海辺の瓶の手紙
朝の散歩が、日課だった。
波打ち際を歩きながら、貝殻を拾ったり、海を眺めたり。
静かな時間。
一人の時間。
離婚してから、もう二年。
この海辺の町に引っ越してきて、一年。
新しい生活。新しい自分。
でも、まだ心は癒えてない。
その日も、いつものように砂浜を歩いていた。
そしたら、何かが足に当たった。
ガラス瓶。
中に、何か入っている。
漂流物かな。
でも、綺麗な瓶だ。
拾い上げると、瓶の中に紙が入っていた。
手紙だ。
誰が、どこから流したんだろう。
栓を開けて、手紙を取り出した。
少し湿っているけど、読める。
この手紙を拾ったあなたへ。
私宛て?
はじめまして。
この手紙がどこまで流れていくのか、わかりません。
でも、誰かに拾ってもらえたら嬉しいです。
私は今、人生の岐路に立っています。
大切な人を失って。
仕事も辞めて。
何もかも、うまくいかなくて。
毎日が、灰色です。
笑えない。眠れない。食べられない。
生きている意味が、わからなくて。
ああ、この人も。
苦しんでるんだ。
でも、海を見ていたら。
ふと、思ったんです。
この広い海のどこかに。
同じように苦しんでいる人がいるんじゃないかって。
同じように、答えを探している人がいるんじゃないかって。
だから、この手紙を書きました。
瓶に入れて、海に流します。
どこかで、誰かが拾ってくれますように。
もし、この手紙を読んでいるあなたも。
辛い時期を過ごしているなら。
知ってほしいんです。
あなたは、一人じゃない。
遠くの誰かが、あなたを想っている。
見えない糸で、繋がっている。
そしてもし、あなたが幸せなら。
少しだけ、私のことを想ってください。
「海の向こうに、頑張ってる人がいるんだな」って。
それだけで、私は救われます。
海は、全てを繋いでいます。
この手紙が、橋になりますように。
あなたの心に、少しでも届きますように。
見知らぬ友より。
P.S.
もしよかったら、返事を書いてください。
そして、海に流してください。
いつか、私のところに届くかもしれません。
手紙を、胸に抱きしめた。
ありがとう。
見知らぬあなた。
あなたの言葉に、救われた。
私も、辛かった。
離婚の傷が、まだ癒えない。
毎日、一人で海を見ている。
答えを探している。
でも、同じなんだ。
遠くの誰かも、同じように苦しんでる。
でも、それでも生きようとしてる。
家に帰って、ペンを取った。
返事を書こう。
見知らぬ友へ。
あなたの手紙、届きました。
ここは、日本の小さな海辺の町です。
あなたがどこから流したのか、わかりません。
でも、確かに届きました。
私も、辛い時期を過ごしています。
大切な人と別れて。
一人で、この町に来ました。
毎日、海を見ています。
あなたと同じように、答えを探しています。
あなたの手紙を読んで、少し楽になりました。
「一人じゃない」って。
その言葉が、温かかった。
そうですね。
この広い海のどこかで、同じように頑張ってる人がいる。
見えない糸で、繋がっている。
それを想うだけで、少し強くなれる気がします。
ありがとう。
あなたの勇気に、励まされました。
手紙を流すって、勇気がいることですよね。
届かないかもしれないのに。
でも、あなたは流した。
その勇気を、私も見習いたいです。
私も、頑張ります。
あなたも、頑張ってください。
いつか、きっと。
また笑える日が来ると、信じています。
海の向こうの友より。
P.S.
この返事も、海に流します。
あなたのところに届くかわかりません。
でも、届くことを願って。
手紙を瓶に入れた。
栓をして、しっかり閉める。
海辺に行って、波打ち際に立った。
届いてね。
遠くの、見知らぬ友へ。
瓶を、海に投げた。
波が、瓶を運んでいく。
行ってらっしゃい。
どこかで、誰かが拾ってくれますように。
それから、毎日海を見るようになった。
今度は、返事が来ないか探しながら。
一ヶ月が過ぎた。
二ヶ月が過ぎた。
来ないよね。
そんな簡単に、届くわけない。
でも、三ヶ月目のある日。
砂浜に、瓶が打ち上げられていた。
まさか。
拾い上げると、中に手紙が入っていた。
震える手で、開けた。
海の向こうの友へ。
あなたの手紙、届きました!
信じられません。本当に届いたんですね。
あなたが日本にいると知って、驚きました。
私はカリフォルニアにいます。
太平洋を越えて、繋がったんですね。
あなたの言葉に、救われました。
「頑張ってください」って。
そう言ってもらえて、嬉しかった。
実は、少しずつ良くなってきています。
新しい仕事を見つけました。
小さなカフェで働いています。
毎日、海を見ながらコーヒーを淹れています。
まだ完全には癒えていません。
でも、前を向けるようになりました。
あなたの手紙のおかげです。
あなたは、どうですか?
少しは、楽になりましたか?
もしよかったら、また返事をください。
この瓶の旅を、続けましょう。
海が、私たちを繋いでくれるから。
遠くの友より。
涙が、溢れた。
それから、私たちは何度も手紙を交わした。
瓶に入れて、海に流して。
時々、届かない手紙もあった。
でも、それでもよかった。
半年後。
海の向こうの友へ。
もう、あなたのことを「見知らぬ友」とは呼べません。
何度も手紙を交わして、あなたのことをたくさん知りました。
名前を、教えてもいいですか?
私は、Emmaです。二十八歳です。
あなたは?
そして、もしよかったら。
いつか、会ってみたいです。
この海を越えて。
返事を、待っています。
エマより。
私も、返事を書いた。
エマへ。
私は、美咲です。三十二歳です。
はじめまして。改めて。
会いたいです。私も。
いつか、必ず。
それまで、この瓶の旅を続けましょう。
海が、私たちを繋いでくれるから。
美咲より。
一年後、私はカリフォルニアにいた。
海辺のカフェの前に立って。
ドアを開けると、女性が笑顔で迎えてくれた。
「美咲?」
「エマ?」
二人で、抱き合った。
初めて会ったのに、ずっと知ってる人みたいに。
「やっと、会えたね」
「本当に」
カフェのテラスで、海を見ながらコーヒーを飲んだ。
「あの時、瓶を流してよかった」
エマが言った。
「あなたと出会えて、人生が変わった」
「私も」
私も言った。
「あなたの手紙に、救われた」
二人で、海を見た。
この海が、私たちを繋いでくれた。
辛い時に、希望をくれた。
そして今、新しい未来をくれた。
瓶に入れた小さな手紙。
それは、太平洋を越えて。
二つの魂を繋いだ。
孤独を、友情に変えた。
絶望を、希望に変えた。
別れを、出会いに変えた。
海は、全てを繋いでいる。
時を超えて。距離を超えて。
見えない糸で、心と心を。
そして、物語は続いていく。
波の音とともに。
永遠に。




