表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
注:オレは人のココロを操るゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
第一章 消息代理人という旅人は、真逆で矛盾にできている
21/65

第二話 微笑み、微笑み、しかも邪悪たりうる・1

 ラウルですか?

 ははっ、すいません、彼は今、体調が悪くて、人に会えないんですよ!

 窓の外に目を向けてみると、待ちに待った夜明けがきた。

 オレたちが旅で訪れた田舎街には、今朝も冷たい長雨が続いている。


 オレは少し大きめの声で、二段ベッドに声をかけてみた。

「リオ、朝になったぞ。そろそろ起きてくれ」

 だが……返事はない。

「リオ、もう朝だぞ」

 ベッドの上の段をのぞけば、リオはぐずるように顔しかめている。

「米沢ニイサン、もうちょい寝かせて……あと五分……五分で、起きる、から……」

 この子は大あくびすると、毛布をかぶって背中を向けてしまった。

「……わかった、あと五分ってことは……少なくとも、あと三〇分は起こさないでくれってことだな?」

「米沢ニイサン大好き」

「はいはい……今日も絶好調で何よりだ」


 仕方ない。とりあえず朝の日課を進めよう。

 ひとまず朝食を作り終えたから、次は部屋の空気の入れ替えだ。

 窓枠はかなり錆びてるが、力を込めて押し上げると、少しずつ、少しずつ、隙間が広がっていく。


 ただ、新鮮な空気に乗って――懐かしい()()()()が入ってきた。


 ――ガシャッ!


 オレは恐怖を感じて、とっさに窓を閉めた。

 そのとたん、懐かしい匂いは、ぱったり途絶えた。


 あまり匂いが流れ込んでくるのは嫌だな。同じ匂いに囲まれていると、だんだん方向感覚が混乱してくる。

 ミミックがまだ外にいるのか、それともすでに、この宿に侵入しているのか――それがわからなくなるのは怖い。


 ただ……あまり匂いは遠くなかった気がする。


 オレは軽く部屋を見回した。朝の日課はすべて終わった。

 あとは出発前に、武器を整えなければ。ミミックを駆除する現場では、また荒事になるかもしれない。


 オレはキッチンから拳銃を手に取ると、動作確認を始めた。

 残弾は二発か……ギリギリだな。

 だが、この街の銃火器専門店(ガン・ショップ)に立ち寄る暇はない。

 仕方ない。隠しナイフは多めに仕込んでおこう。


「……ニイサーン……ねえ、どしたの?」

 振り向けばリオが、毛布の隙間からチラと目をのぞかせている。

 オレは努めて何気ない笑顔を見せた。

「……何が?」

「だって、変だなーって……普段ならしつこく、僕のこと起こしてくれるのに……」

「いや……ははっ、たまにはいいかなって……」


 ジャコッ――拳銃にマガジンを装填する音が響いた。


「ねえ、ニイサン……? なんでそんな、物々しいことしてんの?」

「ああ、いや……」

 気まずくなって目を逸らした。

 隠しナイフは、自分のザックに予備がある。袖口や(ふところ)など、なるべく多く仕込んでおこう。

「少し……用事を済ませてくるだけだ」

 そう言って苦笑いしたが、リオはますます不安そうな声で食いついてきた。

「……ニイサン、そんな武器持って行くって……何があんの?」

「や……少し野暮用を済ませるだけだ。すぐ戻ってくる」

「ねえ、それって今じゃなきゃ駄目? だって、外、まだ真っ暗みたいなもんだよ?」

「まあ、そうだな……どうせ、いつ済ませてもいい用事なんだ。だったら、今すぐ済ませてこようかなって。ははっ、ただそれだけの話だ」

 オレはなるべく余裕ありげに、のんびりと肩をすくめてみせた。


 ただ――これ以上モタモタしていられない。

 話題を逸らして、あの子をさっさと寝かしつけておこう。

「ふふっ、リオ、そんなに元気が余ってるんだったら、もうベッドとお別れして起きるか? ま、どうせまだクタクタで、動けないくせに。こうやって大目に見てやるのは、今日だけだぞ。気が済むまで寝れば――」

