「ルドルフ・カラシニコフには理不尽な話」・3
平常心で、構えて、撃って、装填する。
集中して、構えて、撃って、装填する。
あのゾンビ、起き上がるペースが早くなってやがる。一瞬でも装填がモタつけば即死だ。
けど、俺もだんだん弾込めに慣れてきた。装填のタイムロスが減ってきてる。
――ダァンッ!
俺が撃った弾は、またブラック・ロータスの顔面に命中して、湿った落ち葉の絨毯の上に吹っ飛ばした。
ただ、あいつは痩せ細った手足を使って、ギクシャクと身体を起こし始めてる。
とうとうこれが最後の弾だ。こいつを撃てば、もう弾差しは空だ。
けど、出し惜しみはできねえ。さっさと装填したらすぐに――。
「あー……別にもう、いらねーか……」
目の前でブラック・ロータスが起きあがった。
けど俺は、狩猟銃を取り下げて、苦笑いした。
あっけねえもんだ。こんな形でゲームセットか。
この一発を使い切って、慌てて逃げだしたところで、背中にあいつの遠距離攻撃を食らったら、おしまいだ。
俺はここで、時間稼ぎするだけのつもりだったけど――俺ひとりの命で、両親と親友が逃げ延びた。まあ、それならそれで、上出来か。
「参ったな……夏休みの宿題、エイダンと手分けして片付けようって約束だったのに……どうしてくれんだよ……」
そんな馬鹿なことつぶやいてると、森の奥から、雨音が聞こえてきた。
なんだ、ただの通り雨か。
「……は?」
俺は――目を疑った。
「いや……意味わかんねえ……意味わかんねえよ!」
何考えてんだ、あのゾンビ。
俺はもう時間稼ぎをやめたんだ。
向こうにとっちゃ、絶好の攻撃チャンスじゃねえのか?
なのに、なんでか知らねえけど、通り雨が降りだしたとたん――ブラック・ロータスは、頭の触手を、みるみる収納していく。
黒いヌメヌメの隙間から、ミイラみたいに乾いた顔面が見えてきた。
あいつ、こっちに弱点を晒して、あえて攻撃を誘ってんのか?
「クソッ……罠か何だか知らねえけど、その罠、踏んでやろうじゃねえか!」
俺は狩猟銃を構え直して、ひと呼吸置いた。
父さんから教わった、「ここ一番で外さないためのコツ」だ。
しっかり自分を落ち着けて、狙いを定めて、覚悟を決めて引金を引いた。
――ダァンッ!
狩猟銃の反動が、俺の全身に、特大の衝撃を走らせた。
最後の一撃は、痩せ細ったゾンビを紙切れみたいに吹っ飛ばして――。
また草むらの向こうに、放り込んだ。
「……ハアッ……ハアッ……」
自分の息遣いが、やけにデカく聞こえる。
待てど暮らせど、あいつは起きあがってこない。
「な、なんだよあいつ……見え見えの罠に見せといて、マジで弱点晒してたのか……?」
その瞬間、ドッと疲れがでた。
腕から力が抜けて、危うく狩猟銃を取り落とすところだった。
ただ、あれが罠じゃなかったってことは……向こうにとって、何かヤベえことが起きたのか?
「ひょっとして、あいつ……雨が弱点だったのか……?」
俺は通り雨を見上げながら、そんなことをつぶやいた。
ただ、本当に弾が当たったのか、確かめておきたい。
危ないかもしれねえけど、草陰に倒れてるブラック・ロータスを見にいった。
ーーガサッ……。
よし。ちゃんと眉間に、大穴が空いてる。
それを眺めているうちに――自分の癖毛から、雫がぽたりと落ちた。
「……結局、間違ってたのは……俺だったわけか……」
俺のベルトには、数年前に両親がくれた、革製の弾差しが着いてる。俺が初めて狩りに行くとき、無理に上等な奴を買ってくれたんだ。
ただ、十四発はやり過ぎだ。一度の狩りで、そこまで使い切れるわけがねえ。「五発くらいの安物でよかったのに、何考えてんだよ!」って、散々喧嘩になった代物だ。
けど、もしもあのとき、俺の言い分が通ってたら……俺の人生、今日、享年十六歳で、終わってた。
――ラウル、常に備えておきなさい。
――もしものときが、いつ来るのか、誰も聞かされていないのだから。
「……父さんと母さんには、後できっちり……謝らなきゃな」
そうつぶやいたとたん――気まぐれな雨が、ぱったり止んだ。
本当、俺みたいな平凡なガキには、もったいねえほど、いい両親だ。
出来た両親を持つと、「やっぱり俺って、この家の本当の子供じゃねえんだな」って、すげえ痛感するもんだ。
***
俺も坂道を登って、先に逃げてくれた三人を追うことにした。
まあ、どこで落ち合おうなんて、そういえば決めてなかったな。
一体どこ探せばいいんだか、さっぱりわかんねえ……。
そんなこと考えてると、森の向こうから、銃声が聞こえてきた。
それが聞けて、妙にホッとした。俺に居場所を知らせてくれたのか?
