娘さんを俺に押しつけないでください
広場でのゴタゴタが片付き、強硬派の大将に会う為に足を進める。
辿り着いたのは、要塞中央にある建物の最上階。広いベランダがあり、街を一望出来るような場所だった。
領主は出掛けているとの事なので、それぞれが適当な場所で待つ。
俺はベランダで街を眺めて居たのだが、ヤマトとウィズが微妙な距離感で横に居たので、落ち着いて街を眺める事が出来なかった。
「本当に賑やかな街だね」
ぽつりとそう言ったのは、ヤマト。
「ここの人達が人間と戦争して居るなんて、本当に思えないよ」
「ああ、そうだな」
それだけ言って、小さくため息を吐く。
勇者ハーレムを作る為に、親友役として召喚された。
しかし、今や世界中を駆け回り、戦争を止める為に奮闘している。
俺のやっている事は、親友役から外れて居ないだろうか?
(世界を救うのは……ヤマトなのになあ)
横で街を眺めているヤマト。耳に掛かった黒髪をサラリと払い、静かに微笑んで居る。
改めてしっかりと見ると、幼さの残る可愛い女子だと感じだ。
(……そう、女の子なんだよなあ)
古い考えなのかも知れないが、世界を救う勇者というのは男が定番だ。
それなのに、俺はヤマトを勇者にして、世界を救わせようとしている。
男として、果たしてそれで良いのだろうか?
(とは言え、俺の力じゃ世界は救えないからなあ)
などと考えて居る途中。
突然空から降って来て、ドスンと音を立ててベランダに立つ男。
腰まで伸びた青黒髪。血のように赤い瞳。ボロボロのスーツに黒いマント。
間違いない。彼が強硬派の大将。リズとウィズの父親だ。
「よう」
男がクルリと宙を舞い、手すりに飛び乗って胡坐を掻く。
「強硬派のボス。アーサー=サニーホワイトだ」
アーサー。俺の世界では伝説の英雄王。
その名前だけで、彼がどれだけ偉大な存在か分かってしまった。
「お前が噂のミツクニか?」
「は、はい。そうです」
「そうか……」
顎に手を置き、品定めするかのように、俺を眺めて来る。
そして、ふっと笑って言った。
「娘達をよろしく頼む!」
その言葉に、俺は固まってしまう。
「……は?」
「頑固な娘達だが、どちらも生涯の伴侶として役に立つだろう」
「ど、どちらも!?」
「子供は一姫二太郎で六人頼む」
「生涯設計まで!?」
「なあに。お前が貧弱でも、俺の孫だから丈夫に育つよ」
「貧弱なのはバレているのか!」
変な方向に進んで行く会話。
心なしか、横に居るヤマトの視線が痛い。
ここは話題を変えなければ!
「ええと、アーサーさん? 俺は彼方と話がしたくて……」
「お父さんと呼べ」
「呼べるか!」
「恥ずかしいのか? なら親父と呼んでも良いぞ」
「そう言う問題じゃないんだよ!」
「おお、威勢が良いな。やはり息子はこうでなくちゃな」
楽しそうにガハハと笑うアーサー。そして、静かに殺気を放ち始めるヤマト。
このままでは、勇者対魔物総大将の構図が完成してしまう。
「アーサーさん。取りあえず、その話は後で……」
「親父と呼ばないと戦争を始める」
「親父さん! 親父さぁぁぁぁん!」
「うむ。羞恥心を感じるが、まあそれで良いだろう」
精一杯叫んだ後、肩で大きく息をする。
流石はウィズとリズの父親。
一方的過ぎて太刀打ちできねえ!
