↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
注:オレは人のココロを操るゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
第一章 消息代理人という旅人は、真逆で矛盾にできている
40/65

第六話 本音で本当のことしか言えない即興劇・1

 この舞台に立つ役者は、本音で本当のことを言うしかないようだ。

 そうでなければ、「これは真に迫る演者の演技だ」という建前が、破綻する。

 作戦を決行する日が来た。夜明けがくる前に、行動開始だ。


 街の表通りに踏み出したとき、オレはふと顔を上げた。

 雲ひとつない西の空には、まだ満天の星が輝いている。気温十二度の空気はほどよく乾いており、春北風(はるならい)の冷気がおだやかに流れている。まさに、絶好の擬態日和だ。


 オレたちは早朝に宿をチェックアウトすると、トカレフ家の裏口を訪問した。

 ガレージのシャッターが開いた瞬間、オレのとなりで眠そうに目をこすっていたリオが――ハッと目を開いた。


「わあっ……エイダン、これって油を食わせたら、まだ動くんだよね?」


 リオは居ても立っても居られなくなったか、ガレージの中へ飛びこんでいく。

 あの子がラジオ以外で、あんなに目を輝かせて興奮するのも珍しいな。


 かつて人類には、これを大量生産・大量消費する技術があったと聞いている。ただし今となっては、誰も真似たものを作れない代物だ。そんな希少な生き残りが、今、ここに健在している。

 まあ……ベッケンバウアーにとっては、大して目を引くものじゃないようだ。博士はさっさとガレージの片隅に引っ込むと、我関(われかん)せずといった顔して聖書を開いてしまった。


