65.二次審査の幕開け
二次試験の内容が広くなったコンピュータルームで説明された。閑散としてしまったその室内では参加者同士が均等になるようにわかれて着席させられていた。
隣の者のディプレイをのぞけないようにと用意された仕切りはほとんどその役目を果たしていない。
隣り合う者がいない恐怖と寂寥。
いつ自分が同じ目に遭うかわからない不安。
この競争システムはそのまま小説家養成プログラムとして組み込まれた授業の一環なのかもしれなかった。
選ばれた者のみで開講される現代文学講座。
作者の気持ちを忖度する最適な方法は、自らが作者になってしまえばいいのだ。
「おはよう、作者諸君。文芸甲子園も中盤となり、夢の舞台がディストピアへと変貌してきたことと思う。今年は実に豊作の年となった。ここまでレベルの高い作品が集まったのはいつ以来だろう。掃いて捨てるほどある新人賞に勝るとも劣らぬ作品群ばかりで、選考委員も頭を悩ませた。その結果君たちが選ばれた。これは誇ってもいいことだ。
中にはその高い文学性が世界水準に達している者もいるが、求められるのは文章力や芸術性だけではない。エンターテインメント性も必要となる。だから自分の持てる最大限のレトリックを駆使して、これからの創作活動にも邁進してもらいたい。
さて、本題だ。
今回のテーマは『広義におけるヒューマンドラマ』とする。
苦悩や葛藤を重視した作風を期待する。
特に人生経験の多寡、共感させる能力の有無は重大な審査項目とし、厳しくチェックさせてもらう。
持ち時間は4時間とするが、執筆終了次第、部屋に戻って休んでよし。その際は再入室が不可能となるため注意しろ。またトイレに行きたくなった者や出題の意図がわからない者については、静かに手を挙げるように。説明は以上だ。
各人の手元には、前回と同じく、白紙と筆記用具を用意した。創作の一助にしてくれ。それでは、執筆開始だ」
ズダダダダ、と猛烈な勢いでキータッチをする音が室内に響いた。どの参加者が発しているのかは知れない。ただ、鳴りやまないピアノコンクールのように、静かに、そして力強く、そのメロディは奏でられていた。異常なまでの速筆である。才介の乏しい経験値では真似出来ない芸当だった。
ふと、前列の参加者に目線を配る。仕切りのせいで視界は狭く、後ろ姿しか見えないが、山本由紀夫と竹沢弘也が不在だった。入室するところすら目撃していないから、別室で執筆しているのだろう。
「小説はどんな人にも平等です。基礎的な文法さえ身についていれば、外国人も障害者も、犯罪者だって作家になれるんですから」初対面のとき、月の化身が教えてくれた言葉だ。その真意が今更ながら骨身に染みるように理解出来た。
彼女は太陽に嫌われた少女だ。その輝きに触れることすら許されない。だから彼女にとっての太陽は小説だったのだ。そうだ。それを書こう。情緒たっぷりに苦悩と葛藤を交えて。まずはストーリー構成を紙に書き出すところから。