「それで? 話を聞きに来たんだろう?」
アーサーの言葉で本来の目的を思い出す。
俺は一息ついて自分のペースを取り戻すと、真っ直ぐにアーサーを見た。
「アーサーさん。俺は……」
「親父」
「親父さん。俺は、この戦争を始めた理由を聞きに来ました」
そう言うと、アーサーが小さく頷く。
そして、真剣な瞳で言った。
「戦争を始めた理由は、領地が減ったからだ」
それは、最初から分かって居た事。
だけど、俺が聞きたかったのは、そんな事じゃない。
「領地は確かに減りましたが、住むには十分な土地が残って居ます」
「まあ、そうだな」
「それに、戦争なんてしなくても、ここは平和で潤って居る」
「お前の言う通りだ」
「それなら、戦争をする意味なんて、無いじゃないですか」
それを聞いたアーサーがふっと笑う。
その笑みは、言うだろうと思っていた、と言うような表情だった。
少しの沈黙の後、アーサーが空を見ながら語り始める。
「ミツクニ。ウィズから聞いたんだが、お前は異世界から来たんだよな」
「はい。そうです」
「お前の世界では、戦争は起こっていないのか?」
「世界中で起こっています」
「理由は?」
「はっきりとは分かりません。ですが、宗教的な理由や生活の為が、主な理由だと思います」
「それと同じだ」
そう言い切ると、アーサーは懐からパイプを取り出し、煙を吸い始める。
「どんなに今の生活が豊かでも、俺達は領地を失った。失ったという事は、存在した物が無くなったという事だ。それが、どういう事か分かるか?」
真っ直ぐに見つめて来るアーサーの瞳に、俺は黙らせられる。
「あった物が無くなると、人はそれを求める。そんな時、横に豊かで広大な領地を持っている国が存在したら、どうなる?」
言葉と共に伝わって来る静かな圧力。言いたい事があるはずなのに、何も言えない。
「当然、戦争だ。相手と元々敵対していたのであれば、尚更な」
敵対。
この言葉が、戦争を起こす一番の理由。
魔物と人間が敵対していなければ、こんなに早く戦争は起こらなかっただろう。
「俺は強硬派の奴らをまとめた。おかげで小さな抗争は無くなったが、相変らず失った領地を取り戻したい奴らは多い。もう、俺一人の思いじゃ止められないんだよ」
その言葉が、俺の心に引っかかる。
俺一人の思い。
それは、つまり……
「親父さんは、戦争をしたくない?」
その言葉に対して、アーサーが唇を噛み締める。
そして、腹の底から吐き出すかのように言った。
「当たり前だろう……!」
再び俺を見つめるアーサー。
「穏健派は同族! 人間側は俺の家族が率いてるんだぞ……!」
悔しさを必死に押し殺すように、拳を強く握る。その行為は、行き場の無い怒りを自分に向けているようだった。
黙ってしまったアーサー。
その悲しそうな姿を見て、心が締め付けられる。
(家族……か)
ふと思い出して、胸元をまさぐる。
取り出したのは、精霊王の首飾りと王家の指輪。
そうだ。
アーサーは人間の女性と結婚したんだ。
「それは……」
持って居た指輪を見て、アーサーが目を丸める。
「どうして、お前がそれを……」
驚いているアーサーを不思議に思ったが、質問されたので答える。
「国王に会った時に貰いました」
それと同時に、国王に言われた言葉を思い出す。
だから、俺はそれも言ってみた。
「これを持っていれば、道が開かれると」
少しの沈黙。
小さく笑い出すアーサー。
やがて、豪快に笑い、持っていたパイプを懐にしまった。
「なるほど……! そう言う事か……!」
そう言った後、アーサーが首元をまさぐる。
そこから現れたのは、鎖に繋がれた小さな指輪。
「ほらよ」
鎖から指輪を外して俺に投げる。
慌てて受け取る俺。
その指輪に刻印されていた模様は、太陽の紋章だった。
「それは、エルザと俺の婚約指輪だ」
