第五話 北北西を東に取れ・3
「あっはははは、皆んな、そんな心配することないさ! だってラウルは、護送中のリビングデッドだって言えばいいじゃないですか!」
エイダンはそう言って、希望に満ちた笑顔をオレたちに振りまいている。
「ぼくたちは、新種かもしれないリビングデッドを捕まえたことにしよう。それをこれから、研究施設に送るんだ! だから生きたまま護送しなきゃ駄目だって話せば――」
「フフっ、フフフ……フハハハハハハハ!」
高笑いをあげたのはベッケンバウアーだった。
「ハァ……素晴らしい、実に浅はかで興味深い……」
博士は小首をかしげ、ギョロリとエイダンを睨めつけた。
「ウフフ、どうにも君の目的はぁ、我々に持ちかけた依頼をしくじらせることであったとはねぇ……であればぁ、私も専門家として何も言うまい……いやはや、お見事! こうも不自然な偽装身分も、なかなか思いつくまい……」
安楽椅子を揺らしているベッケンバウアーは、そう言ってため息を聞かせた。
「もうお忘れかねぇ? 今回のお相手は、世界有数の研究都市、ニューケンブリッジ。そこへ被験体を護送するのであれば、マァ、筋は通るがぁ……ニューケンブリッジを素通りし、研究目的のリビングデッドをどこかへ護送するぅ? フッ……とても正気とは思えないねぇ……」
博士は左手をちょいと掲げると、専門家気取りに代案を示しだした。
「なぁに、人間がリビングデッドを活用した事例は、何も研究目的だけではなぁい。視野を広く持ちたまえ。ラウルくんは、サーカスに出演させるリビングデッドであると説明すればいい。いつの時代も、そういった悪趣味なスリルにはぁ、少なからず需要があるものさぁ……」
「それはちょっと……イヴァノフの街人として、聞き捨てならないわね!」
怒りの声をあげたのは、ニーナだった。
彼女はベッドから這い出ると、部屋の中央に登壇した。
「皆んな! 私のポシェット、ここをちょっと見てくれる? これ、七年前に配布された運動バッジ。このエリアに属する街はね、少し厳しい協定を結んでるの!」
ニーナは肩にかけている革製のポシェットを、グルリと前に持ってきた。
そこに着けられている缶バッジを、全員に示し見せている。
「『コーコフを忘れるな』……七年前、サーカス団のリビングデッドが、管理側の不手際で脱走して、コーコフって街を壊滅させた悲惨な事件があったの。だから私たちのエリアでは、リビングデッドを見世物に使おうって話は、御法度よッ!」
だがベッケンバウアーは、棒付きキャンディを舌先でチロチロと舐めながら、皮肉っぽく鼻で笑っている。
「フフっ、かなり昔の事件だろう? マァ、エリア外にいるサーカス団への護送であるからしてぇ、その手の運動とは無関係であると主張すればぁ――」
「なら、こうしましょうか。依頼人本人の意見として、その案は却下させて。理由は二つ。私自身が嫌だからっていうのと、そもそもそんな言い訳、通用しないからよ!」
ニーナはメガネを押し上げると――大人相手に物怖じすることなく、堂々と反論を突きつけた。
「この運動が浸透する前はね、『どれだけ危険なリビングデッドでも、一応、サーカス側の財産。他人が勝手に傷つけちゃ駄目』って言い分が通ったそうよ。だからニューケンブリッジの検問も、渋々、サーカス団のリビングデッドを、通してあげたみたい」
だがニーナの話を聞くに、それはもう過去の話なんだろう。
「でも、『メメント・コーコフ』の運動が始まってからは、もう駄目よ。『リビングデッドは、人類共通の敵。そのことを、絶対、忘れちゃ駄目。誰かの所有物だから傷つけないで、なんて言い分は通らない』って風潮に、変わったの!」
以上、証明終了だ。登壇者ニーナによる、実に素晴らしい反論だった。
はた目にも明らかに、ベッケンバウアーの案は論破された。
「……ふぅ……」
博士は涼しげにため息をついては、さらりと前髪をかき上げた。
「であればぁ……お好きにどうぞぉ?」
そう言った瞬間、あいつは棒付きキャンディを――バキリと噛み砕いた。
