アイドルとグレネード
武術大会も無事に終わり、魔法学園に平穏な日常が戻って来た。
勇者であるヤマトは、メインの大会で惜しくも学園トップに倒された。
高等部一年の時点で準優勝というのは凄い成績だし、最初の大会で勇者が優勝出来ないのも、ある意味で勇者らしい。
そんな訳で、ヤマトは学園内で更に名を上げて、本当の意味で異世界勇者となる片鱗を見せ始めた。
今日の授業が終わり、教室で伸びをする。
下宿生活のせいで学園に居る時間が少なくなった俺は、学園内での存在が薄くなり、変な噂が立つ事も少なくなった。
おかげでコソコソ動くのも楽になり、今はヤマトに隠れて、この世界の事や新しい勇者ハーレムの事を調べている。
そう言う事で、今日の放課後もこの世界の事を調べる為に、図書館へと向かう予定だったのだが……
「ミツクニ君。ちょっと良いかな」
ヤマトに声を掛けられて振り向く。
「どうした?」
「うん、ちょっと頼まれ事をしていて……」
「へえ、珍しいな。何だ?」
「これ……」
ヤマトは机の中に手を入れて、何やら紙切れを取り出す。それは、ハートのマークのシールが張られた手紙だった。
「ヤマト……まさか!?」
「ち、違うよ! 僕がミツクニ君宛に書いたんじゃない!」
「どういう勘違いだよ! 俺が言いたかったのは、ラブレターの相談……!」
「違くて! これ!」
ヤマトが俺に手紙を差し出す。
「ミツクニ君に渡してって頼まれたんだ!」
それを聞いた瞬間、右側の席から物凄い殺気が放たれた。
「……おかしいわね。あれほど許嫁が居る事を、校内放送したのに」
「待て待て。校内放送なんて聞いてないぞ」
「ミツクニが居ない時に、随時放送して居たわ」
「随時かよ!」
「ロリ変態やキモオタと言う事も、しっかりと伝えたのに……」
「んん? もしかして、最近噂が少ないのは、逆に認知されたからか?」
何にせよ、手紙が送られて来たのならば、見るのが礼儀だ。
とりあえず、見てみよう。
『ミツクニさんへ 今日の放課後、屋上で待っています。 ネール=キャラバン』
……ネール? どこかで聞いた名前だな。
「学園アイドルね」
そうだ。この学園に居るというアイドルの名前だ。そして、当然のように勇者ハーレムの一角だ。
「ヤマトはそのアイドルと知り合いなのか?」
「知り合いと言うか、武術大会の時に話す機会があったんだ」
「なるほど。それで、手紙を渡されたと」
「うん。今日の朝に」
そういう事ですか。
……と言うか、勇者。この手紙貰うのはお前の仕事だろう。親友役である俺に興味を持たれてどうするんだよ。
「……よし、帰るか」
何事も無かったかのように席を立つ。
「帰るって、約束は?」
「行かない」
「行かないの!?」
「ああ。別に強制では無いしな」
ヤマトがネールにあった時点で、ハーレムフラグは立って居る。俺が彼女に会いに行って、自らの命の危険度を上げる必要は無い。
それと……何よりもリズの癇癪が怖いですから。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「何だヤマト。お前にしては随分と食い下がるな」
「だって、手紙を渡せって頼まれたし!」
「渡すのを頼まれただけだろ? 行くか行かないかは俺の責任だから、気にするな」
そう言って、教室を出て行こうとする。
しかし、不穏な雰囲気に気付いて立ち止まった。
(な、何だ? この迫りくるような殺気は……)
この殺気は、単体から向けられるものでは無い。
これは……クラスの男子全員か!?
「ミツクニ。屋上に行くべきだわ」
それを言ったのは、まさかのリズだった。
「ネールの人気は全国レベルよ。誘いを断ったとなれば、全男子から敵視されるわ」
「行ったら行ったで敵視されるのでは?」
「それはそうね」
どっちにしたって駄目じゃねえか!
最悪だよ! Dead or Deadだよ!
