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注:オレは人のココロを操るゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
第一章 消息代理人という旅人は、真逆で矛盾にできている
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第七話 寄生虫の特効薬・1

 シーン七は、いよいよ後半パートのクライマックス。

 リオという旅人の少女が、とある研究者を連れて来るが、その者は、リビングデッドの治療薬を開発中であった。

 ラウルくんは被験体の第一号に選ばれ、治療薬を受け入れる……そこからリハーサルを始めようではないか。

 運転席にいるエイダンは、道端に車を停止させると、振り向いて車内に笑顔を見せてきた。

「それじゃ三時頃(おやつどき)だし、休憩にしよっか。ぼくは車に油を食わせてくるよ!」

 オレは黒のレインコートを手に取り、エイダンに続いて車を降りた。


 ――バタンッ!


 空を見上げてみれば、午前中に降り出した大雨は、今は霧雨に変わっていた。


 北コーカサスという地方は、本当に矛盾した風景ばかりが続いている。

 視線を下げればーー近くには生まれたての草原が、瑞々(みずみず)しい緑を芽吹かせている。

 だが顔を上げればーー遠く霧の向こうには、雪に閉ざされた山脈が、クレバスの奥底から、荒々しい岩肌を露出させていた。


 そんな矛盾した景色を眺めていると、エイダンが車のバックドアに掛かったはしごを登っていく、軽快な音が聞こえてくる。彼はルーフラックから、油の携行缶を降ろしてくるようだ。

「あれ? 米沢、手伝いはいりませんよ。これくらい、ひとりでできますから!」

「……」

「あははっ! さすがに無視はひどいなあ!」

「いえ……あなたは、オレに用がないでしょうけど……オレは少し、訊きたいことが……」

「ぼくに訊きたいこと?」

「……まあ……」


 軽く車に寄りかかり、となりで給油を始めた人物に、何気なく問いかけてみた。

「見ていて、かなり気になりますよ。なぜあなたは、親友を監禁しておきながら……平気な顔していられるんだ……そう疑問に思うのが、普通かと」

 逃げ道を塞ぐためにも、あえてこの話題に、直接切り込んでみた。


 だが案の定、彼は給油のために手元に目を落としたままだ。意味がわからないと言いたげに、軽やかに微笑んでいる。

「……違いますよ、米沢! どうしてそんなこと言うんですか?」

「あなたを見ていれば、誰だって同じことを思いますよ。どうにもあなたは、親友を自宅に監禁しておきながら、申し訳ないとは、みじんも思っていないようだ。……そうですよね?」

 そうはっきりと告げると、エイダンは返す言葉に詰まっているようだった。

 車が油を食う音が、トクトクと、リズミカルに鳴っている。


 そのとき風が吹き――霧雨が、弱く、レインコートの横っ面を叩いてきた。


「ふふっ……まあ、ぼくなりの……愛情表現、なのかな?」

 エイダンを見ると――彼は吹き抜ける風を浴び、空を見上げていた。

 濡鴉(ぬれがらす)のような青髪は、水滴を弾いて、(つや)やかに輝いている。彼はレインコートも羽織らず、気持ちよさそうに霧雨を受け留めている。


「……本当にそうですか? もし仮に、少しでも愛情があったなら……ラウルから自由を奪うなんて、普通は思いとどまれたはずですよ」

「はははっ! 米沢、そんな()()()()()()こと、大真面目に言ってるんですか?」

 空を見上げていたエイダンは、横目にオレを見ると――薄っすらと、微笑んだ。


「だってぼくたち……親友ですよ?」


 だから何だって言うんだ? 腹が立つくらい、意味がわからない。


 やっぱりあれは、もう手遅れだと言わざるを得ない。

 ラウルの人間性を踏み(にじ)っておきながら、まったく罪悪感がないときた。罪悪感がないから、恐らくみじんも反省していないだろう。そうなれば、再犯のリスクが非常に高い。害虫がああなってしまうと、助けようにも絶望的だ。

 ラウルには悪いが、あれはもう早急に駆除するしか――。


 ――なあ、頼むよ。

 ――エイダンを、助けてくれ。


「……」


 わからない。どうしてラウルは、あんな奴を助けろと頼んできたんだ?

