番外編 『異世界に雪が降る』
勇者の親友役として異世界に召喚された普通の高校生、ミツクニ=ヒノモト。
最初は世界を救う為に勇者ハーレムを集めていたのだが、最近は色々あって、その勇者ハーレムと敵対してしまった。
だけど、それが嫌という訳では無い。
愛着を持ってしまったこの異世界を救う為ならば、望む所だ。
そんな俺なのだが、最近気になって居る事が一つある。
それは……
「……今日は何日だったかなあ」
キズナ遺跡の屋上で景色を眺めながら、物思いにふける。
「ええと、この世界に召喚されたのが、春の初め頃だから……」
独り言を呟きながら、流れた年月を指で数える。
しかし、やはり今日が『元の世界』の何日かが分からない。
そう。
俺のどうでも良い小さな悩み。
それは、日にちや曜日の感覚が分からなくなってしまった事だ。
(……うーむ、やはり分からん)
ため息を吐き、椅子の背もたれに倒れ込む。
この異世界は気候が安定していて、常に春のような陽気が続いている。
おかげで服は数着あれば良いし、寒さや暑さを心配する事もほとんど無い。
それはそれで生活し安いのだが、四季という風情を知っている俺としては、少しだけ寂しさを感じる時があった。
「……故郷の冬が懐かしいな」
キザなセリフを言って、自ら鼻で笑う。
ああ、恥ずかしい恥ずかしい。
こんな姿を誰かに見られたら、顔から火が出てしまうんじゃないか?
「格好付けてるんじゃないわよ。このキモオタが」
……はい、やはり見られていました。
大きく首を上げて後ろを見ると、お馴染みの彼女が逆さまに見えた。
「そんなに冬が恋しいのなら、いつもの下らないギャグを言えば? そうすれば、少しは寒くなれるでしょう?」
俺をこの世界に召喚した魔法使い。リズ=レインハート。綺麗な赤い瞳で俺を見下ろしながら、今日も鼻で笑って見せる。
「ふっ、俺のギャグはいつもホットで、まともに聞くと長袖が弾け飛ぶぜ?」
「あら、それじゃあ今すぐミツクニの長袖を破らないとね」
そう言って、上着の袖を本気で掴む。
「すみません。嘘を吐きました。ですから袖は破らないでください」
「そう。それじゃあ、これで我慢するわ」
頭に落ちて来る鉄球!
普通ならば大けがをするのだろうが、この世界で散々鉄球突っ込みを食らい続けて来たので、今回も死ぬほど痛いだけで済んだ。
俺が痛みで頭を抱えていると、リズが突然言う。
「クリスマスイブよ」
その言葉に、頭を擦りながら首を傾げる。
「え? 何?」
「だから、今日はクリスマスイブよ」
「くりすますいぶ?」
何ですかそれは。
新しい水分の話ですか?
「現実逃避してんじゃないわよ」
再び頭に鉄球! 今度は手に持ってグリグリと押しつけて来やがる!
「つか、何でリズがその記念日を知ってるんだよ」
「私がミツクニを召喚したのだから、知っていて当然じゃない」
いや、当然では無いよね。
俺を召喚しただけの人間が、俺よりも元の世界の事に詳しい訳が無いよね。
「もしかして、この世界にもクリスマスがあるのか?」
「無いわ。サンタの代わりにサタンなら居るけど」
話がぶっ飛んだなあ。
つかそれ、絶対に言いたかっただけだろ。
「どうする? サタンを呼ぶ?」
「呼べるのかよ」
「彼女は寂しがり屋だから、呼べばどこにでも現れるわ」
サタンか。何か女子みたいだし、会ってみたい気もするなあ。
だが、断る。
「ここにはもうルシファーが居るからな。これ以上魔王が来られても困る」
「良いじゃない。きっと赤い服を着て、笑顔で来てくれるわ」
「それはそれで、逆に怖いんだが」
俺の頭に鉄球を押しつけたまま、楽しそうに微笑むリズ。
それにしても、いつまで鉄球押しつけてるの? さっきから地味に痛いんですけど。
「そういう事だから、クリスマスパーティーをしましょう」
頭から鉄球を離して、リズが唐突に言った。
「は?」
「クリスマスパーティーをしましょう」
間を置いた後、リズに苦笑いを見せる。
「えー」
「何よその顔」
「だってよ。リズの性格から考えると、ここは戦争をしましょうとか、血で赤く染めましょうとか、話の流れと関係無い事を言うのがセオリーで……」
腹に鉄球!
