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遠隔援護

「キャー!」


 イチジョウのその言葉が終わるとほぼ同時に、観客席から甲高い女性の悲鳴が鳴り響いた。それがあまりにも迫真的でゾッとするような悲鳴であったため、会場全体が声の主の方へ顔を向けた。


 聞いたものがパニックになるような悲鳴を上げた張本人は、意外なことにそれとは真逆の儚げで、清楚な女学生だった。黒い髪を丁寧に結い、周りの女学生たちよりも少し大人びて見える。彼女はスマートフォンをロクマの経つ演説台へと向けたまま、絶句したような表情で固まっている。周りの数人が、「どうしたの」と心配げに尋ねると、彼女は緊迫に満ちた様子で叫ぶ。


「い、今、ロクマさんをここから撮影していたのですが……! その、あ……」


 伝えたいことはまるで分らないが、尋常ではない事態が彼女の中で発生しているということだけは、全体が理解できた。


「ロクマさんの方へとカメラを向けたのですが……」


 彼女はまるで怪談話の一番盛り上がる場面を朗読するときの様な冷ややかで、しかし迫真的な声で言った。「彼だけ映らないのです……」


 その言葉に全体はざわりと波紋を起こした。「そんなわけがないだろう」と呆れる者も勿論いた。しかしこれまでの異常事態を踏まえての出来事であったため、「まさか、もしや」と胸の騒めく者も少なくなかった。


「何を言ってるんだ君は、こんな時に冗談はやめてくれないか!」


 張本人のロクマは、驚きながらも、心底迷惑そうに言った。この状況に便乗した、質の悪い悪戯……。彼はそう思い込みたかった。


 悲鳴の彼女の隣に座っていた女学生が、隣のスマートフォンに映ったカメラを覗き込む。再び短い悲鳴が起こった。


「ほ、ほんとに映ってない……」


 するとその周りの者たちも集まってきて、件のスマートフォンを覗き込み、全員が絶句したように後ずさりをした。


「私たちは映るのに!」


「本物の心霊現象よ!」


「ここは何かおかしい!」


「みんな逃げろ!」


 混乱は伝播し、冬に猛威を振るう流行病のようなスピードで拡散されていく。直接映像を確認していないものまでもがパニックになり始め、全体がその空気に包まれるのに時間はかからなかった。


「ま、待て! 私は人間だ! そのカメラがおかしいだけだろう!」


 その声が全体の耳に届くことは無く、一刻も早くここを離れたいという者たちが押し合いへし合いで入り口付近へと向かっている。


「奥の院の策略だ! みんな騙されるなって!」


「お得意の敬語も忘れたか」


 そんな必死のロクマの様子を見て、イチジョウは至極冷静な無駄口を叩いた。


 その後ロクマの説得虚しく、半数以上の学生たちが会場を出た。残りは何とか席にとどまってくれたものの、逃げた者たちからは、心霊現象が巻き起こった会見と記憶されてしまった。奥の院を糾弾するという表上の名目はおろか、自身の力をノノミヤに見せつけるという計画はもっとほど遠いものとなってしまった。


「貴様ら……。よくも!」


 公衆の面前であることも忘れ、ロクマは歯を食いしばって奥の院を睨んだ。睨まれた一同は平然としている。蛙に睨まれた蛇にも見える。


「本性を現したわね。それがあなたが怪異である唯一の故よ」


 ぴんと人差し指を立てたミツメの手がロクマに向けられる。


「許さん……。必ず潰してやる!」


 そう叫んだロクマは演説台を両手で思い切り叩く。表情と言葉の凄みを加算して、なかなか迫力のある雰囲気が出た。


 しかしそれすら、奥の院は利用する。がちゃんと機械的な音を立て、会場が暗闇に包まれる。場内を照らしていた照明の一切が消えた。次々に巻き起こる怪現象に正確な判断力を失っていた残りの半分の聴衆も、ついにパニックになる。皆が必死に出口を求めてもみ合いになっている音だけが聞こえる。「押さないで」や「痛い」などの言葉があちらこちらから聞こえる。ここまでくると、ロクマが怪異であろうがなかろうが、とにかく不快な空間を作り出す男としての認識は全員の能に刻み込まれた。


「俺たちの勝ちは目前だ。最終フェーズに入るぞ」


 イチジョウの声掛けによって、全員が懐に忍ばせておいた暗視スコープを身に着ける。そのままそそくさと、出口へと一直線に駆けていく五人であった。



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