきて、ボクは震えながら、がんばって逃げだそうとした。
「たっ、たすけ――」
三つある頭のひとつが飛び出して、ボクの首に噛みついた。
「かっ……!」
息ができない。動けない。飛んできた頭に、マフラーごと喉を噛まれてる。そのまますごい力で持ち上げれられて、ボクの足が地面を離れていく。
ボクの目の前にいたのは、頭が縦に三つ並んだ、化け物だった。
飛び出してきた頭には、丸出しになった背骨が、ズラッとつながってる。どんなに叩いても、足をジタバタさせても、ぜんぜんボクの首を放してくれない。
化け物の本体が見える。胴体はもうめちゃくちゃだ。
ブヨブヨにふくらんだ胴体に、手足がたくさんくっついて、とがった骨が好き勝手に突き出てる。それが床を這いずって、一生懸命こっちに来てる。
「や〜は〜、大丈夫だぁ! 俺は生きてるぜぇ〜!」
「兄貴ー! いやー、あんたなら死ぬことはないって、信じてたっす!」
上と下の頭が、ニヤニヤ笑いながら口を動かしてる。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い化け物が近づいてくる。
あれって、ロッカーの外で三人がおしゃべりしてたんじゃなかったんだ。ぜんぶ、ボクの勘違いだった。
三つの頭が、三つのおしゃべりを繰り返して、人間をおびき寄せてたんだ!
「……あっ……」
ボクの上に、化け物がのしかかってきた。
縦に並んだ三つの頭が、うれしそうに笑って、ボクのほっぺたにヨダレをたらしてる。
「……なあ、ひとつ、先に答えてくれねえか?」
真ん中の頭が、さっきと同じこと、ボクにも訊いてきた。
「あんた……リビングデッドに噛まれてねえだろうな?」
当たり前だよ、ボク、リビングデッドに噛まれたことなんて――。
こわくてこわくて「助けて」っていっぱい叫んだ。でも、たくさんの腕に押さえつけられて、動けない、逃げられない!
やめて、こわい、マフラーも、手袋も、服も食い破られてる! 手も、足も、わきばらも、ボクの身体が、全部、全部、噛まれてる!
でも、なんでかな……助けて、助けてって叫んでるうちに、
助けてくれてありがとうって、泣きながら叫んでた。
「あ、ああっ……あひ……あっ、あり、が、どぉ! た、たたたすけて、くれ、て! あ、グッ! あっ、あい、がっ、とお、おっ、ご、ざ、い、ま、あ、あっ、ああっ、あっ、ああああああああっはっはっはっは! あっはははははははははははははははは!」
よかった。よかった。これでもう安心だ!
だって、噛まれれば噛まれるほど、頭の中に何かが入ってくる。ボクの頭が、賢い知識で、どんどん塗り潰されていく。賢くなるのって、すっごく安心だ!
なーんだ! あの化け物をこわがるのって、ぜんぶ間違いだったんだ!
ありがとう、ナンシー! ナンシーって、すっごく賢いんだね!
色々教えてくれて助かったよ! ボク、ナンシーの『仲間』を、気持ち悪いって言っちゃってゴメンね。頭をくっつければ、兄弟三人、いつもいっしょに暮らせるから安心なんだね!
いいなあ、いいなあ。ナンシーに夢を叶えてもらえて、うらやましいなあ。
え? ボクも夢を叶えてくれるの? いいの? やったー!
よかったー、うれしいなーって思ってると、急に息ができなくなった。
ボク、賢いから、これから心臓も止まるって知ってるんだ。
でも、ぜんぜんこわくないよ。だってボクも『仲間』になるための準備だもん。
***
「……じゃあ……なん、しー……おね、がい……」
あれから何時間たったのかな。ようやく目が開けられると、朝になってた。
いつの間にか、ホコリだらけのガレキの上で寝てたんだ。
起きあがってみると、ボクを噛んでくれた『仲間』が近くで寝てる。「兄弟三人、いつもいっしょに暮らしたい」って夢を叶えた、かっこいい身体だ。
ボクもこれから、ナンシーに夢を叶えてもらうんだ。
気分もいいし、すがすがしい朝だなあ。
なのに……おかしいな。バカみたいに涙が止まんない。
ボク、賢いから、わかっちゃった。もうお母さんには、二度と会えないんだ。
ボク、賢いから、わかっちゃった。もうおうちには、二度と帰れないんだ。
ボク、賢いから――「口減らし組」の意味が、わかっちゃった。
あーあ、意味がわかると、なんか笑っちゃうな。
おかしくって泣けてきた。でもナンシーなら、ボクの夢を叶えてくれるんだ。
「あはっ……あははははっ……ねえ、ナンシー……ボク……リビング、デッド、に、なって……いきる、くらい……な、ら……」
泣きながら、笑いながら、両手で自分の首を絞めてみた。
でも、賢いナンシーは、賢いアイディアを、すぐに思いついてくれた。
「……死んだ、ほうが……マシ……」
プツリ――ラジオが切り替わるみたいに、ボクは、全部、ナンシーに乗っ取られた。
***
気がつくと、ボクはぼんやりと他人事みたいに、自分の身体を眺めてた。
ボクの身体を使ってるリビングデッドって、頭に真っ黒なお花が咲いてる。
変な頭だな。でももう、どうでもいいや。だってボク、見てるだけでいいんだもん。
「……しん、だ……ほ……が……しん……だ……ほう……が……」
あのリビングデッド、ずっとボクと同じこと言ってる。ずっとひとりで泣いてる。ずっとひとりで苦しんでる。
他の『仲間』にフラフラ近寄って、首に下がってるドッグタグをむしり取って、自分のポッケに集めてる。
なんであんなことしてるのかな? でもあれは、もうボクじゃない。だからボクは、もう知らない。ボクにはもう、関係ない。
賢い寄生虫が、ボクの夢を叶えてくれた。ボクは最高にしあわせだ。