親友は裏でコソコソしている
放課後。俺はいつもの訓練に行かずに、魔法学園の奥にある研究室へと向かう。
目的の部屋に辿り着き、自分のIDカードを認証させて部屋に入ると、奥でパソコンを操作しているフランの姿が見えた。
「よう、フラン」
「ミツクニさん。おつでーす」
挨拶を済ませて部屋中央にある椅子に座る。少しすると、フランの作ったドローンが、机の上にコーヒーを置いた。
俺はコーヒーを飲んで話を始める。
「頼んでいた物、出来上がっているか?」
「勿論です」
「それじゃあ、見せてくれ」
「はいはーい」
フランがボタンを押すと、部屋の端にあるスクリーンに地図が浮かび上がる。
それは、魔物と人間の勢力図だった。
「相変らず凄いな」
「褒めても何も出ませんよ」
そう言いながら、持って来た資料を机の上に置く。俺はその資料を手に取り、一通り読んでため息を吐いた。
「やっぱり、強硬派の勢力が強まって来ているのか……」
「そうですねえ。困ったものです」
強硬派。それは、第一次世界崩壊時に領土を失った魔物の一部。それらが、人間と魔物の国境周辺に集まって来ていた。
「このままだと、本当に戦争が起きそうだな」
「起きそうじゃなくて、起きます。もう確定事項ですよ」
ケラケラと笑うフラン。戦争が起こる事に対して笑うのもどうかと思うが、これが彼女のキャラなので仕方が無い。
「ミツクニさん、ヤバくないですか?」
「ヤバいと言うか、俺が戦争に巻き込まれたら、即死だろうな」
「とは言え、魔法学園の生徒なら、戦闘からは避けられないですし」
「そうなんだよなあ……」
「いっその事、学園を辞めて逃げちゃいますか?」
「それが出来たら苦労しねえよ」
勇者ハーレムを作らなければ世界が滅ぶ。
その任を任されてしまった以上、この学園から離れる事は出来ない。
しかし、このまま学園生活を続けて居たら、貧弱な俺では命が危うい。
「どうするかなぁ。いっその事、学生寮にでも籠城するか……」
「学生寮なら、メリエルさんやリンクスさんが居ますもんね」
「まあ、メリエルに殺される可能性も残っているんだけど」
メリエル。死を司る天使。
今は仲良くやれているが、彼女の機嫌を損ねたら、簡単に殺される可能性もある。
結局の所、八方塞がりだった。
「ああ! くそっ!」
頭を抱えて発狂する。
「俺はただ親友役をやりたいだけなのに! 何でこんな事になってしまうかね!?」
「状況が悪いですからねえ」
俺の苦悩に対して、ケラケラと笑うフラン。
「それにしても、勇者ハーレムを作らないと世界が滅ぶだなんて、とんでもない予言が出て来てしまいましたねえ」
楽しそうに言ってコーヒーを飲む。
実は、俺は第一次世界崩壊の後、フランに予言の事を全て話していた。
「最初に聞いた時は、何言ってんだこいつって思いましたよ」
「だろうなあ。フランは科学者だもんな」
「ええ。ですけど、私に話したのは正解だったと思います」
人差し指をピンと立てて、フランが立ち上がる。
「こういう予言って、隠さなければいけないって思われがちですけど、そんなルールは存在しませんからねえ」
「だよなあ。たとえ相手が勇者ハーレムの一角だろうと、協力しない理由は無いし」
「話した時点で世界が滅ぶと言うのなら、話は別ですけどね」
「まあ、少し覚悟はしたけど、予言にはそんな事は書いてなかったしな」
元の世界で漫画やアニメを見ていて、いつも思う事があった。
それは、自分の状況を話せば協力者を作れるのに、なぜか協力者を作らない事。
フランの言った通り、縛りがあれば不可能なのだが、大抵の場合は抜け道があり、それ実行してしまえば、事態は解決するのだ。
……まあ、それをしてしまえば、話がつまらなくなるのだが。
