天使は基本落ちてくる
放課後。俺とヤマトはいつものように、訓練場で戦闘訓練をしている。
それにしても、今日はとても天気が良い。
あまりの陽気に、俺は芝生に横になり、何処までも広がる青空を眺めていた。
「ああ……異世界は素晴らしいなあ」
元の世界でこれほどの空を見るには、郊外に出なければならない。だけど、ここならいつでも、この空を見る事が出来る。
それだけでも、この世界に来た甲斐があったと思っていた。
「後は空から可愛い女の子でも降って来てくれば、最高なんだけど……」
そこまで言ってしまってから、やっと気付く。
この展開は……まさか!
(いやいや、そんな事は……)
小さく首を横に振り、再び空を見上げる。
その先に、先程までは見えて居なかった、黒くて小さい物体が現れた。
(二回目だぞ? 流石に同じ登場は無いだろ)
小さかった物体が、どんどん大きくなってくる。ここまで来ると、もう自分の考えを否定する事は出来なかった。
「ああ! チクショウ!」
俺は立ち上がり、両手を広げて構える。
女子でも戦車でも降って来いやぁぁぁぁ!
「あーれー」
気の抜けた声と共に降って来る女子。
金色の髪。煌く翼。ふんわりと広がるスカート。
間違いない……天使だ!
「角度良し! 速度良し! 命の覚悟良ぉぉし!」
言うまでも無く、俺への直撃コース。
どうして勇者ハーレムは、勇者であるヤマトの方に直接降って来ないんだよ!
「どいてくださーい」
「どかぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」
例えどんな高所から落ちてこようとも、男子は女子を受け止める!
それこそが、ラブコメの鉄の掟なのだ!
「かかって来いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
地面を踏みしめて、両手を空に掲げる。
しかし、天使は翼を広げて減速して、ゆっくりと降りて来た。
(……ありがたいけど、面白くは無いな)
小さくため息を吐き、金色の天使を優しく抱きかかえる。
その瞬間、軽かった天使の重さが元に戻った。
「おぶし!」
完全なる油断。天使を抱えたまま地面に叩き付けられる。
まあ、これもテンプレだから良いか。
「大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫です」
日頃リズの鉄球を受けているおかげで、痛みへの耐性は高い。
ましてや、俺の上に乗って居るのは女子だ。重さなど感じる訳無いじゃないか。
「起き上がれますか?」
「大丈夫です」
ほんわかとした声で返事をして、天使がゆっくりと立ち上がる。それを確認した後、俺も素早く立ち上がった。
「怪我はありませんか?」
「はい、ありません」
「そうですか。それは良かった」
天使はニコリと微笑んだ後、ぺこりと頭を下げてくる。
「どなたか存じませんが、助けてくれてありがとうございます」
「いえ、俺は何もしてませんよ」
「そうですね。本当は一人で降りられましたから」
そりゃそうだ。天使だからな。
だけど、仕方ないだろう。
空か降ってくる女子を受け止めるのは、ラブコメの様式美だからな。
「私はメリエルと申します。訳あって、ここに舞い降りました」
「俺はミツクニです。よろしく」
差し出された手を優しく握る。
綺麗な手だなあ。流石は天使だ。
「それで、その理由って言うのは?」
手を離して尋ねると、メリエルが真剣な表情に変わる。
「私がここに来た理由は……」
この表情……もしかして、大事なのか?
「……うっかり足を滑らせたからです」
「うむ! 定石通り!」
天使がうっかり属性なのは基本だな!
「それにしても、どうして最初から、その翼で飛んでこなかったんですか?」
「え? これですか?」
天使がゆっくりと翼を広げる。
その光景はとても神々しく、目の前の女子が天使だという事を再認識させられる。
しかし、次に彼女が言った一言で、俺の思いは簡単に打ち砕かれた。
「これは、レーザー兵器です」
次の瞬間、翼から羽根が飛び散り、その一枚一枚からビームが放たれる。
ビームは俺の頬をかすめて芝生をえぐり、宙へと消えて行った。
「白いモビルスーツのあれか!?」
「……? どう言う意味でしょうか?」
「良いんです! 分かる人が分かってくれれば!」
そりゃあ、その翼じゃあ飛べないよね!
遠隔操作型機動砲台だもんね!
「まあ、普通に魔力を使って飛べますので」
にこりと笑うメリエル。
もしかして、他の天使達の翼も、実は遠隔操作型機動砲台なのか?
……やめよう。この問題に答えは無い。
「そういう事ですので、私はそろそろ天界に帰りますね」
ゆっくりと浮き上がるメリエル。
ちょっと待て。お前の名前はハーレムリストに載っているんだぞ。
「ごきげんよう。また会う日まで」
本気だ! 彼女は本気で帰るつもりだ!
不味いって! 世界滅びるって!
「……あ! 痛い! 凄く痛い!」
わざとらしく言って腕を押さえる。
「これはまさか! さっきのビームで怪我をしたかも知れない!」
「まあ、大変。早速治癒の力で……」
流石は天使! 治癒魔法を使えるのか!
