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手紙からはじまる物語 ― 見えない糸でつながる心たち ―  作者: 草花みおん
言葉の残る場所

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サイコロと手紙

三十年ぶりに、母校に戻ってきた。

タイムカプセル開封式の案内が届いて。

中学卒業以来だ。


あの日、埋めたんだ。

みんなで、桜の木の下に。

俺は、あの中に何を入れたっけ。


いや、覚えてる。

全部、覚えてる。


サイコロ。

白い、小さなサイコロ。

その六面全部に、同じ名前を書いた。


「由美」


好きだった。

中学三年間、ずっと。

でも、一度も言えなかった。


そして、手紙。

未来の自分に宛てて、一言だけ書いた。


「おい、ちゃんと生きてるか?」


それだけ。

照れくさくて、それ以上書けなかった。

でも、その一言に、全部込めたんだ。


タイムカプセルが、掘り起こされた。

錆びた金属の箱。

懐かしい同級生たちが、周りにいた。


「久しぶり!」

「元気だった?」

「太ったな」

「お前もな」


みんな笑ってる。

でも、俺は少し震えてた。


あのサイコロ、まだあるかな。

あの手紙、読めるかな。


自分の名前を探した。

あった。

小さな箱。


開けると、サイコロが転がり出た。


白い、小さなサイコロ。

六面全部に、「由美」って書いてある。


ああ、あった。

三十年前の、俺の想いが。

ここにある。


手紙も入っていた。

開く。


「おい、ちゃんと生きてるか?」


ああ、書いたな。

これ。


ちゃんと、生きてるよ。

中学生の俺。

なんとか、ここまで来た。


結婚もした。子供もいる。

仕事もそれなりに。

人並みの人生だ。


でも、由美とじゃない。


あの子とは、結局何もなかった。

高校は別々になって。

それっきり。


たまに、思い出すんだ。

由美のこと。

あの笑顔。あの声。

もし告白してたら、どうなってたかな。


「懐かしいな、これ」

隣で声がした。


振り返ると、女性が立っていた。


誰だ?

でも、どこかで…


「覚えてる? 私」

彼女は笑った。


その笑顔を見た瞬間、わかった。


「…由美?」


「そう。久しぶり」


三十年ぶりの、由美。

大人になった、由美。

でも、笑顔は変わらない。


「それ、サイコロ?」

彼女が、俺の手を見た。


「あ、ああ」

慌てて隠そうとした。

でも、遅かった。


「見せて」


やばい。

名前、書いてあるのに。


彼女は、サイコロを手に取った。

六面を、一つずつ見た。


「由美、由美、由美…」

彼女は、静かに言った。

「全部、私の名前」


恥ずかしい。

死にたい。


「ごめん、あの、これは…」


でも、彼女は笑っていた。

泣きながら、笑っていた。


「バカ」

彼女は言った。

「なんで、言ってくれなかったの」


「え?」


「私も、好きだったのに」


時が、止まった。


今、なんて言った?


「私もね、タイムカプセルに入れたの」

彼女は、自分の箱を取り出した。


中に、小さな紙が入っていた。


開いて、見せてくれた。


「もし告白してくれてたら、OKって言ったのに」


俺は、声が出なかった。


そんな。

嘘だろ。

三十年前、俺たち。

お互いに、好きだったのか。


「なんで、言わなかったんだよ」

俺は、やっと言えた。


「怖かったから」

彼女は、俯いた。

「振られるのが、怖かった」


「俺も、だよ」


二人で、笑った。

泣きながら、笑った。


「バカだよね、私たち」

「本当に」


しばらく、沈黙があった。


「ねえ」

彼女が言った。

「今、結婚してる?」


「してる。君は?」


「私も」


また、沈黙。


「幸せ?」

彼女が聞いた。


「まあ、それなりに。君は?」


「私も、それなりに」


二人で、また笑った。

今度は、少し寂しい笑顔で。


「もし、あの時」

彼女が言った。

「告白してくれてたら、どうなってたかな」


「わからない」

俺は、正直に言った。

「でも、きっと」


「きっと?」


「きっと、幸せだったと思う」


彼女は、静かに頷いた。


「でもね」

俺は続けた。

「今の人生も、悪くないよ」

「妻も、子供も、大切だから」


「そうだね」

彼女も言った。

「私も、家族を愛してる」

「これはこれで、良かったんだと思う」


でも、二人とも知ってた。

心のどこかで、ずっと想っていたことを。


「あのね」

彼女が、サイコロを俺に返した。

「これ、大切にして」


「君の名前、書いてあるのに?」


「だから、よ」

彼女は笑った。

「あなたが、私を想ってくれてた証拠だから」

「それが、嬉しいの」


「ありがとう」

俺は、サイコロを握りしめた。


「私もね」

彼女は、自分の紙を見せた。

「これ、ずっと持ってる」

「あなたを想ってた証拠として」


式典が終わって、別れる時。


「元気でね」

「君も」


「いつか、また」

「うん、また」


握手をした。

長く、長く。


さよなら、由美。

愛してた。

今も、少しだけ。


家に帰って、サイコロを見た。

六面全部に、「由美」。


中学生の俺に、答えるとしたら。


「おい、ちゃんと生きてるか?」


ああ、生きてるよ。

ちゃんと、生きてる。


君が好きだった由美は、素敵な大人になってた。

結婚して、幸せそうだった。

俺も、結婚して、それなりに幸せだ。


でもな、中学生の俺。

一つだけ、後悔してる。


あの時、勇気を出せばよかった。

告白すればよかった。

サイコロに名前を書くだけじゃなくて。

ちゃんと、言葉にすればよかった。


でも、いいんだ。

この想いは、この想いで。

大切にしまっておく。


人生には、叶わなかった恋もある。

言えなかった言葉もある。

でも、それも含めて、俺の人生だ。


ちゃんと、生きてるよ。

君が想った由美を、ずっと心に持ちながら。

でも、今の家族も、ちゃんと愛してる。


それでいい、よな?


サイコロを、机の引き出しにしまった。

大切に。


ありがとう、中学生の俺。

純粋な想いを、残してくれて。

三十年経っても、色褪せない想いを。


窓の外を見ると、夕日が沈んでいた。


由美。

元気でな。

幸せでいてくれ。


俺も、頑張るよ。

この人生を、大切に生きていくよ。


サイコロに刻まれた、六つの「由美」。

それは、叶わなかった恋の記録。

でも同時に、純粋だった頃の、美しい記憶。


人は、いくつもの人生を生きられない。

でも、いくつもの想いを、胸に抱いて生きていける。


それが、人生なんだ。



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