戦乱の赤月
赤い月。
世界を滅ぼす予言の凶兆。
それと同時に報告された事態は、それこそ世界を滅ぼすに値する事態だった。
「……まあ、何だ」
強硬派の王、アーサー=サニーホワイトが残念そうにため息を吐く。
「お前の気持ちは分かる。だが、起きちまった事は仕方が無い」
人間側の王暗殺。
しかも、暗殺したのは魔物。
ここから考えられる展開は、絶望的だ。
「恐らく、人間達は直ぐに報復して来るだろう。しかも、今までに無い規模でな」
魔物と人間の確執。そこから起こる戦争。
しかも今度は、人間側にも戦を起こす理由がある。
この戦は、絶対に止まらない。
「俺達強硬派は、穏健派の奴らに会って共同防衛態勢に入る。ここは慌ただしくなるだろうから、お前等は早めに街を出ろ」
それだけ言い残して、アーサー達がベランダから出て行く。
取り残されたのは、ヤマトと俺と仲間達。
その誰しもが、言葉を失っていた。
(何で……こんな事に……)
呆然としながら、手に持っている二つの指輪を眺める。
魔物と人間を繋ぐ、想いの籠った指輪。
その指輪に施されている太陽とハートの紋章が、泣いているように見えた。
「ミツクニ君……」
不安そうに見つめて来るヤマト。
そんな時、ポケットに入っている連絡用の手帳が鳴り響く。
呆然としたまま手帳を取ると、懐かしい声が耳に響いて来た。
「私よ」
挨拶も無い不躾な言葉。それを聞いて、俺は安堵の息を漏らす。
「リズ。久しぶりだな」
「時間が無いの。用件だけ話すわ」
言いたい事は沢山あったのだが、リズの真剣な口調に封殺されてしまった。
「まず、国王が暗殺されたわ。首謀者は、商業組合に雇われた魔物よ」
それを聞いて、胸が締め付けられる。
「街での姫強襲。城での姫暗殺。これらは王から姫に意識を向かせる為のダミーだったようね。それを利用して、王の警備が薄くなった所に魔物を送り込んだ。してやられたわ」
手帳の奥でリズがため息を吐く。
淡々と話しては居るが、殺されたのは彼女の祖父だ。悲しくないはずが無い。
「リズ、お前……」
「良いから、黙って聞きなさい」
言葉を遮って話を続けようとするリズ。その行為でリズの心境が読み取れてしまい、辛くなる。
「私達が集めた情報のおかげで、暗殺が商業組合の陰謀だとは分かったわ。だけど、私達がそれを公表する前に、商業組合の奴等は国民を先導して、報復部隊を結成した。今真実を暴露しても、私達の言葉を真実とは受け止めてくれないと思う」
国王の孫とは言え、報復部隊を結成した商業組合が犯人だなんて、誰も信じてくれるはずが無い。
どうやら、全てが商業組合の筋書き通りになってしまったようだ。
「リズ達は今どこに居るんだ?」
「私は護衛という名目で、王街の端に監禁されたわ。王族全員よ。シオリは何とか家に帰れたけれど、私は監視が付いて動けない」
再び魔物との和平を切り出されないように、王族は全員監禁か。
これで、商業組合は大手を切って、魔物と戦争が出来るって訳だ。
「私からの情報はこれだけよ。これから監視が強まると思うから、連絡も出来なくなると思う」
そこまで言って、リズがふうと息を吐く。
吐いた息が震えて居るのが、スピーカー越しに伝わって来る。きっと彼女も、一杯一杯なのだろう。
俺は頭に浮かんだ負の感情を押し殺して、改めて口を開いた。
「リズ」
俺の呼びかけに答えないリズ。
だから、俺の方から言ってやった。
「大丈夫だ。こっちは俺が何とかする」
沈黙。
「だから、リズは王族の人達を守ってくれ」
リズは、まだ何も言わない。
「それじゃあ、やる事が出来たから切るぞ」
そして、通話を切ろうとした時だった。
「……ないで」
スピーカーから響く、小さな声。
「……お願いだから、無理をしないで」
それは、リズの心の底からひねり出された一言。
その言葉を聞いて、リズの傍に居なかった自分の行動を悔やむ。
(……リズ)
言いたい事が、山ほどある。
だけど、今はそれを言っている暇が無い。
だから俺は、こう言うんだ。
「また、元気な姿で会おう……必ず」
少しの沈黙。
「……うん」
ぽつりと響くリズの声。
それは、お互いの不安を紛らわせる為の、大切な約束となった。
「それじゃあ、またな」
名残惜しかったが、その気持ちを胸にしまって通話を切る。
手元に残る無音の連絡用手帳。
その先に、リズの懐かしい笑顔が浮かんだ。
(……良し!)
