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ある日、TS金髪サキュバス系美少女になった俺はVRMMO世界を《捕食》スキルで無双する  作者: その他大勢の中で耳だけが大きくなった兎
始まりの街レアルタ編

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お散歩雑談配信

 俺の頬を伝い、静かに零れ落ちた一筋の輝き。


 それは悲しき記憶の奔流に耐えかねて溢れ出した、エルーサの情動と重なるものだった。


 あの涙に込められたやりきれないほどの後悔と痛みを、魂の深部で共有できたのはこの世界で俺しかいない。捕食という行為の代償として、俺は彼女たちの地獄を直接その胸に刻みつけてしまったのだから。

 しかし、画面の向こう側の熱狂は、そんな湿っぽい感傷など微塵も介在させない。万に届く勢いので増えていく数千のリスナーたちは、ただ純粋な勝利の瞬間に沸き立っていた。


『うおおおおおおお!!』『勝ったああああああ!!』『ネームド撃破!?!?』『二人でやったの!?』『やばすぎるだろ!!!』


 コメント欄は、ご祝儀スパチャ、メンバー登録、お祝いスタンプなど、完全に歓喜で埋め尽くされていた。


 そりゃそうだ、適正レベル80。

 15人以上推奨。ネームド2体構成。

 それを、レベル50前後の二人で攻略してしまった。配信と言うとてつもない数の証人を伴いながら。


 システム上の限界を軽々と踏み越えたその光景に、熟練のプレイヤーたちさえも歓喜の声が上がる。効率や定石を重んじる攻略勢からすれば、今起きた出来事は既存のデータを根底から覆す不条理なの塊でしかないのだが、今はお祝いムード一色だ。


 だからと言うわけではないが俺の涙も、“高難易度攻略の感極まった涙”として受け取られていた。


 この複雑な想いを誰かに説明したところで、完璧に分かち合うことなんて不可能に近い。


 少しだけ整理する時間が欲しい。

 祝祭の空気を壊してまで語るべき言葉を、俺は持ち合わせていない。今はただ、この狂騒の波に身を委ねてリエラを演じきることが最優先だ。


 肺の奥に溜まった冷たい熱を吐き出し、乱れた心拍を無理やり一定のリズムへと落ち着かせる。冷えた夜気が鼻腔を抜け、思考の霧を少しずつ晴らしてくれた。

 気持ちを切り替えるように、手のひらに力を込め、熱を帯びた皮膚の感触で現実へと意識を呼び戻す。

 ぱんっ、と両頬を軽く叩いた。


「……っし、いつまでも浸ってられないわね」


 次なる動作として、俺はゆっくりと腰を落として、地面へ突き刺さっていたベルナデッタの大剣を、両手で持ち上げる。

 俺と比較するとそれはあまりに大きく、身長を優に越える大剣。


 物理的な質量以上に、その剣には戦士としての誇りと執念が込められている気がした。冷たい鉄の感触が、掌を通じて俺の覚悟を厳しく問うてくる。

 しかしながら、ベルナデッタの力を喰らい、器を広げた今の俺であれば、この鉄塊を御することなど造作もない。真紅の装飾。焼け焦げた刀身。

 それから、俺の視線の先には一人の少女が残されていた。泥色の小さなロザリオ。祈りの残滓みたいに、淡く光っている。

 砕け散った魂の欠片が、月光を浴びて妖しく、どこか寂しげに輝いている。それは彼女たちが確かにこの地で生きていたという、消し去ることのできない唯一の証だった。


 その二つを高々と掲げ、俺は叫んだ。


「真紅の騎士ベルナデッタ、泥濘の聖女エルーサ! 最高のディナーだったわ!」


『うおおおおおおお!!!』『リエラ様ぁぁぁぁ!!』『最強!!』『完全制覇!!』『伝説回だろこれ』


 コメント欄が爆発する。

 さっきまでの捕食シーンで「うわぁ……」ってなっていた視聴者たちも、完全にテンションを切り替えていた。

 剥き出しの生存本能を晒したあの捕食シーンは、一歩間違えれば即座にアカウントが停止されてもおかしくない。あまりに生々しい蹂躙劇に、モニター越しの視聴者たちも呼吸を忘れて見入っていたはずだ。

