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月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第6章 群雄割拠の文芸甲子園
66/87

66.ガラス細工の心

「そこまでだ。コンピュータは起動したままにして退室しろ」


 審査員の淡白な説明を聞いたところで、才介は初めて4時間ぶっ通しで執筆していたことに気が付いた。身体中にまとわりつく異常な倦怠感や脳の酷使による片頭痛がいよいよ限界を迎えようとしていて、目を開けて歩いているはずなのに机やコンピュータにぶつかってふらふらとその現場を後にした。驚くことに受験者はだれも残っておらず、最後まで頑張っていたのは才介だけだった。


 物語を完結させることはかろうじて出来た。

 だが、大きな不安がある。

 推敲をするいとまがなかったことだ。

 誤字脱字については執筆中にも何度か確認をしたし、プロットもたぶん破綻なく作れているはずだ。それでも手元にテキストやプロットがないので客観的に見ることが出来なかった。


 それに文字数の問題だってある。

 才介は6,000文字程度を執筆したが、とくに制限が設けられているわけではないので他の受験者はどのくらい書いているのか気になってしまうのだ。4時間で6,000文字はかなり早い方だと思うが、プロ並みの実力者が集うこの大会ではそんな私見は通用しないだろう。


 予想以上に頭は熱を帯びていた。才介はこのまま部屋に帰って休みたかったが、そこはふんばって2Fの資料室へ向かうことにした。もしもこの審査すらも通過することが出来たならば、ネタの収集は必須条件となってくる。


「あれ、古江富美加さん。あなたも来てたんですね」


 そこには『平成のフランツ・カフカ』こと古江富美加がいた。彼女は本から青白い顔を上げて、才介に視線を向ける。暗い面影のせいもあるが一般の人が放つ雰囲気と彼女の持つそれは違っていた。どこか欝々としたとてつもない感情、触れれば瞬間に粉々になりそうなそんな淡い存在感をまとっていた。


「あなたはだれですか? 私は留学していた期間が長いので思い出せなくて……」

「村上才介です」以後お見知りおきを、と二次元のキャラが使いそうなセリフを述べようとしてやめた。とても冗談が通じる相手とは思えない。鳥谷莉々七と話していたときも険悪なムードだった。


「そうですか。もちろん拝読しております」

 帰国子女のイントネーションはもっとなまってるイメージだったが、古江富美加の発音は綺麗だった。おまけに声にも透明感があって上品な所作と一致している。

「それはどうも」

 才介はそう礼を述べてから、

「ところで今回の二次選考はどうでした? 古江さんにとっては得意ジャンルでしょう」


「ええ、自信がありますよ。審査員さんのおっしゃっていた"人生経験の多寡、共感させる能力の有無は重大な審査項目"とは私のために付け加えられた条件だと感じてしまったくらいです」


「すごい自信ですね」

「ええ。異国で体験したカルチャーショックを、生々しく表現できたと思っているわ」

 そう言いつつ彼女は腹部を押さえた。顔色も悪い。

 もしかしたらと才介は声をかける。

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