12.5話 小野寺勇太 画面の中の勇者
小野寺勇太は、本気で自分が“勇者”になれると思っていた。
子供の頃からゲームが好きだった。剣を持った主人公が世界を救い、仲間を守り、最後には魔王を倒す。そんな物語に、勇太は夢中になった。
現実の自分は、弱かったからだ。
運動もできない。勉強も普通。友達も少ない。クラスの中心にいるような人間にはなれなかった。だからこそ、ゲームの中の勇者が眩しかった。
どれだけ傷ついても立ち上がる。
誰かに必要とされる。
最後には、“お前がいてくれてよかった”と言われる。
勇太は、本気でその世界に憧れていた。
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だが現実は、ゲームみたいにはいかなかった。
高校を卒業しても何をしたいのか分からず、そのまま家に引きこもった。最初は少し休むだけのつもりだった。
だが気づけば一年が過ぎ、二年が過ぎ、勇太は部屋から出られなくなっていた。
ゲームの中だけが、自分を勇者にしてくれる。
電源を入れれば、自分は特別になれる。
魔王を倒せる。
仲間に頼られる。
誰かに必要とされる。
だから現実を見るのが怖かった。
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「働け」
父親は何度も言った。
「いつまでそんなことやってるつもりだ」
母親も最初は庇っていた。だが年月が経つにつれ、その声も少しずつ減っていった。
勇太は、それでも変われなかった。
ゲームの中では、自分は勇者だった。
だが現実では、何者でもない。
その差を認めるのが怖かった。
だから、逃げ続けた。
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三十二歳になった頃には、家の空気は完全に壊れていた。
父親はもう、勇太と目を合わせない。
母親も疲れ切った顔をしている。
そして、ある日。
「もう出ていけ」
静かな声だった。
怒鳴り声ではなかった。
だからこそ、重かった。
「俺は……勇者になるんだ」
勇太は震える声で言った。
本気だった。
本当に、本気だった。
だが父親は、ただ目を伏せる。
「もういい」
その一言だけだった。
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追い出された勇太は、ボロボロのリュックを背負ったまま街を歩いていた。
中にはゲームソフトと、安物の剣。
通販で買った勇者のコスプレ衣装。
通行人たちは、そんな勇太を見て目を逸らす。
関わりたくない。
そういう目だった。
勇太は、それが辛かった。
ゲームなら、困っている人を助ければ感謝される。
勇者は必要とされる。
なのに現実では、誰も自分を見てくれない。
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寒い夜だった。
公園のベンチに座り込みながら、勇太は空を見上げている。吐く息は白く、指先の感覚ももうほとんどなかった。
腹も減っていた。
だが、不思議と怒りはなかった。
ただ、少しだけ悲しかった。
「……なんでだよ」
掠れた声が漏れる。
「勇者って、困ってる人助けるんじゃないのかよ……」
誰も助けてくれない。
誰も話しかけてくれない。
誰も、自分を必要としてくれない。
勇太は震える手で、安物の剣を握る。
本当は分かっていた。
自分は勇者なんかじゃない。
ただ、勇者になりたかっただけだ。
ゲームみたいに、誰かに必要とされたかっただけだ。
「……俺は」
小さく呟く。
「勇者は……こんなところで、負けない……」
震える声だった。
今にも消えそうな、弱々しい声だった。
「ホンモノに……なる……」