 するとエイダンが、車のバックドアから荷物を運びこみながら、爽やかに笑った。

「ははっ、もちろんだよリオちゃん! まだまだこいつは現役さ。ついこないだ分解洗浄(オーバーホール)したばっかりだから、エンジンの調子もいいはずさ!」


 オレもこのまま入り口で立ちぼうけているのは、一生に一度のチャンスをフイにしているような気がしてきた。

 せめてリオのあとに続いて、車を眺めておこう。


「ねえねえエイダンさん、これ、すっごい中が広いですね! さてはこれ、ミニバンですね!?」

「ははっ、その推理、惜しいね! 正解はそのひとつ上の、バン車だよ!」

「ばんしゃ……?」

「そうさ、リオちゃんは聞いたことない? むしろミニバンって、バン車より小さいから、ミニバンって呼ばれてるんだ!」

「えっ……? そ、それって、つまり……」

 リオはよろよろと、二、三歩、後ずさっていく。


「ミニバンに……さらに……上の車がいたのっ!?」


 その瞬間、リオは興奮がピークに達したのか、黄色い歓声をあげて跳ね回った。

 ミニバンといえば、リオが常日頃「旅の相棒にするならこれ!」と力説している車だ。

 ところがリオは、今まで理想だと思い込んでいた車を、さらに超える存在と対面してしまった。あのまま失神するのではと心配になるほど、興奮が爆発しているようだ。


 オレはオレで、窓ガラスから車内をのぞいてみた。

 荷運びに特化した設計のようだ。あれだけ荷室が広ければ、数人くらいは車内で寝泊まりができそうだな。

 ただ、群青色の塗装には、いたるところに錆びや剥がれが目立っている。かなり年代物らしい。


 それ以外の見どころは……特に見当たらない。

 リオがあんなに熱狂しているのを横目に見ていると、少し寂しいな。

 動く車を目にする機会なんて、人生に一度あるかないか――それは頭でわかっている。だからオレも、実物を見れば、リオと同じくらい興奮できるものだと期待していた。

 ただ――オレはあまり、自分の感情が動いたようには感じない。


 そのときエイダンが、おもむろに運転席のドアを開いた。

 リオを横目に見て、

「試しに、エンジンをかけてみましょうか?」

 と悪戯っぽくウインクしている。

「ぜ、ぜひっ! ぜひお願いしますっ!」

「ははっ、オッケー!」


 エイダンが鍵を回すと――瞬時に車は目を醒まし、唸(うな)り声を上げた。


 空気が力強く振動している。その衝撃が全身に伝わってくる。

 それを体感した瞬間――胸に何か、こみ上げてくるのを感じた。


 自分の心臓の音が聞こえる。自分の感情が動いている。

 オレは今、車が目を醒ます瞬間に立ち会えて――胸が熱くなっている。


 よかった。オレにも、リオと同じ、熱い感情があったんだ。

 何かを好きになったり、憧れたり、興奮したり……あの子の胸の中で燃えている情熱は、オレにも少し、あったんだ。


 ただ、エイダンがエンジンを切るなり――胸の中に感じた火種は、嘘のように消えてしまった。


 少し寂しいものだが、オレは苦笑いしつつエイダンを見やった。

「……すごいですね。本当にエイダンは、『自動車調律師(インク・ベンダー)』の家系なんですね……」

「まあね! ふふっ、米沢も、こんな狭い街に『自動車調律師(インク・ベンダー)』がいるなんて、信じられなかったかな?」

「……」

「あははっ! その顔、さては図星だね!?」

 エイダンはそう言って笑いながら、また荷物の詰め込みに戻っていった。

 彼の後ろ姿をよく見てみたが、何度見ても、彼の青シャツにもジーンズにも、汚れはひとつも見当たらない。


 オレが信じられないのは、むしろエイダンの服装の方だ。

 自動車調律師(インク・ベンダー)は「握手するときは気をつけろ」と言われるほど、服が汚れていると聞いていた。だが、彼の清潔さは、オレが聞いていた話とは真逆だ。


 何せ彼の家業は、誰もが苦笑(くしょう)と苦情(くじょう)をこめて「自動車調律師(インク・ベンダー)」と呼んでいる。

 彼らは職業柄、仕事着がオイルまみれになりやすく、何度注意しても、あちらこちらに黒い汚れを振りまいて歩く――と聞いていた。


 ただ、エイダンの清潔感は――自動車調律師(インク・ベンダー)には見えないほど、徹底した汚れへの嫌悪感を感じる。


***


「やあラウル、今日の調子はどうかな? ははっ、そろそろ出発の支度を始めよっか!」

 エイダンは地下室の鍵を開けると、暗闇に向けて気さくに挨拶した。


 ロウソクに火が灯り、ようやくオレにもセーフ・ルームの中が見えてきた。

 暗闇に幽閉されていたラウルは、ぐったりと頭をベッドに預けて、床にへたり込んでいた。今日はずいぶん調子が悪そうだ。


「エイ、ダン……こないで、くれ……手錠、外すの、は、その米沢って、奴、に……」

 ラウルは弱々しい声で警告しているが、当のエイダンは、相変わらず無責任に笑ったままだ。燭台(しょくだい)をベッドに置くと、何の気なしといった調子で、ラウルから手錠を外そうとしている。

「ははっ、ラウル、さては怖い夢でも見てたんだね? 早く起きてくれ、お寝坊さん! ぼくが夢の中で、君に何かひどいことでもしてたのかな? ふふっ、あっははははは!」

 そのからかい方には、思わず耳を疑った。


 オレはエイダンのそばで状況を注視していたが……彼は、親友をこんな暗闇に閉じ込めておいて、罪悪感がみじんもないのか?