「ち、違った! 痛くは無かった!」
「そうですか。それは良かったです」
「でも! ええと……帰って欲しく無いなあ!」
ええい! 相手は天使だ!
ここは黙ってお願い作戦だ!
「天使のような人と一緒に居たいって! ヤマトも言ってたもんなあ!」
少し遠くで訓練して居たヤマトが、ビクリと体を震わせる。
つか、何でさっきから知らないフリしてんだよ!
お前のハーレムだろ! 面倒そうだからって無視してんじゃねえ!
「なあヤマト! そう言ってたよな!」
「え? 僕はそんな……」
「言ってたよな?」
「うん。天使みたいな人に会いたいなって、ずっと思っていたよ」
圧力を受けて手の平を反すヤマト。
それで良い。お前のハーレムなのだから、お前が努力しろ。
「ほら、まだ自己紹介もしてないだろ? 挨拶しろって」
「う、うん……」
促されるままメリエルに近付く。
「ヤマト=タケルです」
「メリエルです。よろしくお願いします」
お互いに深くお辞儀をして握手をする。
それにしても、どうしたんだ?
先程から随分と、ヤマトが怯えているように見えるのだが。
「ミツクニさん……でしたか」
突然名を呼ばれてビクリと体を震わせる。
「彼方のお言葉。承知いたしました」
クルリとこちらに振り向き、スカートの裾を持って礼をする。
「このメリエル。彼方のご希望通りに、こちらの学園に滞在させて頂きましょう」
静かに上がる口元。そして、挑発的な瞳。
やがて彼女は飛び立ち、俺達の前から姿を消した。
メリエルとの一連が終わり、訓練を終えた俺達は寮へと帰る。
そして、ヤマトと別れて自分の部屋に入った時に、それは起こった。
「おかえりなさいませ」
ベッドの上で佇む一人の女性。
天使、メリエル。
「勝手に上がらせて頂きました」
少々驚いたが、相手は天使なのだ。どこから現れても不思議では無い。
俺は小さく笑って自分の椅子に座る。
「ヤマトの所には行かないんですか?」
「あの人間には興味がありませんので」
彼女は勇者ハーレムのはずなのに、ヤマトに興味を持たない。
これは一体どういう事だ?
「お前、とんでもない奴を連れて来たねえ」
そう言ったのは、机の上に居たリンクス。
「何だい? まさか、何も知らないで連れて来たのかい?」
「連れて来たって言うか、着いて来たって言うか……」
「はっ! 流石は異世界人だねえ!」
ケラケラと笑った後、天使を睨み付ける。
「いいかい? 天使ってのは、この世界では死の象徴なんだよ」
それを聞いて、ヤマトが怯えていた理由が、やっと分かった。
つまり、彼女は俺達の世界で言う、死神のような存在なのだ。
「それをこの学園に留めて、しかも部屋にまで入れるなんて。自分から死にたいと言っているようなものだよ」
「そうは言っても、彼女は勇者ハーレムの一角な訳で……」
「勇者ハーレム?」
メリエルが首を傾げる。
まさか、天使なのに何も知らないのか?
「この世界を救う予言です。貴女もリストに入っています」
「へえ、そんなものがあるのですか」
天使がフワリと立ち上がり、俺に顔を近付ける。
「そのリスト、見せて頂けますか?」
言われるままに生徒手帳を取り出して、ハーレムリストを見せる。メリエルはそれを一通り見た後、上品に微笑んだ。
「確かに、私の名前が書いてありますね」
「そうです。だから俺は……」
メリエルがリストに書いてある名前を、指で静かになぞる。
すると、リストから彼女の名前が消えた。
「そんな事が出来るんですか」
「はい。天使ですから」
「ついでに他の名前も消して頂けると、もの凄く助かるんですが」
「それはやめておきます。つまらないですし」
ああ、やっぱりそうですか。
この部屋で見た瞬間から、何となくそう思っていたんだよ。
この天使、猫を被って居るなって。
「それで、貴女はこれからどうするんですか?」
「そうですね。正直人間界には興味がありませんが……」
俺を上から見下ろし、ふっと笑う天使。
「面白そうなので、彼方に付く事にします」
……死の象徴が俺に付く?
死の宣告じゃねえか!
「それでは、ごきげんよう」
それだけ言って、メリエルは窓から外へと消えて行った。
静けさだけが残った部屋。
俺は呆然としながら口を開く。
「……師匠」
「なんだい?」
「俺に付くって、どういう意味ですか?」
「そうさね」
リンクスがベッドに飛び乗って俺を見る。
「こっちの方が面白いって事だろうね」
「……ですよね」
ため息を吐く俺。それを笑うリンクス。
魔法使い。魔王。賢猫。そして、死の象徴である天使。
世界を救う勇者ハーレムに対して、俺の仲間は今にも世界を滅ぼしそうだ。