こいつは深く突き刺さったぜ!?
「私が普通の事を言ってはいけないの?」
「いや……異世界の人間がクリスマスとか言ってる時点で、普通では無い気が……」
リズが腹の鉄球を足でねじ込む。
むむ、これはスカートの中が見えそうだ。リズには珍しくサービスカットか?
「とにかく、クリスマスパーティーよ」
足をどけたリズに対して、不機嫌な表情を返す。
「何よ、やりたくないの?」
クリスマスパーティーをやりたいか、だって?
その答えは明白だ。
「お断りだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
椅子から勢い良く立ち上がり、空に向かって思い切り叫んだ。
「キモオタにとってパーティーなど悪魔の祭典! ましてやクリスマスともなると! それは正に地獄のイベント! そんなものを誰が好んで……!」
間髪入れずに第二の鉄球!
しかし! 今度はそれを受け止める!!
「誰が好んでやるものか! クリスマスなど滅べば良いのだぁぁぁぁ!!」
拒否! 断固拒否!
俺はキモオタの同胞を裏切らない!
俺達のような人種はクリスマスにゲームにログインして、ゲーム内でクリスマス特典を受け取って、薄笑いを浮かべて居れば良いのだ!
「悲しいわ。心が荒んでしまったのね」
「否! これは昇華だ! 新たなるステージに進んだのだ!」
「はいはい。分かったわよ」
俺の言葉を無視して振り返るリズ。
どうやら、言った事を理解してくれたようだ。
「それじゃあ、早速雪を降らすわね」
「問答無用!?」
俺の思いを無視して、空中に魔法陣を書き始めるリズ。魔法陣が完成すると、光が弾けて空から白い光の粒が降り始めた。
「これは……」
ヒラヒラと舞い降りて来る光を、手の平で受け止めてみる。
光は手の平をほんのりと冷やした後、直ぐに溶けて消えてしまった。
「本物の雪みたいだ」
「この魔法を完成させるのに、三カ月かかったわ」
「三か月!?」
「ええ、裏でひっそりと修業したの」
「お前頑張り屋だな!」
ツッコミを入れた後、ふと気付く。
この女……これだけの為に、三カ月も前から準備をして居たのか?
そうだとすると、相当楽しみだったのかも知れないな。
「うん、まあ……綺麗な景色だ」
クリスマスなど滅べば良いとは思うが、リズの頑張りを無下には出来ない。
むしろ、雪の降らないこの異世界で、わざわざこの魔法を開発してくれた事には、素直に感謝しておこう。
「ねえ、ミツクニは雪が好きなの?」
リズが屋上の手すりに座り、尋ねて来る。
「ああ。俺の故郷は雪が多くてさ。色々不便はあったけど、それを差し引いても雪は好きだったよ」
「どんな所が好きなの?」
「そうだなあ……雪の降る光景とか、冷やされた空気の香りとか、その時しか味わえない情緒が好きだったな」
言いながら、空を見上げる。
深々と降る白い光の粒。
俺が元居た世界でも、今日は雪が降っているのだろうか。
「綺麗ね……」
ポツリと呟き、空を見上げて居るリズ。
肩まで伸びた赤黒髪に光が舞い降り、それを左手で静かに払う。
「ああ、綺麗だな」
俺を異世界に召喚した彼女。
初めて会った時から、彼女の印象は変わらない。
彼女が勇者ハーレムの一角じゃなくて、本当に良かった。
「それで、クリスマスパーティーの方は、結局どうするのかしら?」
「当然却下だ」
それを聞いたリズは、まあそうよねと言わんばかりに、綺麗に微笑んだ。