「いっその事、ミツクニハーレムを作ったらどうですか?」
「それは嬉しい提案だけど、俺は召喚された時点で、立場が決まっているからな。その予言から外れたら、流石にヤバい気がする」
「確かにそうですね」
「それに、予言の話をするのも、フランみたいに遠目から判断出来る奴じゃなきゃダメだ。エリスなんかに話したら、それこそ世界崩壊するぞ」
「それも確かにそうですね」
コーヒーを飲みながら、冷静に頷くフラン。
流石は科学者だ。この世界の理から離れた話でも、きちんと理解をしてくれる。
「そういう事だから、フランも勇者ハーレムを脱退しないでくれよ」
「ええー嫌ですよ。私もミツクニハーレムに入りたいです」
それを聞いて、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
「ち、直球だな……」
「だって、こっちの方が面白そうですから」
「それじゃあ、兼任してくれよ。世界が滅ぶのは困るし、俺もフランの協力が必要だ」
「そうですね。私が手伝わなかったら、ミツクニさんは簡単に死にそうですもんね」
はっきり言って、その通りです。
俺はただの親友役なので、居なくなった所で世界は滅ばない。
だからこそ、勇者達とは違って、簡単に死んでしまう可能性があるのだ。
「死にたくない!」
「分かってますよ。助けてあげますから」
「フランは優しいな!」
「普通ですよ。ミツクニさんの周りが、厳し過ぎるだけです」
ああ、そうですね。
俺の周りに居る奴等(特に一名)、簡単に死ねとか言いますから。
いいなあ。勇者ハーレムは皆優しくて。
「俺も勇者ハーレムに入りたい……」
「真顔でボーイズラヴ発言しないでください」
「優しさが足りてないんだよ」
「分かりましたから、そろそろ真面目に話をしましょうよ」
淡々と話すフラン。少し寂しかったが、この冷静さこそが、彼女に秘密を打ち明けた理由でもある。だから、それで良しとした。
改めて、俺達は予言について考え始める。
「それじゃあ、まずは勇者ハーレムの進行状況についてだな」
コーヒーを飲み、ハーレムリストを開く。
「現在のハーレムは十三人。リストの総数は三十人。三分の一って所か」
「私の作った世界危険値から考えると、順調ではありますね」
「だけど、それはあくまでも推測値だからな。正解って訳じゃない」
「そうですね。でも、様々な地理データや世界情勢から分析していますから、精度は高いはずです」
「科学的根拠か。今はそれに頼るしか無いか」
予言に対して科学が通用するかは分からないが、常識の範囲で物事を判断する定規は必要だ。その為に、フランには色々と調べて貰っていた。
「それで、次の予言の予想なんだけど……」
俺が口を開くと同時に、フランも口を開く。
『強硬派との戦争』
それを聞いて、不謹慎ながら微笑んでしまった。
「流れから考えると、そうなるだろうな」
「そうですね。世界を滅ぼすのは、大抵生物同士の戦争ですから」
世界が滅ぶ予言。その言葉だけで考えれば、人の力が及ばない何かが発生する可能性もある。
しかし、この予言は、人を集める事で世界が救われる予言だ。
それはつまり、人の力で世界を救えるという裏返しでもある。
「とは言え、勇者ハーレムだけで、戦争は止められないだろ」
「そうですねえ。第一次世界崩壊時点で、戦争はほぼ確定ですから、その後に続く何かで、ハーレムに役割があるんじゃないでしょうか」
「そうなると……魔物と人間の仲介とか?」
「難しいでしょう。ヤマトさん達が仲良くしているのは、あくまでも魔物の一部ですから」
そうなると、残されているのは……
「魔物と人間が和解するきっかけを作る?」
それを聞いたフランが小さく唸る。
「逆に、ヤマトさん達が魔物を殲滅する可能性も、あるんじゃないでしょうか」