 ありがとうエタファン。

 この残酷なまでの没入感を与えてくれた不条理なシステムに、今は心からの皮肉と感謝を捧げたい。この世界があるからこそ、俺は彼女たちの痛みをこの身で知ることができた。

 ありがとうVR技術。

 仮想と現実の境界を融解させる科学の進歩が、今日この瞬間の奇跡を可能にした。

 掌に残る生々しい感触は、データという言葉では片付けられない確かな熱を帯びている。

 そんなことを考えていると。


 後方で、


「わっ!!」


 ミーナがぱぁっと顔を輝かせた。


「やったぁ!! レベルアップしました!!」


『おおお!?』『ミーナP!?』『いくつ!?』


 ミーナは炎将軍のローブを翻しながら、嬉しそうに両手を上げた。


「なんとですね――58です!!」


『!?』『上がりすぎ!』『雑魚倒しまくった分か?w』『ミーナP成長率えぐ』


「私は53ね……」


『リ、リエラ様はなんかレベル以上の何かだから』

『数値じゃ測れない怖さある』

『捕食補正が謎すぎる』


 俺も思わず笑う。俺自身、自分の身に起きている変化は、既存の攻略データのどこにも載っていないと痛感している。捕食を繰り返すたびに、俺の存在はシステムの外側へと加速している気がする。


 ミーナの方は実は普通だったりする、2人パーティ、ネームド2体、雑魚のレベルも80まで引き上げられていて、それを薪の如く燃やす。この戦場においては彼女の炎の犠牲になった敵は100や200じゃ済まない。


 つまり80レイドの経験値としては妥当だ。


 俺と比較して上がりやすいから一見早いとも取れる。ここまで露骨に差が出る理由として思い当たるのは、俺はモンスターから経験値が入りづらくなっている、その分プレイヤーから経験値が吸える、何故か。

 俺を追い越していく彼女の背中を見ながら、笑みがこぼれた。


「燃やしたわねえ……」

「はい、いっぱい燃やしました!!」


 完全に火力担当の顔だった。

 そんなことを考えながら、俺たちはレアルタへ戻ることにした。ネームドの場合、多くは遭遇戦のため転移陣が用意されない。

 今回も例に漏れず何も出現しない、ゆえに歩いて帰る。

 張り詰めていた戦場の空気を少しずつ解きほぐし、ファンとの親密な時間を共有するための柔らかな声色へと戻す。

 冷えきった夜の兵営に、いつものリエラとしての感覚がゆっくりと戻ってきた。

 勝利の余韻に浸る俺たちを包み込むのは、月明かりに照らされた静寂と破壊の爪痕。風が抜けるたび、崩れた瓦礫が微かな音を立てて崩落を繰り返している。

 激戦の名残である焦げた匂いが鼻を突き、かつての喧騒が幻であったかのように夜の闇へと溶けていく。ミーナが放った紅蓮の魔力は、今や僅かな火種となってパチパチと頼りなく爆ぜていた。

 巨躯が叩きつけられ、無残に砕け散った地面を確かめるように一歩一歩踏みしめていく。ひび割れた石の溝には、まだ熱を持った生命の残滓がこびりついているようだった。

 帰り道、雑談配信へ切り替えていく。少し早めの“帰り道トーク”。

 攻略の緊張感から解放され、視聴者と対等な目線で語り合えるこのひとときが、今は何よりの報酬に感じられた。


『コールゴブリンやばかった』『あれどうなってんの!?』『ゴブリン硬すぎ』『ベルナデッタ泣いてたぞ』『トビー何者?』


 リスナーたちの好奇心は尽きることなく、画面下から次々と新たな文字の奔流が湧き上がってくる。彼らにとって、この不条理な攻略劇の裏側にある真実は、何物にも代えがたい最高の娯楽なのだろう。


 俺は歩きながら、棘メイスを肩へ担ぎ直した。

 今はもう、ちょっとした冒険帰りみたいな空気だ。


「コールゴブリンについては……」


 俺は少し考える。

 本当に俺もよくわかってない。自らの意思とは無関係に発動したあの力は、今の俺に発芽した異能の断片でしかない。


「なんか、色々。配下を出したり能力を共有してる感じね」


『ざっくりwww』『 わからんけど強いのはわかった』『関節ゴブリン怖い』


「そう、指を折るとかね。なんか私の能力を使うのよね。そのせいで、思ったよりゴブリンたちがしぶとかったわ」


 業火に身を焼きながらも獲物に喰らいつくあの姿は、正気の沙汰とは思えない狂気を孕んでいた。主人の命令を忠実に遂行するためなら、彼らは自らの肉体が灰になることさえ厭わないのだ。

 燃えても止まらない。どれほど激しい衝撃に晒されようとも、泥を這うようにして再び立ち上がる執念はもはや呪いの域に達している。死という概念さえも克服したかのようなその不沈ぶりは、敵からすれば悪夢そのものだったはずだ。