いや、銃声は二発聞こえたから、違うか。
向こうは無事に逃げた先で、よっぽどいい獲物を見つけたに違いない。
ここは念のため、大声をあげながら、三人の狩場に踏み込んでいこう。
「おーい、俺だ! トナカイじゃねえ方のルドルフだ! 間違えて撃つんじゃねえぞ!」
しばらく歩いてると、獣道の先から、ガサガサと足音が近づいてきた。
草木をかき分けて現れたのは、先に逃げてくれた親友、青髪のエイダンだ。
「ラウル! あははっ、よかった、よかった! 信じてたよ、無事に帰ってくるって!」
エイダンは勢い余って、俺に熱烈なハグを寄越してきた。
こいつ、鼻水すすってるし、マジで感激してやがる。
正直、俺もあのとき死ぬかと思ったから、またこいつと会えるなんてーー。
けど、ここで涙を見せるって何だか格好つかねえし、ちょっと顔を上げておいた。
「おう……あれくらい、俺ひとりで余裕だったぜ」
「あっはははは! だよね、そう思ってたよ! 君ならそう言ってくれるって、信じてたよ!」
俺より小柄なエイダンは、鼻をすすると、急に顔を上げた。
「ラウル、実はね、さっそくだけどクイズがあるんだ! 君へのサプライズで、特別な獲物を仕留めてきたんだ。何だと思う? 当ててくれ!」
おっと、すげえ笑顔満面だし、さては引っかけ問題だな? こいつ見かけによらず、腹黒なことしやがるからな。
人は見かけによらねえって言うけど、こうも見かけと中身が真逆な奴もいねよ。何も嘘なんてついてませんよーって言ってるみたいな、騙し絵みたいな顔しやがって。
けどよ、もうこいつの見てくれに騙されるもんか。
このクイズ、用心した方がいいな。
「へえ、ずいぶん自信満々じゃねえか。久々の大物……まあ、順当に考えりゃ、鹿の親子ってところか?」
「残念! もっと大胆な発想で考えなきゃ!」
「ってことは……とうとう俺の罠に、デケェ熊がかかったか!?」
俺がそう食いついたとたん、エイダンは吹き出して大笑いしやがった。
「あっはははははは! ラウル、気にしすぎだよ! 熊なんて、そのうちいつか、君だって仕留められる日が来るさ!」
「……うるせー。お前、もう三頭仕留めたからって、いい気になってんじゃねえぞ。……ったく、なんで熊って、俺の罠だけ、ことごとく避けやがるんだ……」
「ふふっ、別にそこまで気に病むことかな? 熊なんて、待ってるだけで、いつの間にか来てくれるじゃないか!」
「それで一度も来てねえから、ムカつくんだよ。お前、何かコツがあるんだったら、とっとと白状しろ。罠の設置場所とか、隠し方とか……」
「やだな、何度訊かれたって、ないものはないよ! 本当に変わったことなんかしてないさ!」
「へー、どうだか」
「ははっ、信用ないなあっ。まあ、そんなにアドバイスがほしかったら、ぼくから、これだけは言っておきたいな……」
エイダンは俺の肩を叩くと、フッと笑った。
「熊殺し童貞さん……焦らない、焦らない!」
出た、エイダンのお節介モード。
俺くらいの付き合いがねえと、こいつが俺を煽るつもりで言ったんじゃねえって、気づけるわけねえよ。毎度毎度、ありがた迷惑な話だぜ。
「へーへーそうかい。じゃあ俺はちっとも焦っちゃいねえし、クイズの答えは、熊の親子で間違いねえ。しかも小熊は三頭だ。これで熊狩りの経験は……俺が四、お前は三。逆転リードだ、ざまあ見ろ」
「あっはははは! そんなありきたりな獲物だったら、ぼくがわざわざ、クイズに出すわけないじゃないか! もっと柔らかい頭で考えなきゃ!」
「じゃ、白熊」
「はいはーい、そろそろ熊から離れてもらえませんか? ふふっ、困ったなあ、これじゃ永遠に正解なんて出てこないね」
あーあ、この手応えのなさ、絶対引っかけ問題だな。
わざわざ引っかかってやるのも馬鹿らしい。さっさと降参しちまおうかな。
俺がそんなこと考えてると、エイダンがガキっぽくクスクス笑いやがった。
「さて……ラウルもそろそろ、ギブアップする?」
「しねーよ。するかよ。ひとつヒントをよこせ」
前言撤回。こいつにおめおめと、負けを認めてたまるか。
「えーっと、そうだね……ヒントは、ラウルが絶対『予想外だ!』って驚くはずだし、君が一番、喜んでくれるものさ! あははっ、ヒント、二個もだしちゃったね!」
「はあ? 何だよそれ。ちっともヒントになってねえじゃねえか」
「さて、それはどうかな? 君も答えを見れば、きっと納得するはずさ!」
エイダンは俺の腕を掴むと「こっちだ、こっち!」って、獣道を急ごうとしてる。
けど、ロクに前も見ないで森を走ろうなんて、危なっかしいな。俺が絶対「予想外だ!」って驚くはずの大物が、こんな夏の時期に見つかるか?
「おいおい、そこまで煽って平気か? これで予想外にショボかったら……」
そのとき、長々と続いた獣道が途絶えた。森を抜けて、川に出たんだ。
俺はギョッとして川岸を見た。するとエイダンが、声を立てて笑った。
俺の見間違いを願いたかった。けど、見間違いじゃねえ。
川岸には、父さんが、母さんを背負ったまま――倒れていた。