オレはマフラーを下げてみた。
博士からは、腸が煮えくり返るレベルで、怒りの匂いがする。
プライドの高いベッケンバウアーのことだ。「この私が、小娘に言い負かされただと? あり得ない、あり得てはならないことだ!」とでも思っているんだろう。
まあ、ある程度は自業自得だ。
博士はそもそも、オレたちが運ぶべき荷物がどういう状況なのか、聞いてすらいない。ラウルの現状をよく知りもせずに、結論を急いだのが悪い。
だがオレは、先日、ラウルに直接会ってきた。
幸い、彼の肉体はまだ腐敗や風化が起きていない。そのアドバンテージを活かせば、何とかなるはずだ。
「なら……ラウルが暴れてしまうのは、人間だからだと主張する路線はどうだ?」
「ホゥ! 米沢くぅん、その心とはぁ!?」
博士はニヤニヤ笑いながら、どうぞどうぞと先を促してくる。
気味悪いな。あいつがオレに協力するはずがない。どうせ、敗北陣営にひとりでいるのが寂しいから、誰か仲間が欲しいんだろう。
だが、オレの案には、それなりの自信がある。
「ま、そもそも人間って……リビングデッドは、身体が腐ってると思い込んでる人が多いだろう? ただ、ラウルの肉体は、まだ状態がよかった。あれなら、あくまで彼は人間だと主張できる」
オレは、とっさに思いついた口裏合わせのネタを提案してみた。
「例えば、『ラウルはパニックを起こしているだけだ』と説明するのはどうだ? 彼は閉所恐怖症だから、車に乗ると暴れてしまうのは、まあ、仕方ないって……」
そのときキッチンで、火にかけていたケトルが悲鳴をあげた。
そういえばお茶を出そうとしていたことを、すっかり忘れていた。
オレがキッチンに駆け込むと、背後から、エイダンの苦笑いが聞こえてきた。
「いや、まあ、これってあくまで、ぼくの感想なんだけど……米沢の案って、ははっ……聞いててちょっと、苦しい言い訳だなって、感じちゃったかな」
オレはティーポットに湯を注ぎながら、エイダンを横目に見た。
彼はオレと目が合うなり、困り顔で肩をすくめてきた。
「はははっ! だって米沢、それってちょっと無理があるよ! 車に乗せたらずーっとパニックになっちゃうほど、すごくつらいトラウマがあるなら……そもそも『そんな人を車に乗せるなよ』って話にならないかな?」
「なら、今からでも、ラウルは車恐怖症だから車に乗れないと、周りに説明したらいいじゃないか……」
だが、部屋の中央で仁王立ちしていたニーナが――急にエイダンの弁護側に回ったようだ。
「ゴメンなさい、こんなこと、あんまり米沢さんには、言いたくないですけど……その発言、イヴァノフの街人を、これ以上なく侮辱してるわ!」
ニーナはメガネを押し上げると、聴衆席をぐるりと見回すように、各面々の目を見ている。
「皆んな、ちょっと状況を整理しましょ……ついこないだまで、『ラウルは人前に出られないほど、病気で弱ってる』って言ってたのよ。なのに、いざ車に乗せるって話になったら、今度は『車恐怖症だ』って、とたんに言いだすの……それが嘘だって見抜けないほど、私たち、平和ボケなんてしてないわ!」
確かに、それも最もな話か。
そのとたん、安楽椅子を揺らしていた博士が、クスクスと嘲笑を聞かせてきた。
悔しいが、はた目にも明らかなんだろう。オレの案も、敗北陣営の仲間入りだ。
オレは黙って来客の二人に、ハーブティーを注いだマグカップを差しだした。
そのとき、二段ベッドの下の段で長考に入っていたリオが、動きだした。
手帳型の地図帳から、何やら一枚のチラシを抜き出している。
チラシには、こう書かれていた――。
「CIA史上、最もあり得ない救出作戦、それは『ニセ映画』作戦だった。」
そういえば、オレたちがトッカーテルンという街に寄ったとき、映像活劇の上映会が開かれていた。あのときリオが観た映画の、キャッチ・コピーか何かだろう。
リオはチラシを手にすると――おもむろに口を開いた。
「……リビングデッド役の、声優なんだよ」




