表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殿騎士、悪徳神官長の秘密を知る〜知られたからには返すわけにはいかんと言われてこき使われてます〜  作者: 隙間ちほ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/7

1.新しい神殿騎士

 フィリスが新しい護衛騎士として配されたのは、新年より少し前のことだった。

 平民の出であるフィリスは、貴族の子弟が集まる騎士団勤めにおいて、多くの平民がそうであるように長く不遇であった。せめて実力においては他に遅れを取るまいと努力し続け、今では騎士団の中でも一、二を争うまでに力をつけた。それでも生まれの差はどうにもできなかった……そんなフィリスも、ついに名誉ある神殿騎士の一員として選ばれたのだ。

 神殿騎士とは、この国の中央神殿——そして、奇跡の御技をこの世に降ろす、『聖女』を守るための護衛騎士団である。「聖女を守る騎士」の物語を知らぬ子供はいない。フィリスも、あくまで仕事、と自分に言い聞かせはするものの、知らず知らずのうちに理想と期待に胸を膨らませていた。

 

 

「新しい護衛騎士だな」

 中央神殿の長、神官長アレスティオンの護衛がフィリスの当面の仕事であった。その神官長は、手にした書面から顔を上げないまま、じろり、と視線だけを寄越した。

「初めにひとつ教えておこう。貴殿を選んだのは成績でも実力でも推薦でもない、貴殿が平民出で後ろ盾もなく、貴族の息がかかっていない騎士だからだ。貴殿には、護衛としての務めを粛々と全うする事以外何も期待していない。余計なことを考えないように」

「……はい、心得ております」

 がっかりした、というのが正直なところだが、フィリスは顔には出さなかった。理想と現実とはこんなものであると、フィリスはよく知っていた。

「よろしい。よく弁えている」

 神官長は満足そうに頷く。それから、一層声を低くして、警告するように言った。

「今代の聖女様はまだ()()()()()身であらせられる。そのことをゆめゆめ忘れないように」

「もちろんです」

 『聖女と騎士』——その恋物語。騎士の間でも有名だ。それを目当てに騎士を目指す者だっているくらいなのだから。共に登殿した騎士達は、今代はまだ()()()()お嬢さん過ぎて、恋の鞘当てにもなりやしない、と嘯いていた。

 偉大なる先の聖女様——その力に敬意を示し、人々からは大聖女と呼ばれている——は歴代に類を見ないほどの奇跡を起こせるお方であった。だが当時の神殿騎士であり、筆頭騎士だった伯爵家の嫡男に見染められ、妻にと請われて聖女の位を返上した。以来、かれこれ10年近く、後継となるべく立てられた聖女たちは、みな短期間で引き下がるのを繰り返している。

 神殿として、これ以上の空位は避けたいと思うのは当然だろう。フィリスはそう納得した。


 

 神官長の護衛としての仕事は、基本的には執務室の前に立つのが多い。だが、神官長が人と相対するときなどはすぐ側に侍ることもある。

 その日、面会にと訪れたのは都でも一二を争う商会の代表であった。自身の側仕え達にいくつも木箱を持ち込ませ、応接室の一角に積み上げていく。中身が瓶であることは、運ばれる音でわかった。液体に満たされたそれを目視するまでもなく、濃く甘い香りで、フィリスにもその正体が察せられた。——酒だ。

 商人は恭しくお辞儀をした。

「神官長さま、こちらを、どうぞお納めください」

 神官長は、いかにも悩ましい、という顔をした。

「困りましたね、神殿では酒精は禁じられておりますゆえ……」

「もちろん、心得ております。これらはブドウの果汁です」

 白々しい会話だ、とフィリスは思った。

 にこやかな商人は、さらに隣へ目配せする。

「それからこれは、神官長へのお心付けでございます」

 商人の側仕えが恭しく掲げたのは、古びた銘の貼られた瓶であった。

 なんという不心得者だろう、とフィリスは顔には出さず憤慨した。神聖な神殿で、堂々とそんなことをするとは。だが、神官長は大きく頷くと、古い瓶を受け取った。銘をじっくり観察して、満足そうに目を細め、息を吐く。それから商人の方へ顔を向けた。

