王妃の最後の知恵と、信仰心の盾
ロキニアス王に【神聖教団国家】という新たな脅威を告げたスーザンは、彼に抱かれながら、意識を失う寸前にその【狂気的で大胆な計画】の概要を囁いた。それは、教団が持つ【宗教的な権威の根幹】を逆手に取り、トロイセンの王妃という立場を【神の代理人】のレベルまで引き上げるという、常軌を逸した戦略だった。
「王よ……教団は、王妃であるわたくしを【魔女】として断罪し、王の【絶対的な権威】を、蛮族の民が持つ【素朴な信仰心】から崩そうとします。信仰に対抗できるのは、より強大な【信仰】しかありません」
ロキニアスは、スーザンの顔色があまりにも悪いことに心を痛めながらも、その言葉の一つ一つを脳裏に焼き付けた。彼の武力や剣では、この見えない敵には対抗できないことを理解していた。
翌朝、ロキニアスは政務を全て中断し、スーザンが指示した最初の行動に移った。それは、王都広場にある【水の女神像】の前で、大規模な【水の浄化儀式】を執り行うことだった。
「王妃の体調が優れないのに、儀式などと……」グスタフ宰相は反対したが、ロキニアスは王妃の命を絶対として押し切った。
スーザンは、体調が万全ではないにも関わらず、真新しい白銀の衣を纏い、王の腕に支えられながら水の女神像の前に立った。彼女の姿は、疲労の色を隠せないにもかかわらず、どこか【神聖な光】を放っているように見えた。
儀式の核心は、前夜に彼女が精製させたばかりの【ミョウバン】だった。スーザンは、そのミョウバンを細かく砕き、王都に引かれた上水道の終端に、大衆に見えるように投入させた。
「見よ、民よ。この白い粉は、地の底で眠っていた【神の恵み】であり、わたくしが神眼で発見した、【清き水を生み出す秘宝】である」
ミョウバンが投入されると、水道水の中にわずかに含まれていた不純物がたちまち凝集し、沈殿していくのが、その場にいた数万の民衆の目の前で起こった。水は、さらに透明度を増し、光を反射して輝いた。
「これは、【奇跡】だ!」
民衆の間に、歓喜のどよめきが走った。教団は、この世界の治水や水の浄化を、全て「神の恩寵」として独占的に管理していたが、スーザンは【科学的な現象】を【神聖な奇跡】として演出し、その権威に真っ向から挑戦したのだ。
スーザンは、さらに畳み掛けた。
「神聖教団国家は、水が汚れることを【穢れ(けがれ)】と呼び、清めようとしない。しかし、わたくしの知恵は、地の底の恵みをもって、水を永遠に清く保つ術を知っている。水の女神は、特定の者ではなく、【努力と知恵】を持つ者全てに、その恩寵を与え給うのだ」
この儀式は、トロイセンの民衆の心に、強烈な印象を残した。彼らは、教団の教えよりも、自分たちの生活を劇的に改善した王妃の「奇跡」を信じ始めたのだ。
さらに、スーザンは【第二の手】として、ロキニアス王が獲得した【新しい高収量穀物】の種を、教団国家の同盟国へ【無償で供与する】という、前代未聞の【食糧外交】を仕掛けた。
「教団は、我々を魔女と断罪し、食糧を奪おうとする帝国と手を組んでいる。だが、わたくしたちは、隣人である貴方方には、この【命の種】を惜しみなく分け与えよう」
ロキニアス王が、教団国家の国境に向けて、巨大な幌馬車いっぱいの種を運ばせると、教団国家の民衆と、その同盟国は困惑した。彼らは、蛮王の国が【邪悪】だと教えられてきたが、その国から送られてきたのは、飢餓を救う【豊穣の種】だったのだ。
これにより、神聖教団国家がトロイセンを【絶対悪】として断罪する外交的な根拠は、その同盟国間で大きく揺らぎ始めた。スーザンは、教団の【信仰の盾】を、彼女自身の【恵みの奇跡】と【利他的な外交】という二重の攻撃で、見事に貫こうとしていた。
儀式を終えたスーザンは、意識が朦朧とする中でロキニアスに抱き上げられ、私室へと運ばれた。
「貴様は、本当に恐ろしい女だ……。だが、愛している」
ロキニアスは、スーザンをベッドに優しく寝かせると、彼女の疲れ切った顔を見つめた。彼は、彼女の知恵が、自分たちの命を救い、国を救っていることを理解していたが、同時に、彼女がこの巨大な重圧でいつか壊れてしまうのではないかという【深い恐れ】を抱き始めていた。
「必ず、貴様を休ませる。この戦いが終われば、貴様と二人きりで、誰も追いつけない遠い場所へ逃げてやろうか……」
王は、その激しい独占欲と愛情を、静かな決意に変え、スーザンの側を離れなかった。彼女の命と健康が、今のトロイセンにとって、何よりも重要な【国家の宝】だったからだ。




