ご褒美
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長い梯子を登ってやって来たのは寮の屋根の上。其処は流文だけの、お気に入りの場所である。とにかく見晴らしが良く、【白天】全体を見渡すことができるのが魅力的だ。青空に浮かぶ雲がすぐ近くにあるような感覚が、なんとも不思議だった。
「いいだろ、ここ」
「うん。すごく綺麗」
北風が吹き付けると、麦がくしゃみをする。もう二月に近づいていて寒いけれど、この景色が見られるなら気にしない。
屋根の安定した所に座り、木織に貰った箱を開ける。ひよこのケーキが顔を出した。
「お、やっぱプリンじゃん」
この可愛いひよこのスイーツには、スポンジケーキの中に名古屋産の卵を使用したプリンが隠されているらしい。初めて見たが、美味しそうだ。
麦が紙コップに紅茶を注ぎ、私と流文に渡してくれる。温かい。寒い冬にはぴったりだ。この香りもいい。
プラスチックのスプーンとひよこのスイーツを手に取って、やっと食べられる。
「いただきます」
スプーンでつつくと、プルプルと横に揺れた。顔が愛らしくて勿体ないので、背中から手を出すことにした。プリンは滑らかな食感で、口の中でじわじわと溶けていく。美味しい。時折、紅茶を挟むとより美味しい。
ひよこの可愛さより美味しさが勝ち、すぐ完食してしまった。流文も同じく食べ終わり、紅茶を啜っている。麦はというと、顔だけ残ったひよこと睨み合っていた。食べるか食べまいか葛藤中だ。
数分後、やっと心に決めたようで、ひよこは麦の腹の中へ吸い込まれていった。
「ありがとな」
紅茶も空になった頃。突然、流文が言った。私と麦は顔を見合わせて首を傾げる。
「第一試験の時、お前らに助けられたから」
そういう流文の瞳は優しさに満ちていた。以前までの暴君な性格は嘘みたいだ。いつの間に急成長したのだろう。
「私は何もしてないよ」
麦が否定しているけど、そんなことはない。あの時、麦は確実に、悪魔の体力を削いでいた。ただ皆を守るために、天術を連発していたのだ。
「麦ちゃんも朝霞君も頑張ってたよ。二人が攻撃して足止めしてくれたお蔭で、私は悪魔を倒せた」
これだけは嘘じゃない。二人は「そう?」と言いつつも嬉しそうだった。
波乱の展開に転じた第一試験。誰か一人でも欠けていたら、きっと怪我人や死者が増えていただろう。そんな最悪のパターンを阻止できた私たちだからこそ、期待されている。
暫くの沈黙。それを流文が断ち切る。
「少なくとも、俺は俊佑、水音、麦を信用している。頼っていいと思ってる。だから、その……下の名前で呼んでくれないか」
彼は躊躇いがちに言う。流文的に、下の名前で呼んでいいのは信用できる人だけらしい。
最初の頃は俊佑にもきつく当たっていたのに、今ではすっかり仲が良いんだ。何だか微笑ましいな。
「じゃあ、流文君。改めてよろしく」
「よろしくね。流文君」
私と麦が手を差し伸べると、流文が両手でそれを握り締めた。力が籠る感覚が伝わってくる。これが握手だ。
「よろしく頼む」
これで流文は、正式な友達として認定されたのだった。
ドタドタドタ!
下の方から足音が聞こえてきた。三人で屋根から地上の様子を見下ろす。
「おおい、流文! 何やってんだよ其処で!」
俊佑が此方に向かって叫んでいた。こんなに離れているのに声がよく通る。怒り狂った姿は初見だ。やっぱり屋根の上は逆に目立って良くなかったかもしれない。
「おっと。面倒な奴に見つかったな」
「誰が面倒だ、聞こえてるぞ!」
すごい地獄耳だ。それに滅茶苦茶怒っている。
「これ、大丈夫なの?」
「たぶん……うあ」
下を向いた流文が変な声を出す。私は嫌な予感がして、もう一度、地上を見てみる。其処にいたのは、怒りの炎を燃やしまくる織火だった。フォーマルな装いに、派手な赤色のスーツケースがある。どうやら出張帰りらしい。
「流文! お前さては、ひよこのアレを食べてるだろ!」
屋根の上まで見えるのだろうか。何を手がかりに言ったのか知らないが、大正解だ。
「師匠に貰った」
「はああ⁉︎」
事実を言っただけなのに、何故か喧嘩はヒートアップしていく。流石にそろそろ止めた方がいい。でも、それに私より先に気付き、動いた者がいた。
「あ、あの、ご褒美に頂いただけなので」
麦である。サッと仲介に入った。織火の怒りは一瞬で消え、口角が上がる。
「ごめん、取り乱した。木織への怒りを流文にぶつけただけだから問題ない。で、木織は何処にいるか知らないか?」
「モニター室で会いました」
「よし、じゃあまたな」
私が正直に答える。それに織火は満足したのか、スーツケースを引き摺りながら、訓練所の方向へ走って行った。怒鳴り散らされるであろう木織が気の毒だが、仕方がない。
「あ、嵐が去った」
流文はとびきり大きなため息を吐く。麦も安堵の表情だ。決して怒られることはなく、私も安心した。それも束の間である。
「で、流文! 何してるんだよ!」
下にまだ俊佑がいた。中々しぶとい。粘り強い性格が、悪い方に向かっているような。
「佐倉も宮本も、昼食どうすんの!?」
「あ」
プリンで小腹が満たされたものだから、昼食の存在自体を忘れていた。軽くは食べた方がいいだろう。体に悪い。
梯子を伝い、屋根から下りる。ちょっと久しぶりの地上だ。
「それで、何してたの?」
俊佑は未だに諦めていなかった……! 流文も流石に、黙り通すのをやめた。
「第一試験の褒美を食ってたんだよ。師匠に、木織にこっそり食えって言われて屋根の上にいたんだ」
「逆に目立ってたけど」
なんとなく思ってはいたが、やっぱり屋根の上、こっそりとは言えなかったみたい。流文は「嘘だあ」というような疑いの目を俊佑に向ける。それを見て、俊佑はスッと顔を逸らした。
「ま、見つけたのが僕で良かったんじゃない? ほら、桜咲とか、たぶん織火さんと同じタイプだろ」
「あ〜……」
この場にいる全員が納得する。あの二人は色々と似ている所があるからだろう。
「そういえば、水筒どうしよう」
依雲から貰ったが、水筒は返さなければならない。でも、もうすぐで昼食時間が終わってしまう。それに、織火がツノを生やしている状態だ。今からモニター室に行くのは気が引ける。
「後回しだ。おし、食堂行くか」
流文が速攻で後回しに決める。私たちは寮の食堂へ向かって歩き出した。