「神殿への御寄進、神もお喜びになりましょう」

「では、秋の祭礼の差配は……」

「ええ……貴方様の良きように」

 薄く微笑んで、神官長が頷く。フィリスはわずかに目を見張るが、すぐに視線を逸らした。私的な感情など、仕事には不要だ。

 

 今の神官長に変わってから、神殿には賄賂や裏金が横行しているとは聞いていた。神官長にまつわる黒い噂は絶えない。着任早々、噂の実態を目にするはめになるとは。フィリスは胸の奥が重くなるような気分だった。




 神殿騎士の宿舎から詰め所を通り、フィリスは大神殿の方へと向かった。途中、怪我人の運ばれる診療所の前を横切り、神官見習いや聖女候補者たちの勉学に使われる校舎を過ぎて、小神殿まで来る。日々の祈りをささげる人が、いつもよりずっと多い。バタバタと忙しなく走り回る神官達も。

 今日は朝からどこもかしこも慌ただしい。それもそのはず、大神殿にて、新年の行事が行われるからだ。

 先の大聖女が残した偉大なる奇跡——首都を覆う、魔除けと浄化の帷である『大結界』——それを保つための、大事な儀式である。新年の祝祭の中で1番の山場でもあった。当然、王侯貴族達などの貴賓が多数参加する。いつも以上に警邏には力が入っている。そんな中、フィリスの役目は儀式における護衛、特に神官長と聖女の身辺警護であった。

 フィリスは、大神殿の決められた場所に立ち、儀式の始まりを待つ。最も中央祭壇に近いこの位置からは、大神殿の床に彫り込まれた繊細な装飾の魔法陣が、よく見える。


 

 神官長アレスティオンは、いつも以上に荘厳な衣装を纏っていた。恐ろしいほどよく似合う。その隣に立つのは、今代の聖女であろうか。フィリスは、その姿を初めて目にした。まだ十をいくつか超えたくらいの少女であるというのに、聖女様は、毅然と顔をあげ、静粛な雰囲気をまとっていた。それがかえって、衣装が重くのしかかって見えるほどに幼く見えた。

 

 神官たち、そして神官長による口上の後、聖女が静々と歩み出た。大神殿の中央、複雑な魔法陣の刻まれた床の上、その円の縁にそっと触れるように両手を添え、聖女が祝詞を唱える。

「あまねく注ぐ天の光……慈悲深き神よ……」

 細く高い声は、まるで鈴の音のように大神殿の高い天井に響く。祈りの言葉と共に、魔法陣にやわらかな光が通ってゆく。儀式を見守る貴賓たちから感嘆の声が上がった。フィリスもまた、仕事中であることを忘れそうなくらいに魅入ってしまった。光は陣を満たし、溢れるように床に広がってゆき、いつしか大神殿の床のほとんどを淡く照らしていた。

 

 その時、空気が変わった。


 フィリスはザッと背筋が泡立つような気配を感じた。地鳴りがする。小さいが、遠くない。足裏に微かな揺れを感じる。

 聖女はまだ、儀式の初めの姿勢のまま床に膝をついていた。その後ろに立つ神官長もまた、いつもより険しい顔ながら静かに立っている。

 異変を感じたのはフィリスだけではなかった。周りの騎士たちも不安そうに互いに顔を見合わせ、観客の中から、戸惑ったどよめきが生まれる。

 揺れが、大きくなった。もはや無視できないほどに。悲鳴が上がり、誰かが外へと誘導する声が聞こえる。ばきり、みしり、と不穏な音が足元から立ち上がってくる。魔法陣の光がひび割れ、床の下からじわりじわりと侵食するように草木が伸びてきた。

 それでもまだ、聖女も神官長も、儀式の手を止めようとしない。

 いけない、早く2人を避難させなくては。

 フィリスは、出口に急ぐ人の波に逆らって2人の元へ急いだ。人々は荒れ狂う草木に巻き込まれないようにと逃げ惑い、護衛騎士たちもほとんどが逃げていく。

 その時、聖女がぐらりと上体を揺らし、倒れ込むのが見えた。神官長がその体を受け止める。

「聖女様っ! 神官長……!」

 地鳴りと地割れの音で声がかき消される。フィリスは二人に手を伸ばそうとし、次の瞬間、見たものが信じられなくて立ち尽くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