「ねえ! ニイサン、どこ行くの!? そんくらい、教えてくれたっていいじゃん!」

 リオはオレの話を遮るように、頑として食い下がってきた。


 参ったな……あの子はオレの命令権限を持っている。訊かれたからには、正直に答えるしかない。

「……ルドルフ・カラシニコフさんのところだ」

「それって、たしか……僕がドッグタグ届けに行かなきゃならない人、だよね……?」

「そうだ。いいから君は寝ていろ」


 オレは着々と、現場に隠し持っていく武装を整えていった。


「ね、ねえニイサン……なんか変だよ! なんでその人のところに、朝から武器持って行こうとしてんの!?」

「まあ、オレもその人に用事があるんだ。この武器だって、ただの自衛だ。別に使う予定はない」

「だったら僕だって――」

「駄目だ」


 リオから命令を受ける前に、とっさに話を遮った。


「君は来るな。この部屋で休んでいろ」

「なんでえっ!?」

 リオが驚き顔でオレを見たとき、真っ白な髪は寝癖ですっかり乱れていた。


「よ、米沢ニイサン、なんで!? なんでそんなことすんの!?」

「……急いでるからだ。あとで説明する」


 隠しナイフを最後まで仕込み終え、ようやく武装が整った。

 オレはレインコートを羽織りながら、念のため忠告することにした。

「あと、オレが出かけている間……絶対に部屋から出ないでくれ。もし来客があっても、オレとベッケンバウアー以外は、誰も部屋に入れるなよ」

「な、なに……それ……?」

「火事だ何だと騒がれても、決してドアを開けるな。外を見ろ。今日はこんな雨だ。もし本当に火事が起きても、あそこの窓から外へ出て、屋根に避難すればいい」

 オレが出かけている間、入れ違いでここへミミックが来ると困る。なるべく真剣に、あの子に念を押しておいた。


「いいか、どんな理由であれ、『このドアを開けろ』と言われても……オレが帰るまで、絶対に応じるな」


 そう告げると――あの子は異変を察したのか、みるみる表情が硬くなっていく。

 しまった、少し言いすぎたか。


「……ははっ、『また心配性が爆発したな』って思っただろう? まあ、取り越し苦労だってわかってる。オレもそろそろ、君を子ども扱いするのは辞めるべきだな……」

 そんなことを冗談めかして言ってみたが、リオの表情は硬いままだ。


 マズいな。あの様子だと、このあとオレをつけてくるかもしれない。

 それだけは、なるべく阻止したい。


 リオの手元を見てみると、枕元には手帳型の地図帳が置かれている。

「……わかった。じゃあ、こうしよう。オレが用事に行くんだから、ついでに『ルドルフ・カラシニコフ』さんのドッグタグは届けておくよ」

 オレが手を出した瞬間――リオは手帳を、サッと後ろに隠してしまった。

「だっ、駄目だよ! これ届けにいくんだったら、僕も一緒にいく!」

「……」

 参ったな。それだけは、言ってほしくなかった。

 この子のためにも、今は安全な宿にいてほしいんだがーー。


 オレが今から済ませる用事は、決して愉快なものじゃない。

 言ってしまえば、害虫駆除に近い。基本的に不快な思いをするだけの、嫌な仕事だ。そんな現場に、この子を巻き込みたくない。


「リオ、本当に急いでるんだ。すぐにでも出ないと――」

「だったら!」

 リオは二段ベッドを飛び降り、洗面所へと駆けだしてしまった。

「今日は朝ごはんいらない! ねえニイサン、ちょっと待ってて! すぐ着替えるから、置いてかないでね!」

「……」

 リオが真横を走り去ったとき、あの子の感情の匂いを、はっきりと感じた。


 オレは振り向いて、廊下を眺めた。

 あの子もだいぶ大きくなったと思っていたけど、そういうところは、相変わらずだったのか。


「リオ」


 洗面所で着替えているオトウトに向けて、思わず声をかけた。


「……悪かった。君を置いていこうとしたのは、謝る」


 リオは白いワンピースを頭からかぶると、慌ただしく駆け寄ってきた。

「ニイサン、お願い! ワンピース着たから、背中、手伝って!」

「ん……」

 オレは苦笑いしつつ、背中のチャックを上げるのを手伝った。


***


 部屋で支度を済ませると、オレとリオは宿を出た。

 身を刺すような冷たい雨の中、「イヴァノフ」という田舎街では、ささやかな朝市が開催されている。


「ねえ、米沢ニイサン……それって間違いないの?」


 青いレインコートを着ているリオは、人混みをすり抜けながら、不安げに訊いてきた。


「ん……間違いない」


 市場には、あらゆる匂い、声、熱気が混在している。表通りのいたるところで、ピロシキと呼ばれる惣菜(そうざい)パンが、焼き立ての香りを漂わせている。


 ただ、活気ある市場の中に――懐かしい()()()()がまぎれている。


「この街のどこかに……オレと同じ、ヘレン型の擬態種(ミミック)が潜んでいる」

「それって……」


 オレとリオは、少し足早に進むことにした。

 ぬかるんだ泥が、テンポを上げ、水音を立てていく。


「ニイサン、ひょっとして僕が『間違いだ』って言われちゃった、ルドルフ・カラシニコフさんって……」

「ん。その人がミミックとして潜り込んだ可能性が――」

 そのとき――大柄な男性と肩がぶつかった。

 穀物の大袋を抱えている男性は、「おっと失敬(しっけい)!」と笑顔で会釈をくれた。

 人間の匂いがする相手だ。オレも「すいません」と頭を下げた。


「ただ、この街の匂いは……妙だ」

「みょう?」

「街にミミックが潜り込んだのは、昨日今日じゃなかったはずだ。だったら……彼はなんで、リビングデッドを作らないんだ?」

「え? ……どういうこと?」

「ミミック以外に、リビングデッドの匂いはひとつもない。他は全員まだ人間だ」

 するとリオは、慎重に問いかけてきた。

「ニイサン、それって……良いニュース? 悪いニュース?」

「まだどちらとも言い切れない」

 今までオレは、ミミックの駆除には何度も関わったことがある。それでもこんなケースは初めてだ。


 ゾワゾワと、虫が這いずり回るような、奇妙な胸騒ぎがする。

 この街に潜り込んだミミックは、いまごろどこで、何をしているんだ?


 いや、あるいは――誰から、何をされているんだ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