昔の話
「奥の院は、本日で解散だ」
「えっ」
イヌマキは間の抜けた声を漏らす。何かしらの衝撃は覚悟していたが、それは彼女の予想を軽く上回った。
「正式な手続きも踏んである。第二演習室の使用権限も、本日で破棄する」
「ちょ、ちょっと待ってください」
イヌマキが何も言わないと、話がどんどん進んでいきそうだったので、彼女は必死で止める。
「解散って、どういうことですか」
「……そのままの意味だが」
イヌマキも自分で聞いておいて、そりゃそうだろうと思った。しかし言葉としては理解できても、身体がそれを受け入れられない。確かに、先輩たちがいなくなった後、このサークルはどうなるのだろうという懸念はあった。しかし解散まで決定するとは、微塵も考えていなかった。
「もう、活動はしないということですか……?」
イヌマキの問いに、イチジョウは少し寂しそうに「まあ、そういうことになる」と言った。
「だって、考えても見なさいよ、イヌマキちゃん」
ミツメがイヌマキの肩に手をポンと置く。
「私たちが卒業したら、あなた一人になっちゃうのよ。しかも、新入生が入ってくる確証もない」
「だからと言って、入部試験を易しくするのは良くないしな! 作戦の成功率も下がるし、何よりも死者が出かねない!」
フセミも自分で言ったことを自分で納得したようにうんうんと頷く。
「その通りだ。そして何より、イヌマキの安全のためだ」
確かに、作戦を楽しみにしていたイヌマキだったが、今まで五人でこなしていた役割を、すべて一人で担えるかと問われると、彼女は押し黙るしかなかった。
「それでも」とイヌマキは食い下がる。「皆さんだけじゃない、数々の先輩たちが作り上げてきた歴史を、私で終わらせてしまうなんて……」
かつてイヌマキが聞いた話を思い出す。奥の院は初代から始まり、およそ二十年ほど続いている歴史あるサークルである。心霊現象への恐怖を怒りに変えて戦うというサークルらしい馬鹿げた発想から始まったこの組織は、いつしかいかに効率よく、楽しく霊を追い出すことができるかを突き詰め始めた。それが何世代にもわたり体系化され、最も安心で尚且つ効果的な撃退方法が確立されたのが、イチジョウらの一つ先輩、ナルユメの代であったのだ。
「イチジョウさんがそう話してくれましたよね。ようやく完成したのに……。洗練された一つの方法が……」
その積み重ねを断ってしまうことは、初代から続く奥の院のかつてのメンバー達(何人がこれまで所属していたのか、イヌマキは知らなかったが)の思いを無下にしてしまうようで辛かった。そして何より彼女の心を苦しめるのは、やはり今目の前にいる四人の事だった。怖気づいたイヌマキを一度逃がしてくれたこと。心変わりした彼女を再び迎え入れてくれたこと、何もわからなかったイヌマキに、不器用ながらも自分らしくあることを教えてくれた四人。その四人と共に、奥の院存続のため大学の中枢機関と戦ったこと。そんな出来事の後に、するりと解散を飲み込める器量は、今の彼女にはなかった。
「らしくないよ。イヌマキちゃん」とミツメはいつも通り優しく言う。
「あなたはどう評価されて奥の院に入ったの」
そう問われてイヌマキは、幾度も聞いた言葉を思い浮かべる。
「ホラー映画で絶対に死なないタイプ……。今の貴公の盲目さ、絶対に死なないタイプと言えるだろうか……。うーむ、言えぬな」
フセミも思案しているように見せながらも、イヌマキをそうやって諭す。
「無理して一人で突っ込んで危ない目にあう……。それこそが、奥の院が最も潔しとしていないことだと、そう思わないか」
言われてみれば、ダサいと思わざるを得ないイヌマキ。怪異と対峙する際の危険フラグを軒並み折り続けるスタンスの奥の院と今のイヌマキの主張は相反していた。
「引き際を心得ている。これこそがスマートに、フラグを回避する奥の院にぴったりな終わり方じゃないか」
イチジョウの言葉に、イヌマキは返す言葉が無くなる。今の言葉だけじゃない。イヌマキはずっと返す言葉がない。それでも認められないのは、やはりただの我儘なのだろうか。
「……皆さんは、それで良いのですか」
しばらくの沈黙の後、絞り出すようにイヌマキが言う。
「奥の院を取り戻したのですよ。ロクマの悪手から。ようやく……。その直後に、そんなすぐ踏ん切りがつけられますか。私がもっと強ければ、存続できたかもしれない奥の院を、諦めることができますか」
自分の弱さを棚に上げるのは卑怯であると自覚しながらも、イヌマキは彼らに聞かずにはいられなかった。それを聞くことで納得できるとも思えないが、どうにか彼らの本心を聞き出したかった。優しく諭されるのが辛かった。その弱さに対して悪態をつかれた方がまだ良かった。
「罵倒がお望みかしら? イヌマキちゃん」
その意図すら読まれた時、イヌマキはこの人たちには敵わないなと思ったと同時に、自身の心持を察してくれている優しさを感じずにはいられなかった。イヌマキはついに食い下がるのをやめた。
「……ごめんなさい」
イヌマキのその言葉には、様々な意味が込められていた。一人で立ち向かうにはあまりに弱すぎたこと、その結果奥の院の歴史を断ってしまうこと、最後まで先輩の手を焼いてしまったこと。自然と目頭が熱くなり、涙が頬を伝う。
「イヌマキにも、もう伝えてしまおうか」
イヌマキの鼻をすする音だけが響いていた中、イチジョウが声を上げた。
「俺たちが何故イヌマキを恨まないかの理由をな」
そう言うとリーダーは、他の先輩三人を見た、「言ってしまっても良いな」という確認のアイコンタクト。それに対し、サブリーダーも医療係も諜報員もこくりと頷く。一呼吸おいてイチジョウが再び話始める。
「俺たちはお前に感謝してる。それも、お前が入部してから今まで、継続的にな」
「はい……」
話が見えず、未だ潤んだ声で間の抜けた返事をするイヌマキ。
「少し、昔の話を聞いてくれるか」
そう前置いて、イチジョウは話し始める。