だけど、もうリズの事は考えない。
今の俺がやるべき事は、この戦争を止める事だ。
魔物と人間が殺し合うなんて、絶対にさせやしない!!
「リンクス! ミント!」
呼び声に反応して二人が現れる。
「二人はアーサーさんと一緒に行って、穏健派との橋渡し役になってくれ!」
俺の言葉にリンクス達が頷く。
「ベルゼとヤマトは魔法学園に向かってくれ!」
「魔法学園? 何で?」
ヤマトが首を傾げる。
「魔法学園は魔物を保護しているから、狙われる可能性がある!」
「そっか……了解。分かったよ」
頷くヤマト。
それを見た後、俺はベルゼに小声で言う。
「ベルゼは宇宙船に戻って、隠ぺい工作をしてくれ。鹵獲されたら大変だ」
「うむ。移動装置の修理は既に終わっている。適当な場所に動かしておこう」
二人で頷き、今度はメリエルを見る。
「メリエルは帝都の偵察を頼む!」
「お断りします」
「よし。それじゃあ……!」
次の言葉を言いかけて、言葉に詰まる。
……今、否定されたよな?
「メリエル?」
「私は、ミツクニに着いて行きます」
それを聞いて、思わず苦笑する。
「いや、帝都の偵察は重要な……」
「ミツクニは戦場に行くのでしょう? それならば、偵察はその時にします」
メリエルが俺の前まで歩き、頬に触れて来る。
「どうせまた、無茶をするのでしょう?」
……参ったな。
俺の考えなんて、バレバレのようだ。
「ミントも一緒に行くぅ!」
俺の足にしがみ付くミント。
「みつくに! 一人じゃ駄目! 一緒に居るの!」
半泣きで俺を見詰めて来る。これは、どうやっても引き剥がせそうにない。
「……分かった。一緒に行こう」
それを聞いた二人が笑顔で頷く。
これで、俺達の行動は決まった。
「よし! それじゃあすぐに行動だ!」
掛け声で全員が一斉に散る。
俺は湧き上がっていた不安を全て飲み込み、出口へと歩き出した。
メリエルとミントを連れて、街の出口へと足を進める。
その周りで慌ただしく動いている街の魔物達を見て、緊張感が高まる。
飲み込まれてはいけない。
俺達は、俺達の出来る事をやるだけだ。
(だけど、どうやって……)
戦いを止める為に、俺達は戦場へと向かう。
だけど、まだ手段が考えつかない。
このままでは、行った所で何も出来ない。
(いっそ全員で総攻撃するか……でも、そうなると被害が……)
そんな事を考えていると、突然人にぶつかってしまう。
俺の前で倒れ込む女子。
それは、蹂躙のネクロマンサー、ネクロ=ネイターだった。
「ミツクニさん!」
ネクロが俺に気付いて、嬉しそうに立ち上がる。
「お陰様でスケルトンを消す事が出来ました!」
「あ、ああ……良かったな」
考え事をしながら話を続ける。
「ネクロはどうしてここに来たんだ?」
「一応私、強硬派の幹部だったんで、挨拶してから魔法学園に行こうかと思いまして」
ネクロは勇者ハーレムの一角だ。
暴走していたスケルトンを制圧した代わりに、勇者ハーレムに合流してもらう事になって居た。
「いやあ。本当に大変でした。でも、無事にネクロミノコンも回収出来たし……」
それを聞いて、ハッとする。
ネクロミノコン。
スケルトンを操っていた魔導書。
「なあ、ネクロ」
「何ですか?」
「そのネクロミノコンを使えば、誰でもスケルトンが使役できるのか?」
「はい、魔力次第でいくらでも。私は暴走しちゃいましたけど」
てへへと笑うネクロ。
それに合わせて、俺も笑ってしまう。
その手があったか!
「ネクロ!」
「は、はい!?」
「そのネクロミノコン貸してくれ!」
「え? ええ……?」
首を傾げるネクロの手を強く握る。
「頼む! どうしても必要なんだ!」
「わ、分かりました! 分かりましたから!」
顔を真っ赤にしながら手を離して、本を差し出してくるネクロ。
全身黒のハードカバー。いかにも魔法書って感じの本。
それを手にして、俺はニヤニヤと笑う。
「みつくに?」
疑問の表情を浮かべるミントの頭を撫でる。そんな俺の姿を見て、メリエルも微笑んだ。
「何か思いつきましたか?」
「ああ。凄い事を思いついた」
それぞれに散って行った仲間達。残ったメンバーは、魔王と天使と貧弱な俺。
そして、ネクロミノコン。
「戦争をしよう」
相手は人間側の大軍勢。
こちらはたった三人。
この無謀な戦いで、人間達を止めてやろうじゃないか。