エルザ=レインハート。リズとウィズの母親で、国王の次女。
運命に導かれるかの如く、再び出会った二つの指輪。
そして、アーサーが語り出す。
「俺とエルザは一目惚れでな。その頃はまだ魔物と人間があまり仲良くなかったんだが、周囲の反対を押し切って結婚したんだ」
アーサーが優しい顔でウィズを見る。
「結婚した俺達は、魔物と仲良くしようとしていた王の庇護を受けて、王宮の端で静かに暮らしていた。そして、リズとウィズが生まれた」
ふっと笑い、空を見上げる。
「本当に嬉しかった。王も喜んでくれた。だけど、生まれた双子は、それぞれに別の魔力を持っていたんだ」
それを聞いて、思わず声が出てしまう。
「人間と魔族の魔力……」
「そう。リズが人間、ウィズが魔族だ」
それを聞いて、分かってしまう。
何故彼らが、別々の場所で暮らして居るのかを。
「ただでさえ、魔族と人間のハーフは忌み子だ。それに加えて別々の魔力。二人の子供の事を考えると、一緒に過ごす訳にはいかなかった」
片方は人間の魔力を持った王族。片方は魔族の魔力を持った王族。
それらが人間の王宮に住んで居たらどうなるかは、容易に想像出来た。
「だから、俺はウィズを連れて王宮を出た」
種族間の争いで切り離された家族。
まるで、悲劇の映画に出て来る、ヒーローとヒロインのようだ。
だけど……
「だが、後悔はしてねえ。今は離れちまってるが、エルザの事は愛してるし、大切な娘達もこうして元気だしな」
アーサーは、それでも笑って居た。
強硬派の大将。アーサー=サニーホワイト。
晴れ渡る空のようにどこまでも広く、種族に染まらぬ白い心。
リズとウィズの父親は、その名の通りに偉大な男だった。
「しかし、その指輪がここに来たとなると、少し話が変わって来るな」
アーサーが手すりから降り立つ。
「その指輪はな。俺とエルザが再開する時の為に、王に預けた物なんだ」
意味が分からずに首を傾げて見せると、アーサーがふっと笑って言った。
「つまりな。それがここにあるって事は、王が俺と会見したがってるって事だ」
それを聞いて、全ての疑問が解ける。
この指輪を俺に預けて、道を示してくれた王。
要するに、この指輪は、強硬派と人間の和解の兆しだったのだ。
「流石は俺の息子だな。こんな重要な役を託されるとは」
「いえ、俺はただ、これを持たされただけで……」
「だから、王は信じてたんだよ」
アーサーが俺の肩をポンと叩く。
「お前が必ず、ここに来るってな」
それを聞いて、目頭が熱くなる。
この世界に召喚されて、世界を救う為に世界中を回った。
その行為は、勇者ハーレムを作るという、本来の目的からは外れていた。
だけど、その行為が実を結び、今こうして魔物と人間の懸け橋が出来た。
俺が召喚された意味が、今ここに成されたのだ。
「俺は……」
言葉にならない。
沢山の人に助けられて、託されて。
ようやく、一つの到達点に辿り着いた。
俺の辿って来た道は……間違いでは無かった。
「ミツクニ君……」
俺の横で微笑むヤマト。
これからは魔物と人間の和平が始まり、間を取り持って来たヤマト達が、その中心となるだろう。
世界を救うのは、勇者であるヤマトと、勇者ハーレム。
俺は親友役として、使命を果たしたんだ。
(これで……)
見えた。
俺達の目指した平和が。
勇者ヤマトと勇者ハーレムが救う世界が……
……それなのに。
「大変です!」
突然ベランダに駆け込んで来る竜兵。
その険しい表情が、見えたはずの平和を一瞬にして崩す。
「人間側の王が……!」
ああ、分かっている。
だけど……言うな。
お願いだから! 言わないでくれ……!
『周囲が闇に覆われて、赤い月が空に立つ』
「人間側の王が! 魔物に暗殺されました!」
終わらない。
世界はまだ……平和を望んで居ない。




