「米沢にはけっこう贅沢な話」
「野蛮人と人は呼ぶ。風習が違うだけで。」
――ベンジャミン・フランクリン
「……ヨネザワ・ギュウ……」
オレは小声で、ドッグタグに刻まれている名前を読み上げてみた。
真夜中の安宿には、冷たい雨音と、リオの寝息しか聞こえてこない。
静かな夜だ。今日は幸い、あの子が寝ている間、発作は起きないかもしれない。
数ヶ月前、ベッケンバウアーの駆除に失敗したギル・ステファノ城下街での情けない一件があってから、オレの発作はかなり落ち着いている。
だから最近、夜の見張りで退屈になると、この借物を眺めるのが癖になっている。
――チャリっ。
『米沢牛』――何度読み上げても、別に変な名前だとは思えない。
オレにとっては呼びやすくて、いい名前だと思うんだが……。
ところが、人前でこれを名乗ると――なぜか相手は、こちらをコケにする大義名分を得たとばかりに、活き活きと笑いだす。
しかも周りに人がいても――誰も止めに入ろうとしない。「まあ、確かにすごい名前……」と言って、一緒に忍び笑いに加わる始末だ。
そんなときリオは、何も言わず、黙って笑いがおさまるのを待っているだけだ。
だがオレは、この名前を笑われると――とてもじゃないが、我慢ならなくなる。
何がおかしいのかは知らないが、これはリオのニイサンの、大事な遺品だ。
誰が止めに入っても、この名前を侮辱する人間だけは、絶対に許しておけない。
それが原因でーー今まで何度もトラブルになった。
だが、何度たしなめられても、この名前を笑われると、頭にくる。
一体『米沢牛』という名前の、どこがおかしいんだ?
リオはオレに、縁起のいい名前だからと言って、これを貸してくれたんだ。
名前の由来は、「もし死神に目をつけられても、『これは食い物であって、人の子ではありません』と言い訳がたつ」という、ゲン担ぎでつけられたそうだ。
厄除け・無病息災・五穀豊穣を願ってつけられた、けっこう贅沢な名前らしい。
「やっぱりオレには……贅沢すぎて、似合わないのか?」
そのとき、頭の中にーー寄生虫のコエが聞こえてきた。
――ねえ、ひとりにしないで。ヘレンをひとりにしないで。
――さびしい。さびしい。『おともだち』がほしい。
それは、発作が始まる合図だ。
オレは慌てて右手に力を込め、マフラーを握りしめた。
案の定、身体が勝手に動きだしーー二段ベッドの上の段で休んでいるリオの寝込みを襲おうと、飛び出しかけた。
柱に結びつけたマフラーで首が絞まり、酸欠で頭がぼんやりしてくるとーーどうでもいい考えばかりが、頭をよぎっていく。
平和な夜だな。こういうとき、ネエサンは何もしないで、窓辺で聖書を読みふけっている。オレも自分の暴走くらい、自力で制御できるから、別に助けは必要ない。
それにしてもーーこんなに冷え込む夜は、あと何日続くんだろう。
もうすぐ四月になるはずだが、春はまだまだ先らしい。