その言葉を聞いて、大きく息を飲む。
この世界の人間と魔物は、大きな争いこそして居ない、対立はして居る。
だからこそ、その可能性は大いにある。
「……困ったなあ。俺は人間と魔物が仲良くなって欲しいんだけど」
「でも、この予言は人間側に伝わっていた物ですから、人間だけが救われる可能性が高いと思います」
フランの言葉に渋々頷く。
認めたくは無いのだが、フランの言う通りだ。
何故ならば、第一次世界崩壊で被害を受けたのは、魔物側だけなのだから。
「一応先に先に言っておくけど、例え予言が人間だけを救う物であっても、俺は魔物を助ける為に努力するからな」
「人間一人が努力をした所で、世界の流れは変わりませんよ」
それを聞いて、俺は勢い良く立ち上がる。
「馬鹿野郎!」
そして、全力で語った。
「猫耳! ウサ耳! ロリっ子魔王! そんな人材がゴロゴロしている魔物を全滅させようだなんて、それこそ世界崩壊だろうが! 大体この世界の人間は魔物を一括りにして、彼女達の本当の素晴らしさを……!」
話の途中でフランが謎のボタンを押す。
その瞬間、俺の体に強烈な電撃が走った。
「な、何が……?」
「ミツクニさんに渡した護身用の爆弾に、電気が走る装置を組み込んであります」
「お前も……リズと同じなのか」
「不純な理由で魔物を助けようとして居る、ミツクニさんよりマシです」
よーし、言い訳出来ねえ。
しかし、それが俺の本意なのだから、仕方がないだろう!
「俺は可愛い魔物のハーレムを作るのだ!」
「人間に対する反逆ですね」
「黙れぇぇい!」
電撃で震えている腕を机の上に乗せて、真っ直ぐにフランを見つめる。
「人間だろうが魔物だろうが! 俺は助けたい奴を助けるだけだ!!」
黙って睨み合う二人。
やがて、フランがふっと笑った。
「……分かってますよ」
その言葉を聞いて、俺も笑う。
どうやら、それでもフランは、俺の事を手伝ってくれるようだ。
「なんにせよ、今はまだ次の予言が出て居ません。事態が起こった時の為に、少しでも信頼出来る仲間を作った方が良いと思います」
「ああ、そうだな」
椅子に座り直してコーヒーを飲む。
「今の所、全部知っていて助けてくれそうなのは、リズとミントと……」
「それなんですが」
フランが話に割って入る。
「私から一人、紹介したい人物が居ます」
その言葉の後、スクリーンの裏から一人の女子が現れる。
それは、高等部の生徒会長、シズノ=アメミヤだった。
「フラン……お前」
「すみません。脅迫されました」
てへっと笑うフラン。
勝手な事をされて不愉快ではあるが……仕草が可愛いかったので許す!
「話は全て聞かせて貰った」
こちらに近付き、正面の椅子に座るシズノ。
「私は人間なので魔物の肩を持つ気は無いが、魔物と人間の関係は良好なものにしたいと思っている。だから、出来る範囲で協力しよう」
正直な所、会長とは少し前に出会ったばかりなので、完全には信用していない。
しかし、こうなった以上、隠すと逆に面倒になるので、仕方なく納得した。
「そういう事で、いきなりではあるが、協力しようじゃないか」
「本当にいきなりだなあ」
「そう言うな。こういうのは早い方が良いだろう?」
確かにその通り。
流石は生徒会長。決断が早くて助かります。
「学園長に会って来い」
……うん。助かりますけど、いきなりラスボス紹介ってどうなのよ。
「いやいや、俺はそこら辺に居るモブな訳で……」
「学園長は魔物との友好を推している第一人者だ。知り合っておくのは上策だと思うのだが?」
「ありがとうございます!」
机に頭を叩き付けてお礼をする。
こうしてモブである俺は、戦争を止める鍵となりそうな重要人物と対面する機会を得た。