 もうあれは、手の施しようが()()()()ない。


 それでも一応――頼みは引き受けてしまった。

 手の施しようがあるうちは、早々に見限ることはできない。義理にもとる行為は、オレにとって甚大(じんだい)な命令違反に当たる。


 色々と探りを入れていくしかない。少し、挑発する疑問を投げてみよう。

「あなた方は……本当に、親友なんですか?」

「あははっ! そんなの、当然じゃないですか! だって、ぼくもラウルも……」


 エイダンは再び空を見上げ、熱を込めて、必死に語り始めた。


「ラウルって……ぼくが十歳のとき、イヴァノフに引っ越してきたんです。ラウルの本当の両親が亡くなって。あいつの親戚夫婦が、新しい両親になるって言って……」

 ということは、二人は別に、幼馴染というわけでもないのか。

「そしたら! 偶然ぼくたち、家もとなり同士だったし、年も一緒だったし、すぐに親友になったんですよ!」

 親友――そのワードを口にした瞬間、彼は興奮のボルテージを上げた。

「好きなことも、嫌いなことも、学校のことも、家族のことも……それこそ! 全部の秘密を絶対共有できる、唯一の相手って言えばいいかな? ははっ!」


 ただ、エイダンは急に目を伏せると――深く、ため息をついた。


「でも、たまに、すごく嫌になるんです……何で誰もぼくのこと、()()()()()()()()のかなって……だから、せめてラウルだけでも、ぼくのこと()()()()ほしくて……」


 オレは思わず――眉をひそめた。

 彼にとってラウルは、すべての秘密を共有できる、唯一の相手なんだろう? そんな親友がいながら、「誰も自分のことを()()()()()()()()」と言いだすのか?

 彼は一体、何を()()()()()()と言っているんだ?


 オレが戸惑っていると、エイダンは畳みかけるように自分の話を始めた。

「ははっ、米沢、知ってますか? ぼくの家のセーフ・ルームって、本当にすごいんだ!」


 そう語った瞬間、エイダンが使いこなしている微笑みに、亀裂が走った。


「あの地下室で二人きりになって、コツコツと()()を続ければ、いつか必ず、誰だってぼくのこと()()()()()()()んですよ! 人間よくよく話し合えば、必ず()()()()()()()ってことを証明してくれる、最高の地下室なんだ!」


 彼の擬態が破れ、本性が現れ、熱病に浮かされたような強烈な笑みが晒された。

 あの笑顔こそ、彼の素顔なんだろう。

 ただ――言っていることも、やっていることも、むちゃくちゃだ。

 あまりに支離滅裂すぎて、何を言っているんだか、さっぱりわからない。

 それでも彼は、本気らしい。彼はそんな意味不明な動機で、親友と呼んでいる相手から、半年近く、自由を奪い続けたんだ。


「エイダン……なぜそんなことを……」

 つい素直な疑問をこぼしてしまった。

 だが彼は、恍惚(こうこつ)とした表情で、ひたすら言葉を繰り出してくる。

「なんで? 今、『なんで』って言いましたか? ふふっ、あははは! やっぱりラウル以外って、皆んなそうやって()()()()()()こと言って、ちっともぼくのこと、()()()()()()()()んですね! あっはははははははは!」


 エイダンはゲラゲラ笑いながら、止めどなく熱弁している。


「でもラウルは! ぼくのために! 飛行機模型を壊してくれたんだ! ぼくのこと知ろうとしてくれた、唯一の親友だ! あははっ、だからラウルには、もっともっと、ぼくのこと()()()()()()()んです! それと同じで、きっとラウルも、もっともっとぼくのこと()()()()()って、心から望んでるはずだ!」


 オレは見ていて、ムカムカと、腹の底に不快感が溜まっていくのを感じた。


 彼は本当に、楽しそうだ。彼は本当に、嬉しそうだ。

 ただ――傷口に群がる蛆虫(うじむし)と、同じような(よろこ)び方だ。


 あれは友情ではない、搾取(さくしゅ)だ。

 あれは(きずな)ではない、寄生だ。

 笑顔で他人の善意を(むさぼ)り喰う有様は、見ているだけで――吐き気がする。


 だがオレは――あの害虫を、助けなければならない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰が何を言っているのかかがとてもわかりやすくていいです! また登場人物の個性がしっかりとしているところも魅力的でとてもいいです! [気になる点] 少し文章が短いかも? [一言] ずっと応援…
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