「ちがっ……本当、お前の匂いって……今、すっげえ……つれえんだ……」


 荒く息をつくラウルの口から、ダラリと唾液がこぼれた。

 マズいな。ヘレン型は、ただでさえ鼻が鋭い。彼の目の前にいるのは、マフラーさえ巻いていない無防備な人間だ。

 リビングデッドにとって、この匂いは相当しんどい。空腹を刺激し、本能を暴走させる、御馳走の匂いが目の前に――。


「頼む、エイ、ダン……はや、く、俺、から……」


 ――カチン。


 手錠のカギが、外れた。同時に、ラウルが、飛び出した。


「エイダン、下がってろ!」

 オレはとっさにエイダンを突き飛ばした。

 二人の間に割って入り、ラウルにオレの腕を噛ませ、そのまま強引に押し込む形で床にねじ伏せた。


「ら、ラウル!? 米沢、ラウルに何するんだ!」

「エイダン、今はそこを動くな! 安心しろ、殺しはしない」

 オレが取り押さえたラウルは、必死に唸(うな)り、もがき、オレの上着を噛み千切る勢いで歯を立てている。

 とんでもない馬鹿力だ。オレが少しずつ押し負けている。

 だが、彼は今、強烈な匂いに苦しんでいるはずだ。気が狂いそうなほどの飢餓に苦しもうと、たちまち食欲が失せる、天敵の匂いだ。


 辛抱強く取り押さえていると、唸(うな)り声は少しずつしぼんでいき……沈黙が、流れた。


 オレはラウルを組み敷いたまま、ゆっくりと口を開いた。

「……ラウル、オレの血には、ナンシー型の病原体が無数に漂っている。君が噛めば、君はもうヘレンの『おともだち』じゃなくなる。めでたくナンシーの『仲間』入りだ」

 そう告げるうちに、ラウルの呼吸は、だんだん落ち着きを取り戻していった。


 ……そろそろ平気だ。もう暴れる心配はないだろう。

 オレは自分の首から桜柄のマフラーを脱ぎ、彼に貸すことにした。

「ラウル、車での移動中は、これを君に貸しておく。オレの匂いがベッタリと染みついたマフラーだ。君が首に巻いていれば、いい具合に食欲も失せるはずだ」


 試しに、ゆっくりとラウルの口から、腕を離してみた。

 彼は嫌そうな顔を見せると、目を逸らしてしまった。どうやら興奮も醒めきって、正気に戻ってくれたようだ。

「おう、ありがとよ、米沢。何も食う気になれねえくらい、ひでえ匂いがするマフラーだ。……うわっ、巻いてみると、マジで吐き気がするな」

 ラウルはそう言ってマフラーを何重にも巻くと、鼻元まで深く隠してくれた。

 あのマフラーは、かなり厚手にできている。顔が半分隠れる形で巻いていれば、周囲の匂いはだいぶ遮断できるはずだ。


 ラウルは立ち上がると、オレと同じくらい背丈があった。

 かなり体格に恵まれた相手だ。次また何かあったとき、オレひとりで取り押さえるのは、難しいかもしれない。


 エイダンはオレに突き飛ばされたあと、うしろでぼんやりと座りこんでいた。ただ、彼は慌てて立ち上がると、ラウルを見上げて、感激した面持ちに変わった。

「ラウル……ラウル! あははっ、ぼくにずっと黙ってたなんて、ひどいじゃないか!」

 エイダンはそのまま、希望に満ちた熱いハグでラウルを歓迎している。

「おかえり、ラウル! また君と話ができるなんて、夢みたいだ! ……ありがとう、米沢。もうラウルとは二度と話せないって思ってたから、まるで死んだ親友が帰ってきたみたいだ!」

 その前向きすぎる反応に、大柄なラウルは、見かねた様子で頭をかいている。

「あのよう、エイダン……俺はもう死体みたいなもんだろ。死んだ親友が死んだまま帰ってきたんだ。まずはそのこと、目一杯嘆いてくれ」

「あっははは! 変わらないね、変わらないね!」

 エイダンはそう言って、堅く抱擁(ほうよう)したまま嬉しそうにラウルの肩を叩いている。

「そうだ! 君の新しい手袋を持ってこなきゃ。……ラウル、生爪が剥がれるまでコンクリートを引っかくから、手袋がすっかり駄目になったじゃないか。君の手って大きいから、なかなかいいサイズが見つからなくて苦労したんだよ!」