「……仕方ないな。リズ、行くぞ」
「あんな手紙を貰っておいて、一人で行かない所がキモオタよね」
「いやいや、元々許嫁が居るんだから、一人で行く方がよっぽど不純だろう」
「そう言われると確かにそうね。面倒ではあるけれど、一緒に行った方が良さそうだわ」
肩に掛かった髪を払い、リズがゆっくりと立ち上がる。これでアイドルと会っても、面倒な事は起こらないだろう。
「私も行く!」
それを言ったのは、まさかのシオリ。
ここで面倒な事が起こってしまうとは……完全に予定外だ。
「ええと……許嫁と二人きりより、その親友も居た方が、言い訳し安いでしょ?」
「言い訳って……まだ告白の手紙かどうかすら分かって無いんだけど」
無邪気な笑顔で首を傾げるシオリ。
武術大会が終わってから、何故か良く絡んで来るんだよなあ。
「……まあ、良いか。ほら、ヤマトも行くぞ」
「え? 強制!?」
「ああ。手紙を貰った張本人だろ? 責任とれよ」
責任と言う言葉を聞いて、仕方なく頷くヤマト。勇者を誘導するのは本当に簡単で助かります。
「それじゃあ、行くか」
俺達は荷物を持ち、屋上へと足を運んだ。
屋上に続いている扉を開けて、四人で屋上へと出る。
この学園に入った当初、ヤマトを監視する為にお世話になって居た場所。
今はここから監視する事も無くなって居たので、どこか懐かしく感じた。
「それで、そのアイドルとやらは……」
視線の先に居る一人の女子。
風が吹き、青い長髪がサラリと揺れる。
その綺麗な顔立ちは、アイドルと言うより女優のような雰囲気だった。
「ミツクニ君、来てくれたんだね」
「ああ。許嫁と仲間を連れてだけどな」
ぞろぞろと引き連れてやって来た俺に対して、少しの不安も見せないネール。流石はアイドルと言った所か。
「それで、俺に何か用?」
初対面でぶしつけな話し方をするのは好まないが、ここには許嫁のリズが居る。不用意に仲良くなって、鉄球を食らうのは御免だ。
「用が無いなら帰るけど」
「ふふっ、そんなに焦らないで」
優しく微笑みながら近付いて来るネール。
やんわりとした風が吹き、彼女のスカートがフワフワ舞ってドキドキする。
どうやらこの世界の風は、彼女の味方らしい。
「私、ミツクニ君に大事な話があるの」
「ふうん、俺は無いけどな」
ヘラヘラと笑う俺に対して、淀みなく真っ直ぐに歩いて来るネール。
やがて、俺を見上げられる位置まで来て、ピタリと止まった。
「ねえ、ミツクニ君」
上目遣いのまま首を傾げる。
魅力的な瞳。挑発的な口元。
こいつは……中々に危険だぜ!?
「私、貴女に凄く興味があるの」
顔が近い! 息が頬に当たる!
しかし! ここで少しでもデレデレしたら! リズに百回殺される!
「そ、そうですか。何用でござろうか?」
「緊張しないで」
ネールが俺の体を指でなぞる。
え? ここでまさかのエロ展開ですか!?
ヤバいだろ! 相手は勇者ハーレムなんだぞ!?
「私……」
リズ! おいリズ!
何で今日は助けてくれないんだ!
「彼方に……」
いかんいかんいかん!
俺の恋愛ゲージがぁぁぁぁぁ!
「舞台装置の相談がしたいの!」
……
なんですと?
「ミツクニ君って、光とか出せるんでしょ!」
そんな物出せましたっけ?
「あと、煙とか! 爆発とか! 呪文無しで出せるって!」
どうやら、武術大会で使用したグレネードの事を言っているようだな。
そう考えれば出せるけど、どうしてそれが舞台装置に繋がるんだ?
「私、舞台で使う新しい演出を探していたの! それで、ミツクニ君の話を聞いて、是非話を聞いてみたいなって!」
なるほど、技術目当てと言う事ですね。
その、何と言うか……
(……チクショウがぁぁぁぁぁぁ!)
俺は夢を見た!
だけど! 良いじゃないか! 夢くらい見させてくれよ!!
「惨めね」
「言うな」
目を逸らして体を震わせているリズ。さては、こうなる事を最初から知って居たな?
「ねえ! ミツクニ君! ミツクニ君!」
「あーもう! 分かったよ!」
俺は口に手を当てて口笛を吹く。すると、空の彼方からベルゼが飛んで来た。
「彼は俺の技術班長であるベルゼだ。細かい事は、彼から聞いてくれ」
「そうですか。よろしくお願いします」
「うむ。よろしく」
丁寧に挨拶を交わす二人。
まるで、仕事で交わす挨拶のようだな。
「それじゃあ、俺はもう行くから……」
「何言ってるの?」
ネールが俺の腕をガシリと掴む。
「言ったでしょ? 舞台装置の相談がしたいって」
「だから、それはベルゼが……」
「私が相談したいのは、ミツクニ君です」
あ、あれぇ?
この展開は、もしかして……
「死ね」
鉄球! 鉄球! 鉄球ぅぅぅぅぅぅ!
ですよねぇぇぇぇぇぇ!
「また……女……」
ぽつりと零すシオリ。
流石に鉄球は飛んで来ないが、凄まじい圧力を感じる。
「と、とにかく俺は忙しいから、また今度な!」
鉄球を躱しながら屋上から逃げ出す。
勇者はヤマト。俺は勇者の親友役。
頼むから、ラブコメは勇者とやってくれ。