 そして、

『トビートミーは?』『あいつ何』『嫌がらせの才能ありすぎ』

 コメント欄が、トビーへ集中する。

 俺は少しだけ苦笑した。


「……トビーの件は私もびっくり」


 正直に言う。


『wwwwww』『リエラ様も知らなかったのかよ』『あの煽り性能なんなんだ』『ベルナデッタガチギレしてたぞ』


「いや、煽るとなると、なんか急に生き生きし始めたのよあいつ……」


 およそ高貴なお嬢様の配下とは思えない、見るに堪えないほどの醜悪な表情を敵に晒してみせた。あの生理的な嫌悪感を煽る歪んだ貌は、騎士の誇りを正面から踏みにじるには十分すぎる威力だったと言える。

 変顔やバンバンと軽快な音を立てて自分の尻を叩く様は、煽りの極致と言うほかなく、戦場の空気を一瞬で凍りつかせた。

 名誉を重んじるベルナデッタにとって、あれほど屈辱的な挑発は他になかっただろう。


 重厚な鎧を纏った敵を前に、あえて無防備な姿を晒して戦場を転げ回る姿は、もはや恐怖を通り越して滑稽ですらあった。同じ陣営にいる俺ですら目を逸らしたくなるような、卑劣極まりないパフォーマンスの数々。

 戦いに勝利するためとはいえ、あそこまで品性を疑うような行動を平然とこなせる彼には、ある種の畏敬の念さえ抱いてしまう。


「嫌がらせだけで生きてるタイプなのかもしれないわね」

『最低で草』『でも有能』『完全にトリックスター枠』

 コメント欄が笑いに包まれる、その空気を感じながら。


 俺は夜空を見上げた。

 レアルタの街灯が、遠くに見え始めている。


 静まり返った兵営に、冷たい夜風だけが吹き抜けていく。戦いは終わった。先ほどまでの命を懸けたやり取りが、まるで遠い昔の出来事だったかのように感じられた。

 リエラちゃんねるの同時接続者数は過去最高を記録し、その報酬としてか、今夜、エタファン界隈の伝説として不滅のものになった。


 配信も大成功。積み上がったスパチャの通知が、俺たちの成し遂げた偉業の大きさを物語っている。


 ステータス画面に並ぶ力強い数字が、捕食によって手に入れた確かな成長を証明している。レベルも上がった。ベルナデッタの魂を喰らったことで、俺の器は一回りも二回りも大きく作り変えられた。


 普通なら“最高の夜”だ。


 でも、鼓膜の内側にベルナデッタの声が残っていた。彼女の抱えていた誓いの重さを知ってしまった以上、俺はそれを生涯背負い続けなければならない。


 胸の奥には、まだエルーサの記憶が残っていた。


 全ての命を慈しむ優しい気持ち、最期に漏らした苦悶の吐息が、いつまでもじゅくじゅくと残り続けている。

 消えていった彼女たちの悲しみは、リエラという仮面の下に深く隠しておこう。


 今は、それを全部飲み込んだまま俺は配信者として笑う。


「……ま、今日はいっぱい頑張ったし」


 頬の筋肉を強引に動かして、いつもの不遜な笑みをカメラへと向けた。

 俺は小さく笑う。

 震えそうになる心を不敵な仮面で覆い隠し、俺は勝利者に相応しい態度を貫き通す。


 それから、コメント欄へ向けて、いつもの調子で言った。


「あんた達、ちゃんとリエラ様とミーナを褒めなさいよね?」

 

 激しい戦いを終え、レアルタへと帰還した。

 眼下に広がるお馴染みの景色が、どこか現実味を欠いて見える。

 夜の街は、まだ熱を持っていた。

 石畳を照らすランタンの灯り。

 酒場から漏れる笑い声。

 転移ポータル周辺で騒ぐプレイヤーたち。

 その喧騒の中を、俺たちは歩いていた。


 ネームド討伐直後特有の、妙な高揚感と疲労感が混ざった状態で。

 前方からこちらに近づいてくる、見覚えのあるシルエットが視界に入った。人混みをかき分けるようにして、誰かがこちらへ歩み寄ってくる。

 多くのプレイヤーが行き交う、賑やかなポータルの広場でのことだった。

 広場の中央で、一際目立つ動きをしている人物がいた。

 ぱちぱちぱち、と拍手を送る音が響く。


「……あれ?」


本日はあと一話更新します!

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