「おう、悪いな」

 ラウルがぶっきらぼうに返すと、エイダンは待ちきれないとばかりに部屋を飛び出していった。


「なあラウル! 色は黒でよかったかな?」

「別に……手袋なんて、何色でもいいだろ」

「ははっ、本当かな? じゃあ次は、ショッキングピンクの手袋を見つけなきゃ!」

「おーいエイダン、冗談でもそいつは勘弁してくれ。普通の色で頼む」

「わかった! 普通のショッキングピンクを見つけておくよ!」

「テメエ……言ったな? できるもんならやってみろ。俺の手に合うサイズで、『普通のショッキングピンク』なんてむちゃくちゃなもんが見つかるんだか、見ものだぜ」


 それは、はたから見ていると、不気味なくらい平和な光景だった。

 監禁事件の加害者と被害者が、和気あいあいと談笑している。気味が悪いほど、二人はのんきに笑っている。


 オレはベッドに置かれた燭台(しょくだい)を取ると、ラウルに率直な疑問を投げてみた。

「……お二人は、どういったご関係で?」

「はあ? そんなの見りゃわかるだろ。ただの幼馴染っていうか……まあ……」

 ラウルは癖毛な栗毛を強くかくと、目を逸らし、ボソッと小声で打ち明けてきた。


「俺の親友だ」


 それは、どう反応すべきなのか、わからない言葉だった。

 「答えになっていない答えだ」と言いたいところだが、ラウルの顔を見て、少し思いとどまった。彼は嘘や冗談で言っているわけじゃないらしい。


 オレたちはそのままセーフ・ルームを出て、階段前の踊り場まで戻ってきた。

「……普通は半年も監禁されたら、少しは不信感とか怒りを抱くものかと……」

「あー、まあ……そういやそうかもしれねえのか?」

 ラウルは、同意なのか否定なのかよくわからないことを言い残すと、この話題を避けたいのか、露骨にさっさと階段へ逃げていく。

 彼がポケットに手を突っ込むとき――生爪がすべて剥がれた、指先が見えた。


 その傷跡を見て――寒気を感じた。


「ラウル、君にはちゃんと伝えたはずだ。エイダンは、君がリビングデッドだと気づく以前から、君を地下室に――」

「おう、それくらい最初から知ってらあ。あいつのことだ、またデカいことやらかすだろうって、なんとなく読めてたぜ……まあでも、この程度で済んじまったのは、ちょっと予想外だったな。へへっ、だって誰も死んでねえんだろ?」


 その返答には、返す言葉が見当たらず、絶句した。

 彼はそんなことを、冗談めかした半笑いで話していた。


 まさか彼は、この一件を水に流して、そのまま平凡な日々に戻るつもりなのか?

 しかもエイダンを親友だと呼んで、これからも変わらず接していくのか?

 そんな常軌(じょうき)を逸した異(・)常(・)な(・)変(・)化(・)を、彼は平然と受け入れていくのか?


「……ラウル……どうして君はーー」

「どうしてもこうしても、まあ、俺はもう、ずいぶん前から、この手のことじゃ驚かねえって決めてんだ。両親をあいつに殺された日からーー俺があいつを背負って歩くって」

「両親をーー殺された?」

「おう。一応、表向きは事故で、ゾンビに噛まれたってことになってるけどよ……俺の両親、あいつに殺されたんだ。ゾンビに噛まれたのは、そのあとだ」


 まさか、まさかとは思うが、

 「今回は誰も死んでいなくて予想外だった」と言っていたのは、

 前回は、彼(・)の(・)両(・)親(・)が(・)死(・)ん(・)で(・)い(・)る(・)と(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)な(・)の(・)か(・)?


 ラウルは階段を登りつめて朝日に照らされると、眩しそうに目を細めている。

 彼にとっては、地下室から解放され、半(・)年(・)ぶ(・)り(・)に(・)拝(・)む(・)、地上の光なはずだ。


 ただ、ラウルは地上に出て、晴れて自由の身を取り戻すなり――のんきに大あくびした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。