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注:オレは人のココロを操るゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
プロローグ すべての願いを叶えるキセキは、真逆で矛盾にできている
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プロローグ「ヘレンとおともだちになりましょ」

「米沢……米沢ぁぁぁぁ!」


耳に響いたその声で、オレはうっすらと目を開けた。


次の瞬間、視界にきらめく銀の光。

それが斧の刃だと気づくより早く、ゴッという音と共に頭に突き刺さった。


振り下ろされた鉄が、骨と肉を断ち砕く音が、頭蓋を抜け、背骨にまで響いた。

耐えがたい激痛に全身が震えるが、そんなことはどうだっていい。


そう。どうだっていいんだ。

そんなことより、あの子は誰だろう?


斧が頭に刺さったまま、砂利の上で動けないオレを尻目に、後ろの方で「米沢……米沢ぁ……」と泣きじゃくりながら呼ぶ声がまだ聞こえる。


幼い声だ。途方に暮れたかのように、震える声で、必死にオレに呼びかけてくる。


――何がそんなに悲しいんだろう?


心配だった。


だがオレの思考は、次第に鈍っていく。

そんな全身を満たすのは、激しい痛みではなく、深い眠気にも似た心地よさ。


……これは助からない、と体のほうが先に悟った。


斧がズルリと抜ける鈍い感触のあと、流れる血でヒリつく目に、先ほどの答えが映った。


血まみれの――少女? いや、少年だ。


それも純白のワンピース姿で。


血の付いた斧に寄りかかりながら膝をつき、華奢な肩を震わせながら荒い息を吐いている。

それにつられてなびく白銀の髪が、血に濡れてきらめいている。まるで粉雪が月明かりに照らされたような、冷たい輝き。


――綺麗だ。


返り血で濡れた頬に、涙の跡が光っていた。

そして、気づく。


ああ、よかった。

少なくとも、この子は無事だ。


白い髪も、白いワンピースも、すべて返り血に染まっている。けれど、どこにも怪我は見当たらない。


安心したそのとき、目が合ったのか、その子はわっと泣き出した。


「ごめんなさい、米沢にぃ……ちゃんと殺せなくて、ごめんなさい!」


何か返そうと言葉を探しているうちに、オレの口が勝手に動き――微笑んだ。

突然のことに面食らっていると、潰れかけた喉の奥で、他人の声にすり替わるのを感じる。


『いいんだ、リオ……』――それはオレのものではない声だった。


オレの喉を通してはいたが、違和感しか湧かないその声に、妙な寒気を覚える。


『俺は、ゾンビになってまで……生きたく、ねえ』


自分ではない何かが、オレの身体を動かしている。


するとあの子は、何を思ったか斧を握る手をふるりと震わせた。


「やだ……やだよ米沢にぃ!」


目の前で銀髪が、ふわりと広がる。

気付けばオレは、その少年に抱きしめられていた。


「ひとりにしないで! 僕を置いて行かないで!」


しゃくりあげながら謝り続ける姿は、大人に失敗を咎められた子どものようで――でもどこか、違和感があった。


この子は誰に話しかけているんだ?

オレの口を動かしているのは、誰なんだ?


そもそもオレは――誰なんだ?


記憶がない。

何も思い出せない。

オレは一体――。


そのとき、声が“内側”で鳴った。


――ねえ おともだちに なりましょ?


……誰だ?


耳の奥で、幼い歌声が風に混じる。

《ヘレン》――そう名乗る“声”だった。


――ねえ おともだちに なりましょ。

――ヘレンと おともだちに なりましょ。


耳に張りつく甘さが離れない。恐る恐る周囲を見回すが、それらしき姿はない。

湿った土の匂い。日の出前の木立のさざめき。視線をずらすと、川岸に二体の死体が転がっている。


ゾンビだ。頭部が完全に潰され、原型をとどめていない。


そうか――だからこの子は、もう殺したくないと泣いているのか。


川砂にまみれた旅装束は同じ縫い目。片方の手首には、この子とお揃いの布紐――身内だ。

「ゾンビとして生きるくらいなら、一思いに殺してくれ」と、この子に頼んだのかもしれない。


だが、この子はまだ小さい。きっとゾンビを殺すことさえ、初めてだったに違いない。

ましてや人を殺したことなんて、なかったはずだ。


そして、オレを殺せば、三人の無念は報われる……そのはず、だった。


しかし。


この子は殺すことを、ためらってしまった。

オレの身体にしがみついて、ひとりにしないでと泣きわめいている。


――ひとりぼっちは さびしいね。

――けど みんな《ヘレン》になれば みんな さびしく なくなるね。


頭に響く声に聞き入るうちに、思考が霧のように霞んでいく。


考えるより先に、危険だという状況だけが分かった。

早くこの子を引き離さないと、オレがこの子を殺してしまう。


――ころす? ちがうよ ヘレンと いっしょに おともだちに なるの。

――ねえ そのこも おともだちに しましょ?


頭の奥に入り込んでくる声は、刃よりも鋭く、抱擁よりも柔らかかった。

それは命令だった。けれど同時に、子守唄のようにやさしかった。


嫌だ。出来ない。この子をゾンビにしたくない。


「は、い……オレは、ヘレンの、命令、に……」


願いも虚しく、オレの身体は《ヘレン》の手で突き動かされていく。

オレは口を開き、その子の無防備なうなじに――。


歯が、触れた。

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